1 過失(注意義務違反)を画する「医療水準」の判断
周知のとおり、医師の注意義務の基準となるのは「医療水準」です(最高裁昭和57・3・30 判決)が、この医療水準は、問題となっている医学的知見の普及度により判断されます。 そして、医療水準は、医療機関の規模等により異なる相対的なものであり、また、実際にその知見を有していたかではなく有することが期待されたかにより判断されます(最高裁 平成7・6・9判決)。さらに、医療水準は、医師が実際に行っている医療慣行とは必ずしも一致しません(最高裁平成8・1・23判決)。
本判決でも、担当医2名は、事故当時、TIAに関する正確な医学的知見を有していませんでしたが、有していることが期待されていたという考えのもと、医療水準である旨判断され、また、被告病院側主張は、医療慣行と医療水準は異なるとの視点からも排斥されています。
2 非専門医にも要求される「医療水準」とは
医療水準は相対的なものであるという最高裁の考え方からすれば、専門医と非専門医とで、求められる医療水準は異なることになりますが、これは、医療の現場から見てもあまりにも当然のことでしょう。
もっとも、非専門分野についても、基本的な知見すら欠いてよいことにはならないのもまた当然であり、本判決も、この観点から、医療水準を画して注意義務違反(過失)を肯定しています。この点、最高裁も、医師は置かれた状況の下で最新の添付文書を参照するなどして可能な限りの最新情報を収集する義務があると判断しているところです(最高裁平成14・11・8判決)。このように、非専門医にとっても、第1に、基本的な医学文献で指摘されているような基本的な医学的知見は医療水準となることに留意が必要です。
そして、第2に、当該知見が非専門医にとって医療水準ではない場合も、次に留意すべきは、転医(科)義務です(最高裁平成7・6・9 判決)。そして、この転医義務は、特定の疾病を疑えなくても、自らが適切に対処できない何らかの重大で緊急性のある疾病の可能性を疑った際に発生するとされています(最高裁 平成15・11・11)。
3 医療水準とガイドラインの位置付け
ガイドライン記載の医学的知見は、一般的に医療水準を画するものとして重視される傾向にあります。
しかし、ガイドラインは医学的知見の普及度合いを示す一つの資料に過ぎず、ガイドラインが医療水準を画する訳ではありません。医療水準は、本判決のように、ガイドラインほか医学文献(場合によっては、これに加えて臨床に携わる医師の意見・鑑定)によって判断されるものであり、あくまでも当該医学的知見の「普及度」が判断基準ですので、留意が必要です。