Vol.117 入院患者に対する看護義務

~ICUのベッドから転落して頸髄を損傷し四肢麻痺となった患者につき、病院側に転落防止のための抑制帯使用義務違反及び看護師の監視義務違反があるとされた事例~

-広島高等裁判所岡山支部 平成22年12月9日判決(出典:判例時報2110号47頁)-
協力:「医療問題弁護団」松田 由貴弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

控訴人は、被控訴人が開設する病院に入院中、ベッドから転落して頸髄を損傷し四肢麻痺となった。被控訴人が控訴人に対し、診療契約に基づき医療費等の支払を求めたところ、控訴人は、診療契約上の義務違反を原因とする受傷を理由に、被控訴人に対し、債務不履行に基づく損害賠償を反訴請求した。
原審は、被控訴人の本訴請求を消滅時効にかかった部分を除いて一部認容し、控訴人の反訴請求を棄却。控訴人のみが控訴した。

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判決

1 被控訴人の転落防止義務違反について

ベッドの足元側からの転落につき物的な転落防止措置をとらず、監視を強化して対処しようとしたことが相当であったかの判断にあたり、以下の具体的な義務を検討する。

(1)高さの低い一般病棟のベッドへ移動させる義務について
控訴人の一般病棟への転室が検討されたが、空き部屋を確保することができず、見送られた経緯があり、一般病棟のベッドへの移動は不可能であったから、義務違反はない。

(2)ICUのベッドを転落しても安全な高さまで低くする義務について
控訴人が使用していたベッドは高さの調節ができるベッドではなかったこと、高さが調節できるベッドは、柵がマットレスの上面と同程度の高さにまでしかないため、かえって転落の危険が増し、意識状態の良好な患者にしか使用できなかったことからすれば、義務違反はない。

(3)ベッドの柵を高くし、あるいはベッド又は控訴人に鈴を付ける義務について
ベッドの柵はマットレスより20㎝以上高く調節することはできなかった上、単にベッド又は控訴人に鈴を付けるのみでは、患者が動作をしただけで鈴が鳴ってしまうため、有効な方法とは認め難く、義務違反はない。

(4)隣の患者のナースコールやアラーム音等で覚醒しないように睡眠剤を服用させる義務について
入院後丸2日近く経過しても、けいれん及び意識障害の原因が突き止められないままであり、もし睡眠薬等意識レベルを下げる薬を多量に投与すれば、その後に病状が悪化して意識レベルが下がっても睡眠薬の効果と区別がつかず、病状の変化に対する対応が遅れて生命等に重大な危険を招くおそれがあったのであり、義務違反はない。

(5)緊急事態に備え、看護師を1名増員して常時監視する義務について
ICUといえども、通常の状態において、24時間一瞬も途切れることなく患者を看護師が常時監視していることは予定されておらず、他の患者に緊急の対応が必要な事態となれば、緊急の対応に要する時間中、看護師がそれまで監視していた患者から目を離して他の患者に対応することがあっても、必ずしも義務違反があるとはいえない。看護師を常時張り付けておかなければならないような病状の患者がICUに入院していることがあらかじめ判明しているのであれば、事前に看護師を増員しておく必要性が生じ得るが、本件では、控訴人も他のICU入院患者もそのような病状になく、義務違反はない。

(6)抑制帯を使用するなどする義務について
入院患者の身体を抑制することは、その患者の受傷を防止するため等の必要やむを得ないと認められる場合にのみ許容されるべきものである(最高裁平成22年1月22日第三小法廷判決・判例時報 2070号54頁)が、本件では、控訴人が既に1回転落しており(第1事故)、その後もベッド上に立ち上がるなど転落の危険性が非常に大きく切迫していて、ベッドの高さからも転落の場合重大な傷害に至る可能性が高かったのに対して、鎮静剤の効果が十分ではなく鎮静剤のみで転落を防止できるか疑問がある上、睡眠薬等他の薬剤を用いることもできないこと、看護師による常時監視は ICUの体制上困難でありどうしても短時間は監視がない状況が生じること、控訴人の意識障害は入院時と比較すると大きく回復してきており拘束しても短時間で幻覚等が生じる状態から離脱できると期待されること、したがって拘束することにより失われる利益よりも得られるメリットの方が大きいこと等を考慮すると、被控訴人が控訴人を、抑制帯を用いて拘束するのも必要やむを得ない。
にもかかわらず、被控訴人は、転落を防止するために抑制帯を用いなかったのであり、契約上の義務違反が認められる。

(7)ベッドから落ちても衝撃を緩和するため、床にマットを敷くなどする義務について
病院には衝撃緩衝用のマットは当時なく、現在あるマットもICUでは使われない上、ベッドの足元側からではなく、ベッドの脇からの転落を想定して用いられるものであることからすれば、義務違反はない。

(8)足元側にも補助ベッドを置く義務について
第2事故当時、控訴人のベッドの右側を壁に付け、左側に空きベッドを設置しており、それ以上に控訴人のベッドの足側にも補助ベッドを置くとすれば、控訴人が立ち上がる等した場合、かえって制止が困難となり、看護師の監視・作業用テーブルも置けなくなるのは明らかであって、転落事故防止のために適切な方法とは認め難く、義務違反はない。

(9)第1事故後、この事実を控訴人家族に伝える義務について
控訴人家族への伝達によって第2事故が防止できたとは認め難く、義務違反はない。

(1)~(9)より、被控訴人には、抑制帯を用いて控訴人を抑制する義務が存したのにこれを怠った契約上の義務違反が存在する。

2 看護師の監視義務違反について

ICUには入院患者8名に対して4名の看護師が深夜勤に従事していたところ、アラームが鳴ったことにより、控訴人が覚醒し、不穏な動きに出る危険性は現実的であったから、一時的にとはいえ、控訴人のベッド前を離れるに当たっては、残る2名の看護師に、離れている間ごく短時間の監視を頼むべきであった。監視を頼むのは、一声かければ極めて容易であったこと等からすると、不可能を強いるとはいえない。
また、ICUの看護師は、他の患者の緊急の対応が終われば、できるだけ速やかに目を離した患者の監視に戻るべきであるにもかかわらず、本件では控訴人のもとに戻ることなく別室の緊急性のない患者のところにいた。
したがって、看護師には、控訴人のベッドの前を離れるに際し、他の看護師に代わりに監視することを依頼する義務、及び他の患者のもとを離れた際、直ちに控訴人の監視に復帰する義務があったのに、これらを怠ったのであるから、監視義務違反が認められる。

判例に学ぶ

医療機関では入院患者の転落事故が少なくなく、入院患者に対する看護義務違反の有無を判断するにあたっては、入院患者の病状や言動、医療機関の規模や性質、職員の体制などを総合衡量することになる。本件は原審と控訴審とで結論が分かれるような判断の難しい事案であり、現場での判断は尚のこと困難であったと推察され、本判決を始めとする事案を集積して、適切な判断を臨機応変に行うことができるよう備える必要がある。
看護義務の中でも特に、入院患者の身体抑制の可否は問題となっているところ、この点については、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律や指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年3月31日厚生省令第39号)等で触れられている。ここで、同基準の定める、身体拘束が許容される「緊急やむを得ない場合」(同基準第11条第4項)とは、利用者本人又は他の利用者等の生命又は身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと(切迫性)、身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと(非代替性)、身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること(一時性)の3要件を満たす場合とされる(厚生労働省「身体拘束ゼロへの手引き」)。本判決が引用する最高裁平成22年1月22日判決は、当該3要件を参考にしているものと解され、事例判例とはいえ、本判決と同様、実務上参考になろう。