Vol.119 癌に対する新免疫療法における説明義務

~いまだ治療法が確立されていない療法を実施する際の説明義務違反が認定された事例~

-東京地方裁判所平成17年6 月23日の2つの判決 (1)判例時報1930号108頁(平成16年(ワ)第1746号)(2)同日ウエストロー(平成16年(ワ)第2052号)-
協力:「医療問題弁護団」大森 夏織弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

本件は、画期的な効果をうたう新免疫療法を行いクリニックを開設していた医師(以下 「Y」)と、その妻が代表取締役で健康食品等を販売していた会社(以下「W」)が、別々の2患者の遺族から提訴され、東京地裁医療集中部で同日に判決があり、(1)事件では被告両名、(2)事件ではYのみ治療効果等についての説明義務違反が認められた、社会的にも話題になった事案である。
Yは免疫学等を専門とする医師で、平成7年には都下某大学病院の助教授就任、平成9年にクリニック(以下「Z」)開設、平成10年に関西某大学病院の腫瘍免疫等研究所教授、平成16年に退職、という経歴であり、(1)患者は平成9年乳癌が疑われ、同年夏にY勤務の前掲都下大学病院でYの診察を受け、以後平成14年 8 月まで同大学病院やZでYの新免疫療法を受けるなどし、平成16年2月18日に死亡。(2)患者は平成13年5月に卵巣・肝転移を伴った回盲部大腸癌のため他病院で緊急手術、平成14年5月末からZでYの新免疫療法を受け平成15年9月3日に死亡。どちらもWで健康食品等を購入していた。

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判決

(1)事件判決は、Yが患者に対し、乳癌について手術適応があること及び新免疫療法の奏功率が低いことを説明せず、治療効果のない新免疫療法を勧めて手術を受ける機会を失わせた、と判示し、 Yの説明義務と患者死亡との因果関係を認め、Yに4800万円強、うち135万円強はWとの連帯責任で支払を命じた。
判決は、Yの実施していた新免疫療法の概要(免疫機能を高める目的でベータ1-3Dグルカンを基本構造とする担子菌糸体や酵母由来の医薬品等、新生血管の形成を阻害する目的でサメ軟骨加工品を摂取する)、一般的な癌の治療方法とその効果の判断方法(外科手術・抗癌剤・放射線療法が一般的であり免疫療法は研究途上であること、WHO癌治療結果報告基準やこれを改定したRECIST ガイドラインにおける奏功率の判定等)、Yの書籍・講演の内容やそのデータ評価方法等(治療効果としてCR(著効)・PR(有効)をあわせた奏功率が36・3%でこれにLNC (長期不変)を併せ53・8%等と驚異的治療効果を喧伝し、治療効果判定は国際基準によらず科学的に不十分なもの)、日本癌治療学会の対応(平成16年に学会としてYを厳重処分等)などを認定した。
その上で、「癌の治療法としては、手術、抗癌剤、放射線が一般的であるが、それ以外にも多様な治療方法が存在するところであり、一般的な手術、抗癌剤投与、放射線療法といった治療方法以外にも、有効な治療方法の研究・検証・開発・普及が期待されるところである。もっとも、一般的でない治療方法を試みる場合には、それを受けようとする患者が、一般的な治療方法である手術、抗癌剤投与、放射線療法の内容やその適応、副作用等を含めた危険性、治療効果・予後等について説明を受けて理解をしていることが前提であり、担当医師としては、それらについて説明した上で、試みようとする一般的でない治療方法についての内容や危険性、治療効果・予後等について、当該患者がいずれの治療方法についても、十分理解して自ら選択できるよう、正確な情報を提供する義務があるというべきである。なぜなら、手術、抗癌剤投与、放射線療法以外の一般的でない治療方法を実施する場合には、患者としては、特にその治療効果・予後、副作用等について大きな関心を有することが通常であるにもかかわらず、その効果等についての客観的・科学的な根拠・資料が不足していることが多く、危険性についても予測がつかない場合があり、患者に対し、できるだけ正確な情報提供をし、その理解を得ることが重要となるからである」と判示した。
そして患者の乳癌の確定診断がついた段階で、患者に対し、乳癌の存在、病期がステージ2であること、手術適応があること、手術した場合には予後が良いことなどを説明し、併せて、手術をする場合の具体的な手術方法、危険性などについて説明すべき義務があったにもかかわらず、Yは患者にそうしたことについて十分な説明をせず、新免疫療法の治療効果・予後についても十分な説明をしなかったとしてYの説明義務違反を認めた。
また、WはYと実質的に一体的に新免疫療法を実施していると判断して共同不法行為責任を認定した。

