1 生体肝移植に関するA病院の医療水準について
(1)本件診療期間当時の生体肝移植の有効性・安全性について
被告側は、生体肝移植は未だ実施報告例も充分積み上げられておらず、実施例の経過観察期間も短期間で、予後についての充分な調査もなされていないと主張したが、判決は、生体肝移植については実施例や実施した施設が相当数に及んでおり累積生存率も相当高く、平成16年1月までには、生体肝移植は、重篤な肝硬変を含む重篤な肝臓疾患に対する根本的な治療法として専門的研究者の間で有効性と安全性を是認されていたと判断した。
(2)生体肝移植についての知見がA病院の医療水準となっていたか
判決は、一般論として生体肝移植を実施する病院は大学病院等の地域の中核病院であるが、患者はかかりつけの医療機関の内科医等の主治医からの紹介を経てこれらの病院を受診することが多く、一般病院の内科医も生体肝移植と密接な関係を有すると述べつつ、[1]A病院については、内科病院として重篤な患者の治療も行ってきたが内科的治療には限界があること、[2]生体肝移植が保険診療の対象となっていること、[3]A病院の内科医師のうちB医師を含む2名が日本肝臓学会に所属し、肝臓内科に関する治療や研究も行うE医科大学付属病院の医局にも在籍しており、重篤な肝臓疾患の患者の場合に同大学付属病院に転移させることも行われていたこと、[4]E大学では生体肝移植の実施例があり、同大学付属病院又はF大学付属病院等に転移させることも可能な状況であったこと、[5]実際、生体肝移植の実施も想定して転移させた実施例もあること、などを考慮し、生体肝移植についての知見が被告病院の医療水準となっていたと認定した。
2 患者の生体肝移植に対する適応について
本件では患者の肝硬変の成因は調べられていなかったが、原発性胆汁性肝硬変等の自己免疫による肝硬変であった可能性が高く、6ヶ月以内の死亡率は変動があったものの、平成17年3月22日には79・1%となり、その後はほぼ50%を超える状態が続いていたことから、平成17年3月22日以降は生体肝移植の適応があったとした。
3 A病院側の説明義務違反について
判決は、患者は平成17年3月22日以降は内科的治療には限界があって早晩死を免れず、生体肝移植の適応があったから、同日以降、[1]患者の肝硬変が重篤であり早晩死を免れないこと、 [2]唯一の根本的な治療法として生体肝移植があること、[3][2]にはドナーの存在が必要であり、ドナーにも合併症が起こる可能性があること、[4]保険適用があること、[5]生体肝移植をするか否かは患者及び家族が決めること、を説明して(以下「本件説明」という)判断させるべきであったとした。
4 説明義務違反と死亡との因果関係について
(1)患者が生体肝移植を受ける意思表明をした可能性
因果関係については、ドナーとなる者も存在していたことから、平成17年3月22日以降、本件説明を実施していれば患者が生体肝移植を受ける意思を表明する可能性は高かったと言える、としながらも、「生体肝移植が薬剤や他の手術により治療法と異なり健康な人から提供された肝臓の一部を移植する治療法であることに照らすと、十分な検討を行った上で患者が最終的に生体肝移植を受ける意思を表明することが確実であったとまでは認められない」とした。
(2)生体肝移植により生存した可能性
また、判決は生体肝移植後の患者の累積生存率は相当高いものの、術死率が5%程度以上ある上、18歳以上の累積生存率が1年後生存率でも80%を超えていないことを併せ考慮し、平成17年3月22日以降、本件説明が実施されて、患者が生体肝移植を受け、これにより死亡の時点(平成19年9月6日)においてなお生存していたことを是認することができる高度の蓋然性があるとまでは認められないと判断した。
5 生存の「相当程度の可能性」について
上記のとおり、判決は高度の蓋然性については否定したが、術死率及び累積生存率の程度やドナーとなる者が存在していたことに照らすと、本件説明がなされていれば、生体肝移植が実施されて死亡の時点において生存していた相当程度の可能性があり、しかも、その可能性は高いものと判断した(損害額480万円認容)。