1 注意義務違反について
原告は、(1)初診時から一貫して嗄声と右仮声帯の腫脹が生じていたこと、(2)60歳以上の男性患者で2週間以上嗄声が持続している場合は、喉頭癌を疑う必要があるとされていること、(3)間接喉頭鏡検査では、声門上部に隆起性病変がみられた場合、癌を鑑別診断の一つとして考えるべきといわれていること、(4)喉頭癌の発生頻度が高いとされる高年齢層の男性に含まれていることなどから、被告は、遅くとも、平成15年5月29日以降は、速やかに局所麻酔下生検(喉頭ファイバースコープ検査による生検)あるいは全身麻酔下生検(喉頭直達鏡検査による生検)を実施し、喉頭癌の確定診断をした上で、速やかに放射線治療を開始すべき義務を負っていたと主張した。
被告は、初診時から、(1)前医によるファイバースコープでの生検では原因部分の組織が含まれない可能性が高いこと、(2)入院の上、全身麻酔をかけて、直達喉頭鏡で直接仮声帯や声帯を観察すべきこと、(3)早い時期に検査を受けるのが適切であること、(4)全身麻酔で行うため検査中の痛みや苦しさはないが、1週間程度の入院が必要であることなどの説明をしていたが、患者の方から、忙しいので入院できないなどの理由により、生検を拒絶されたものである旨を主張した。
裁判所は、生検に関する何らかの記載をすることは容易であるにもかかわらず、生検の必要性や、原告の不同意などを窺わせる記載すら全くされていないことなどから、上記の注意義務違反があると判示した。
2 因果関係について
原告は、(1)平成15年3月の腫瘍はT1(I期)に該当し、同年5月も同じと考えられること、(2)同年5月に実施すべき治療法は、放射線療法であること、(3)T1(I期)の喉頭癌の予後は非常に良好であること、(4)喉頭癌が再発した原因は、初診時に右仮声帯にT1(I期)の扁平上皮癌が存在していたにもかかわらず、平成16年10月まで約1年8か月も治療が行われなかったため、 T2(II期)となってしまったことにあることなどから、上記注意義務違反がなければ、T1(I期)の段階で放射線治療が実施され、喉頭癌の再発を生ずることなく治癒できたと主張した。
被告は、(1)平成15年5月29日までの時期の病期について、T1と考えるのが合理的とはいえないこと、(2)放射線治療計画のガイドライン上、局所再発率についてはT1例で70.80%、 T2例で60.70%とされており、当時T1であったとしても、相違は10%以下(もしくは変わらない)であったことなどから、因果関係は否定される旨を主張した。
裁判所は、(1)担当医師が、平成15年5月29日までに癌の可能性があり、生命に危険が及ぶ場合があることや生検の必要性を十分に説明していれば、原告がこれに近接した時期に生検を受けていたものと認められるが、(2)原告の嗄声は長期間にわたり持続し、その後喉頭癌(声門上癌)と診断されていることに照らせば、喉頭癌(声門上癌)が声帯に浸潤していた可能性を否定することができないなどの理由で、平成15年5月29日に近接した時期に右仮声帯腫脹について生検を受け、喉頭癌(声門上癌)の確定診断をし、速やかに放射線治療を開始したとしても、喉頭癌(声門上癌)の再発・転移を避け、喉頭全摘出を回避することができたことについて高度の蓋然性があり、あるいは相当程度の可能性があったとは認めることができないと判示した。
3 最終的な結論について
他方で、裁判所は、注意義務違反と原告の自己決定権侵害との間における因果関係についてはこれを肯定し、一定の慰謝料請求について認める判決を下した。