(2)事件についても、Yが患者に対し、一般的な治療方法のうちで実施が一応検討される抗癌剤投与についてその内容や適応、副作用等を含めた危険性、治療効果、予後等について十分説明をせず、また新免疫療法の内容や危険性のほか、治療効果・予後について、新免疫療法の治療効果の判定方法は他の治療方法で用いられている効果判定の方法とは異なること、したがって被告の書籍等に記載してある治療効果については他の一般的な治療方法の治療効果と単純には比較できず、一般的に用いられる評価指標・方法で治療効果を判断すると、被告が公表している奏功率とは大きく異なる可能性もあることについて説明をしなかったことに説明義務違反があるとした。
ただし、(2)患者の病態から、Yが説明義務を尽くしても新免疫療法を受けずに抗癌剤治療を選択し、さらなる延命が得られたかどうか不明であるとして、死亡自体との因果関係は認めず、自らの意思で治療方法を決定する機会を奪われた精神的慰謝料200万円の支払を命じるにとどまり、同時にWとの関係でも死亡との因果関係が認定できないためWの責任自体は否定された。

判例に学ぶ

2判決の認定損害額やWの責任認定の違いは、各患者の病態の違いにより(2)患者では一般治療選択の可能性や予後が断定できなかったことが反映されたに過ぎない。
2事案とも、新免疫療法という一般的でない治療方法を試みる場合の医師の説明義務内容を示し、義務違反を認定した意義が存する。すなわち、一般的治療における説明義務に関する最高裁判決として、医師は患者に治療を行うにあたり「当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があればその内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務」があるとされ(最判平成13年11月27日判時1769号56頁、本稿2003年3 月号で紹介)、厚生労働省医政局長通知であるいわゆるカルテ開示指針「診療情報の提供等に関する指針」(平成15年9月12日医政発第 0912001号)でも患者に説明すべき事柄を7項目にわたり定めている。
このような一般的な説明義務のみならず、医師が患者に一般的でない治療方法を試みる場合には、さらに高度な説明義務が課されるのであり、本2判決はその説明義務の内容を示したものである。
ちなみに、筆者は、複数遺族の依頼を受け、本2判決事例と同じような一般的でない癌治療に関し、最近増加傾向にある民間の癌遺伝子治療を実施するクリニックとの間で係争中であるが、これは、医学的根拠の不明確な驚異的奏功率を謳い、末期癌患者を含み極めて高額な治療費一括金を前払させ治療開始1週間で死亡した場合でも一律不返還という、いわば消費者被害的な特殊事案について消費者契約法による治療費返還も請求しているケースである。
ただ、筆者の事案のみならず、本件2判決をふまえると、免疫治療や遺伝子治療という一般的でない癌治療を民間のクリニックが実施する場合、(1)治療内容に関する正確な情報提供、(2)治療効果・危険性に関する正確な情報提供((1)治療効果に関する一般的知見の説明、(2)自施設の治療成績に関する説明(実証例の統計に基づいた奏功率、当該治療単独の治療効果、奏功率の意味に関する正確な説明)、(3)当該患者に対する治療効果・予後の説明)、という(1)(2)をもれなく説明することが必要であると考える。