Vol.114 地域一般病院と生体肝移植

~肝硬変の治療に当たり、生体肝移植について 説明義務違反が認められた裁判例~

-大阪地方裁判所判決・平成22年9月29日-
協力:「医療問題弁護団」今泉亜希子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者(54歳・女性)は、平成16年12月29日、肝硬変、腹水貯留、高アンモニア血症及び肝性脳症等でA病院に入院し、B医師は平成17年1月4日以降、患者の主治医となった。
患者は平成17年2月9日に被告病院を退院したが、その後も月に2度程度B医師の診療を受けていた。
上記診療期間中、B医師は患者やその家族に対し、患者の肝硬変の治療法として生体肝移植に言及したことはなく、他方、患者やその家族からも生体肝移植についての質問や要望が出されたことはなかった。
平成19年9月4日、患者はA病院に再度入院し、同病院の副院長であるC医師が主治医となった。C医師は患者の家族に対し、生体肝移植のインフォームド・コンセントを実施し、血液型から患者の弟ら3名がドナー適応があり、3名ともドナーとなることを表明したが、うちDがドナーとなることとなり、C医師はE医科大学付属病院の肝移植チームに連絡を取った。しかし患者は2日後の9月6日、肝硬変の悪化により死亡した。

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判決

1 生体肝移植に関するA病院の医療水準について

(1)本件診療期間当時の生体肝移植の有効性・安全性について
被告側は、生体肝移植は未だ実施報告例も充分積み上げられておらず、実施例の経過観察期間も短期間で、予後についての充分な調査もなされていないと主張したが、判決は、生体肝移植については実施例や実施した施設が相当数に及んでおり累積生存率も相当高く、平成16年1月までには、生体肝移植は、重篤な肝硬変を含む重篤な肝臓疾患に対する根本的な治療法として専門的研究者の間で有効性と安全性を是認されていたと判断した。
(2)生体肝移植についての知見がA病院の医療水準となっていたか
判決は、一般論として生体肝移植を実施する病院は大学病院等の地域の中核病院であるが、患者はかかりつけの医療機関の内科医等の主治医からの紹介を経てこれらの病院を受診することが多く、一般病院の内科医も生体肝移植と密接な関係を有すると述べつつ、[1]A病院については、内科病院として重篤な患者の治療も行ってきたが内科的治療には限界があること、[2]生体肝移植が保険診療の対象となっていること、[3]A病院の内科医師のうちB医師を含む2名が日本肝臓学会に所属し、肝臓内科に関する治療や研究も行うE医科大学付属病院の医局にも在籍しており、重篤な肝臓疾患の患者の場合に同大学付属病院に転移させることも行われていたこと、[4]E大学では生体肝移植の実施例があり、同大学付属病院又はF大学付属病院等に転移させることも可能な状況であったこと、[5]実際、生体肝移植の実施も想定して転移させた実施例もあること、などを考慮し、生体肝移植についての知見が被告病院の医療水準となっていたと認定した。

2 患者の生体肝移植に対する適応について

本件では患者の肝硬変の成因は調べられていなかったが、原発性胆汁性肝硬変等の自己免疫による肝硬変であった可能性が高く、6ヶ月以内の死亡率は変動があったものの、平成17年3月22日には79・1%となり、その後はほぼ50%を超える状態が続いていたことから、平成17年3月22日以降は生体肝移植の適応があったとした。

3 A病院側の説明義務違反について

判決は、患者は平成17年3月22日以降は内科的治療には限界があって早晩死を免れず、生体肝移植の適応があったから、同日以降、[1]患者の肝硬変が重篤であり早晩死を免れないこと、 [2]唯一の根本的な治療法として生体肝移植があること、[3][2]にはドナーの存在が必要であり、ドナーにも合併症が起こる可能性があること、[4]保険適用があること、[5]生体肝移植をするか否かは患者及び家族が決めること、を説明して(以下「本件説明」という)判断させるべきであったとした。

4 説明義務違反と死亡との因果関係について

(1)患者が生体肝移植を受ける意思表明をした可能性
因果関係については、ドナーとなる者も存在していたことから、平成17年3月22日以降、本件説明を実施していれば患者が生体肝移植を受ける意思を表明する可能性は高かったと言える、としながらも、「生体肝移植が薬剤や他の手術により治療法と異なり健康な人から提供された肝臓の一部を移植する治療法であることに照らすと、十分な検討を行った上で患者が最終的に生体肝移植を受ける意思を表明することが確実であったとまでは認められない」とした。
(2)生体肝移植により生存した可能性
また、判決は生体肝移植後の患者の累積生存率は相当高いものの、術死率が5%程度以上ある上、18歳以上の累積生存率が1年後生存率でも80%を超えていないことを併せ考慮し、平成17年3月22日以降、本件説明が実施されて、患者が生体肝移植を受け、これにより死亡の時点(平成19年9月6日)においてなお生存していたことを是認することができる高度の蓋然性があるとまでは認められないと判断した。

5 生存の「相当程度の可能性」について

上記のとおり、判決は高度の蓋然性については否定したが、術死率及び累積生存率の程度やドナーとなる者が存在していたことに照らすと、本件説明がなされていれば、生体肝移植が実施されて死亡の時点において生存していた相当程度の可能性があり、しかも、その可能性は高いものと判断した(損害額480万円認容)。

判例に学ぶ

本判決は、患者の診療当時、生体肝移植がA病院のような地域一般病院においても医療水準として確立していたか否かが大きな争点となっています。医療水準については最高裁平成7年6月9日判決が確立された判例であり、本判決もこれを参照しつつその枠組みに従って判断していますが、とりわけ前記最高裁判決の「当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情」の判断において、肝硬変患者が中核病院を受診する具体的経緯から、一般病院の内科医も生体肝移植と密接な関係を有すること、A病院の内科医師の学会や大学医局の所属状況、A病院との関係、生体肝移植の実施も想定した転移の実施例などを細かく認定した上で、A病院においては生体肝移植の知見が医療水準だと認めたところに特色があります。
従って、本判決によっても全ての地域一般病院において、必ずしもA病院と同様の医療水準が認められるという訳ではありません。
しかし、保険診療によりほとんどの肝臓疾患について生体肝移植を受けられるようになってから8年以上経過していること、また、本判決に示された地域の中核病院と一般の内科医との関係や、肝硬変患者が地域一般病院を介して中核病院を受診する経緯は、決して特別なものではないこと等を考えると、A病院を特別と考えず、地域一般病院でも、適応があると思われる患者には、患者からその旨の質問や要望がなくとも、積極的に生体肝移植についてインフォームド・コンセントを行っていく必要があるといえるでしょう。
なお、本判決は、説明義務の内容として[1]から[5]までの内容を具体的に挙げています。説明義務の一般論としては、「患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、ほかに選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて、説明すべき義務がある」とした最高裁平成13年11月27日判決がありますが、上記3のとおり、ドナーに関する情報も説明義務の内容に含まれている点は、生体肝移植における特徴といえるでしょう。