Vol.123 うつ病患者の家族に対する指導義務

~精神科医師が、薬の過量服用を繰り返していたうつ病患者の家族に対し、過量服用時の対応等について指導すべき注意義務を肯定した事例~

-大阪地判平成24年3月30日判例タイムス1379号167頁-
協力:「医療問題弁護団」竹花 元弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

本患者は、平成16年12月、Y会の開設するクリニックを受診してクリニックの代表者で院長であるZ医師によりうつ病と診断され、それ以後クリニックに通院して抗うつ薬等の処方を受けた。
本患者は、平成17年2月16日、真に自殺目的ではないものの、抑うつ症状を抑えたいなどの意図で薬剤の過量服用をした。Z医師は、本患者に対し、夫であるXと共に受診することを指示し、同月19日、Xにクリニックが処方した薬剤の管理を依頼した。なお、Xも、平成17年2月1日以降、クリニックを受診し、Z医師の診療を受け、同年7月1日以降は、うつ病と診断されていた。Z医師は、その後、平成17年3月から平成19年にかけて、本患者またはXから、本患者が、処方した薬剤の過量服用を繰り返した事実を聞いていた。
本患者は、平成18年4月以降は、鍵のかかった手提げ金庫をこじ開けて薬剤を取り出すことまでし、薬の過量服用をしていた。また、Xも、薬剤を過量服用し、緊急搬送されて入院し、それ以降Xは、本患者に処方された薬剤の管理を一切行わなくなった。
Z医師は、平成18年12月の受診時から、本患者に対し、三環系抗うつ薬であるアモキサンを処方するようになった。そして、Z医師は、アモキサン6カプセル(1カプセル25mg)の14日分を一度に服用しても致死量には達しないと判断し、Xが薬剤の管理を十分にできないことを認識し、かつ、本患者がそれまでに薬の大量服用をした事実を告げられながら、本患者に対しても、Xに対しても、薬剤の管理について特段の指導や注意も行わずにアモキサン6カプセル14日分を処方し続けた。
本患者は、平成19年3月3日、Z医師から処方されたアモキサン約80カプセル、XがZ医師から処方された精神安定剤デパス約30錠を過量服用し、その作用によって死亡した。
Xらは、Y会らに対し、Z医師の抗うつ薬 の処方に関する注意義務違反、アモキサン大量服薬時の副作用及び処置に関する説明指導義務違反およびアモキサンの服薬管理に関する指導義務違反を理由に不法行為等による損害賠償請求をした。

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判決

1 判断の概要

本判決は、診療経過や本件当時の医学知見を詳細に認定し、カルテの改ざんも認定した上、Z医師の注意義務違反を認め、逸失利益については死亡時から1 0年間は女性労働者平均賃金の70%を基礎とし、その後は、同平均賃金で算定し、Y会らの過失相殺の主張は、 Z医師がXに対して平成1 9年1月以降の診療時に本患者の薬剤の管理を行い、本患者に薬剤の用法及び用量を適切に守らせるよう指示した事実はないことを理由に排斥するなどして、Xらの請求を一部認容した(請求額約 4300万円に対し、認容額約2900万円)。

2 アモキサン6カプセル14日分処方が問題ないか

まず、本判決は、本件当時、アモキサンの添付文書や医薬品インタビューフォームには、致死量の記載がなかったことを指摘したうえで、1.インタビューフォームには、動物実験の結果として、マウスやラットの場合、経口LD 50値が125mg /kgから430mg /kgまでと記載されており、これを本患者の体重70lgに換算すると、8750mg から 3万0100mg まで、すなわち350から1204カプセルまでに該当すること、2. 「医薬品急性中毒ガイド」は、アモキサンの致死量について、動物実験結果のうち最もLD 50値が低かったマウス字の経口LD 50値である125mg/kgを引用し、ヒト換算経口致死量として250カプセルと記載してあること、3.海外の文献では、成人がアモキサン 1500mg から8000mg 程度の単独服用により死亡した症例が報告されていることを述べた。そのうえで、3.の海外文献は、本件当時精 神科臨床医が一般的に参照しているものではなかったことを指摘し、Z医師が、アモキサン6カプセルの14日分を一度に服用しても致死量には達しないと判断し、Xが薬剤の管理 を十分にできないことを認識しており、平成19年1月から同年2月の受診日( 計 4 回 )に 、本患者が過量服用をした事実を告げられながら、本患者及びXに対して薬剤の管理について特段の指導や注意も行わず、このうち、3回の各受診日にアモキサン6カプセルを14日分ずつ処方し続けたことは、直ちに法的に注意義務に違反としたとまでいうことはできないと判示した。

3 過量服用を繰り返す患者の家族に対する指導義務

次に、本判決は、過量服用を繰り返す患者への対応について、以下のとおり判示した。 アモキサンの副作用として痙攣等の重篤な症状があり、アモキサンの大量摂取によって 死亡する可能性があることは、本件当時、精神科臨床医に一般的に認識されていたこと、本件当時も精神科臨床医が一般的に参照していた「今日の治療薬2003解説と便覧」には、三環系抗うつ薬について、一般に、体重 35mg/kg で 致死的といわれ 、1 回 に 2 週 間 分 の処方薬を服用すれば致死的となる危険があると記載されていること、同記載にアモキサンが除外されていないこと、本件当時のインタビューフォームには、アモキサンの副作用は、他の三環系抗うつ薬と同様であると記載されていること、精神科医を対象読者とする医学雑誌には、精神科医に必要な知識として、 アモキサンを含む環系抗うつ薬の大量服薬に関して、「環系抗うつ薬は治療係数が小さく、通常量の10倍以下で重篤な中毒をきたす可能性がある。一般に10~20mg/kgが生命に危険なレベルである」との論文が掲載されていたこと、ラットやマウスが薬物の代謝分解排泄能力が人よりも高いことや抗うつ剤に対する耐性も異なることから、ラットやマウス等についての実験結果におけるLD 50値を人にそのまま当てはめることはできず、このことは、本件当時の精神科臨床医の一般的な知見であること、本件当時の精神科臨床医にとって、上記「医薬品急性中毒ガイド」の記載が確立したものであり、アモキサンは、その構造及び作用の違いから他の三環系抗うつ薬よりも致死量が多いと断定するだけの十分な科学的な根拠があったということはできなかったことに照らせば、Z医師は、Xに対して、本患者が過量服用した場合には、医療機関の診療時間でなければ119番通報することも含めて直ちに医療機関を受診するように指導すべき注意義務があったというべきであるとして、精神科医師が、うつ病のため薬の過量服用を繰り返していた患者の家族に対し、過量服用時の対応等について指導すべき注意義務を肯定した。

判例に学ぶ

精神科医療をめぐっては、1.患者の自殺事故、2.投薬の判断、3.処方後または投薬後の経過観察義務、4.投薬の説明義務が問題となることが多い。
本件では、主に、2.と3.が問題となった。 この点2.投薬の判断については、医師が医薬品を使用するにあたって医薬品の添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合は、特段の事情がない限り、当該医師の過失が推定されると最高裁が判示している(最三 小判平8・1・23民集50巻1号1頁)。 また、3.処方後または投薬後の経過観察義務についても、いまだ多くはないものの裁判例の集積がなされてきた(東京高判平13・9・122判 時 1771号 91頁 、東京地判平18・8・31 裁判所HP等)。この点本判例のように、薬の処方後に、家族に対する指導義務を肯定し、医師の責任を肯定した事例は見当たらない。
本判決は控訴されており、確定した裁判所の判断というわけではないが、臨床で働く医師にとって参考になる事例と思われる。