1 転落死の予見可能性について
(1)原告側は、患者が呈していた症状等により患者が術後せん妄を発症することを予見できた以上、患者の転落死を予見することができたと主張した。
(2)判決は、術後せん妄の症候、診断についての医学的知見を認定し、第2回手術後における患者の診療経過を詳細に認定した。そのうえで、原告らが主張している事情(手を振戦させて片付けをする等)の中には、術後せん妄発症の若干の疑いを生じさせるものもあるが、術後せん妄の中核的症状は意識障害とされ、術後せん妄の症候や診断基準でも患者に認知の変化が出現することが挙げられるものの、第2回手術後の患者に認知の変化にかかる症状が発現したものとは認められないとした。
むしろ、失踪直前の患者の落ち着いた様子(にこやかな表情を浮かべ、うちわでゆっくりと顔をあおぐ等)等から、A病院の医療従事者らにおいて、患者が術後せん妄を発症していることを認識することができたとか、上記各事情の存在時と近接した時期に患者が術後せん妄を発症することを具体的に予見すべきであったとはいえず、まして、患者が術後せん妄によって危険な行動をとり、転落死することを具体的に予見すべきであったということもできないと判断した。
2 危険行動防止措置義務違反について
(1)原告らは徘徊などを防止するため、患者の体幹・両上肢の抑制を実施すべき義務があったと主張した。この点、判決は、身体拘束の適用対象についての医学的知見を認定したうえ、事故が予測される場合に限って患者の行動制限が実施できると解した。
(2)そして、前述のとおり患者に術後せん妄発症の予見可能性が認められないことから、術後せん妄の発症により事故が予想される場合として、患者の体幹・両上肢の抑制を実施すべき義務があるということはできないと判断した。
(3)なお、身体拘束については、患者の生命リスクを勘案して身体拘束が必要な場合があることは否定できないとしても、実施については患者の人権を尊重するために極めて限定的になされるべきとも解している。
(4)また、原告らはレンドルミン投与後に患者を監視・観察する義務違反や患者の身辺から鋏を撤去すべき義務(患者はドレーン等を抜去して失踪)等についても主張したが、患者に術後せん妄発症の予見可能性がない等としていずれも否定されている。
3 捜索義務違反について
発見まで12時間弱かかったこともあり、原告らは、患者の血痕を手掛かりに推測される地点付近を捜索すべき義務があったとも主張した。
なお、A病院には医療安全マニュアルが存在し、患者が行方不明になった場合にとるべき対応が定められている。
判決は、病院建物の配置、構造、捜索の状況等を詳細に認定したうえ、当該マニュアルの内容に照らしても、A病院として必要と考えられる捜索が実施されており、捜索義務違反はないと判断した。
4 家族に対する連絡義務違反について
失踪に気付いた時点で家族に連絡すべきであったかも問題となった。判決は、失踪判明が深夜であり、病院内で捜索を尽くしても患者が発見されず自宅へ帰宅する可能性が考えられた時点で家族への連絡を検討するとしたA病院の対応は社会一般の常識から外れたものとは言い難いとして、連絡義務違反はないと判断した。
5 施設管理義務違反について
術後せん妄状態の患者が病棟の外に出ないように施錠や監視等する義務も問題となった。判決は、病棟の外に出さないようにするには、病棟の出入口全てを施錠するか、全ての出入口を警備員に常時監視させなければならないが、それは容易でなく現実的でもないこと、かかる措置を講ずるべきとする公的な基準もない等として、これを否定した。