1 当事者の主張
Aの両親である原告らは、B医師がAの心電図所見の評価を誤った結果、急性心筋梗塞の発症を見落とし、抗凝固薬の投与、専門医への相談及び緊急心臓カテーテル検査・治療が可能な医療機関への転送義務を怠ったなどと主張して、被告病院に対して不法行為に基づく損害賠償を請求した。
これに対して被告病院は、被告病院受診時の心電図は急性心筋梗塞の診療ガイドライン上の典型的所見に該当せず、心電図の自動解析結果も異常なしだったこと、担当医が循環器専門医ではないことなどから、急性心筋梗塞を含めた急性冠症候群を疑うことは不可能であり、過失はないと主張した。
2 第1審判決(過失を肯定)
B医師は、診察の時点でAの胸痛症状が消失、軽減していたことや、心電図の自動解析結果が異常なしであったことを重視して、心電図が軽度のST上昇(約0・1mV)を示していたという異常所見を見落とし、安易に急性冠症候群の可能性を除外する診断をした。 B医師は、遅くとも心電図検査の結果が明らかになった時点で、急性冠症候群の発症を疑い、カテーテル治療が行えるC病院に Aを適時に転送し、適切な検査、治療を受けさせるべき義務があったのに、それに違反した過失がある。
3 本判決(控訴審判決…過失を否定)
本判決は、Aにみられた胸痛は、急性冠症候群の症状と推認されるとした上で以下のように述べ、第1審判決を取り消した。
「B医師は、Aの胸痛の強度、性状、発現の時期等について問診するとともに、意識状態、体温を確認し、聴診を行い、その上で心電図検査を施行したもので、胸痛を訴える患者に対する処置として、不合理な点は見当たらない。」
「Aの心電図所見は軽度のST上昇を示していたことが認められ、かかる所見に加えて、 Aに持続していた胸痛を考慮した場合、循環器専門医であれば、急性冠症候群の可能性を考慮して更に検査を進めた可能性が高かったといえるが、その一方で…心電図の自動解析装置結果も判定「-(正常範囲)」、解析結果「異常なし」であり、ガイドラインのいう典型的な持続性ST上昇の所見には該当していなかったこと…等からすると、循環器以外を専門とする医師が、臨床上、本件心電図から急性心筋梗塞を疑わせる徴候(軽度のST上昇の存在)を把握することは困難であるといわざるをえない。」
「B医師は、消化器内科を中心とする一般内科を専門とする医師であり、これまで急性心筋梗塞の診断や治療に携わった経験はなかったのであるから、B医師に循環器専門医と同等の判断を要求することは酷といえ、同人が心電図におけるAの急性心筋梗塞を疑わせる所見を見逃したことは、やむを得なかったというべきである。」