Vol.112 施術後の観察義務と退院時期の判断

~電気的除細動実施後の抗凝固療法が不十分であったとされた事例~

-岐阜地方裁判所平成21年6月18日判決裁判所ウェブサイト掲載判例-
協力:「医療問題弁護団」須嵜 由紀弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者(54歳、男性)は、平成15年10月、4日ほど前から継続する呼吸困難及び動悸を訴えて来院し、重症心不全(胸部レントゲンにより著明な肺うっ血が認められ、左室駆出率24%、心嚢液貯留あり)と診断され、入院した。
入院後も、肺うっ血は改善したが、心房細動が持続するなどしたため(11月5日の時点で、左室駆出率21%、左房径50mm、左室拡張末期径64mm)、入院10日後(7日)に、術前検査として経食道心エコーを実施し左房・左心耳内に血栓が認められないことを確認した上で、患者に対する電気的除細動治療(以下「除細動」)が実施された。
その後、患者の希望もあり、同治療実施4日後(10日)に退院(退院時INR1・20)としたところ、その翌日(11日)に患者は脳梗塞(右中大脳動脈領域の広範囲梗塞)を発症し(13日のINR1・21)、右半身不随、言語障害等の後遺障害を負うに至った。
患者に対する抗凝固療法は、入院中はヘパリンおよびワーファリン投与によりなされていたが、退院日にワーファリンを増量(4mg/日から4・5mg/日へ)した上で、ヘパリンの投与中止とされていた。
本事案は、以上の経過を踏まえ、患者が、病院が実施した除細動はそもそも適応が無く、仮に適応があったとしても脳梗塞の発症する危険性が高い状態で除細動を実施した過失があるとし、また除細動実施後についても抗凝固療法が不適切であった過失がある等と主張して、損害賠償請求を行った事案である。

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判決

1 除細動後の抗凝固療法が不十分であった過失を認める

判決は、病院が患者に対し除細動を行ったことについては、入院時の患者の状態はNYHA分類のIV度に該当し、利尿剤、カテコラミンの投与などの心不全治療により症状は改善したものの、除細動実施2日前の時点でも左室駆出率21%の状態だったことより、除細動時の患者の状態は重症心不全に該当していたとし、入院時から除細動実施時までの約10日間心房細動が持続していたこと等から、除細動を行う適応があったとしました。
また、除細動が塞栓症のリスクが高い状態で実施されたこと(実施前日のINRが1・15と、抗凝固の目標値であるINR2.3よりかなり低値であった)についても、塞栓症のリスク管理という点から疑問がないとは言えないが、日本循環器学会が平成13年に策定したガイドライン(以下「平成13年ガイドライン」)の指針に従って、事前に経食道心エコーを実施して左房・左心耳内に血栓が認められないことを確認し、ヘパリン投与下で除細動が実施されているものであり、医師の裁量の範囲内の医療行為であると判断しました。
その上で、次のとおり病院側に除細動後の抗凝固療法を十分に行わなかった過失があると認定しました。
判決は、患者の退院時(11月10日)のINRが1・20であり、脳梗塞を発症した翌日(13日)のINRが1・21であったことから、脳梗塞発症時のINRは1・2前後であったと推認した上で、除細動後は血栓塞栓症を生ずるリスクが高く、日本人の場合はINRが1・6より低い場合に特に重大な塞栓症を発症するリスクが高いとされていること、平成13年ガイドラインでは、血栓塞栓症の発症予防のため除細動施行後は、ワーファリンによる抗凝固療法(INR2.3)を4週間継続することが推奨されていること、ワーファリンは完全な抗凝固療法の達成に72時間ないし96時間を要するとされており、ヘパリンとワーファリンの併用方法としては、INRが治療域に入ってからヘパリンを中止することが勧められていること等を踏まえ、「原告の退院時の抗凝固レベルは不十分かつ塞栓症発生の危険が高い状態であり、原告退院後、ワーファリン増量の効果が発現するのになお数日を要する状態であったのであるから、D医師には、入院を継続してヘパリンによる抗凝固療法を中止することなく併用しつつ、ワーファリンの投与量を調節して推奨抗凝固レベルを確保する入院を継続させて原告の抗凝固レベルが推奨レベルになるまでの間、特段の事情がない限り、入院を継続し、原告の状態を観察する注意義務があった」として、病院に除細動後に抗凝固療法を十分に行わなかった過失を認めました。
この点、病院側からは、患者が退院を強く希望したため入院継続ができなかったとの主張がなされましたが、これに対しても「患者が早期退院を希望するのは通常のことであり、医師が患者に対して、退院によるリスクを十分説明した上でなお患者がリスクを承知の上で退院をしたような場合には医師の責任を問えない場合があるといい得るが」本件ではそのような事実は認められないとしました。

2 因果関係

また、前述の過失と患者が発症した脳梗塞との間の因果関係についても、除細動後、有効な心房収縮期が回復するまでには約3週間を要するため、この間は血栓塞栓症を生じるリスクが高く、除細動後7日前後が塞栓症好発時期とされるところ、本件での塞栓症発症は除細動後の4日目に生じていることから、脳梗塞は除細動により誘発されたものと推認することができるとした上で、次のとおり因果関係を認めました。
判決は、除細動の6日後までに塞栓症が発生した率は抗凝固療法実施の場合の方が不実施の場合よりも有意に低頻度であったとする海外報告が存在すること、本件では患者の退院時の INRは1・2と塞栓症発生の高いレベルにあり、ヘパリンによる抗凝固療法が中止された翌日に脳梗塞を発症していること等からすれば、医師が患者の「抗凝固レベルが推奨レベルになるまでの間、入院を継続し、ヘパリンによる抗凝固療法を中止することなく併用しつつ、ワーファリンの投与量を調節しなかったことにより、原告が脳梗塞を発症した高度の蓋然性があるといえ」るとして、他に特段の事情がない限り、除細動後の抗凝固療法が不十分だった過失と本件脳梗塞発症との間に因果関係を肯定するのが相当であると判示しました。

判例に学ぶ

医師が施術後の患者の経過観察・管理を十分に尽くす義務を負うのは当然のことであり、そのために必要と判断される場合は、医師は患者に対して入院を指示することになります。術後に予期される合併症が重いものであり、発症のリスクが高いほど、この経過観察や入院の要否については慎重な判断が求められることになります。
本件は、このような術後の経過観察の判断が慎重になされず、患者本人の希望とも相まって早期の退院とされたことにより、残念ながら退院直後に合併症が発症してしまった事案です。
臨床現場では早期の退院希望が患者から示されることも少なくないと思われますが、本判例は、これに左右されるのではなく、退院の可否については患者の状態、治療内容・経過、合併症発症のリスクなどを十分に考慮し、適切な判断を行う必要があることを改めて指摘した判例とも言えます。
またこのように必要な治療方針について患者の理解が得られないような場合の医師の対応としては、入院等が必要な状態であると判断する以上、当該治療や、入院等の必要性、治療方針について患者の理解が得られるよう、患者と十分に話合うことが第一と考えます。
本判例は、医師による十分な説明を前提に、「なお患者がリスクを承知の上で退院をしたような場合には医師の責任を問えない場合があるといい得る」とも判示していますが、このような判断がなされる際には、患者に対する入院の必要性や退院リスクについての具体的かつ詳細な説明がなされ、入院継続につき相当程度医師からの説得行為があったことが前提となると考えます。