1 判断の概要
本判決は、診療経過や本件当時の医学知見を詳細に認定し、カルテの改ざんも認定した上、Z医師の注意義務違反を認め、逸失利益については死亡時から1 0年間は女性労働者平均賃金の70%を基礎とし、その後は、同平均賃金で算定し、Y会らの過失相殺の主張は、 Z医師がXに対して平成1 9年1月以降の診療時に本患者の薬剤の管理を行い、本患者に薬剤の用法及び用量を適切に守らせるよう指示した事実はないことを理由に排斥するなどして、Xらの請求を一部認容した(請求額約 4300万円に対し、認容額約2900万円)。
2 アモキサン6カプセル14日分処方が問題ないか
まず、本判決は、本件当時、アモキサンの添付文書や医薬品インタビューフォームには、致死量の記載がなかったことを指摘したうえで、1.インタビューフォームには、動物実験の結果として、マウスやラットの場合、経口LD 50値が125mg /kgから430mg /kgまでと記載されており、これを本患者の体重70lgに換算すると、8750mg から 3万0100mg まで、すなわち350から1204カプセルまでに該当すること、2. 「医薬品急性中毒ガイド」は、アモキサンの致死量について、動物実験結果のうち最もLD 50値が低かったマウス字の経口LD 50値である125mg/kgを引用し、ヒト換算経口致死量として250カプセルと記載してあること、3.海外の文献では、成人がアモキサン 1500mg から8000mg 程度の単独服用により死亡した症例が報告されていることを述べた。そのうえで、3.の海外文献は、本件当時精 神科臨床医が一般的に参照しているものではなかったことを指摘し、Z医師が、アモキサン6カプセルの14日分を一度に服用しても致死量には達しないと判断し、Xが薬剤の管理 を十分にできないことを認識しており、平成19年1月から同年2月の受診日( 計 4 回 )に 、本患者が過量服用をした事実を告げられながら、本患者及びXに対して薬剤の管理について特段の指導や注意も行わず、このうち、3回の各受診日にアモキサン6カプセルを14日分ずつ処方し続けたことは、直ちに法的に注意義務に違反としたとまでいうことはできないと判示した。
3 過量服用を繰り返す患者の家族に対する指導義務
次に、本判決は、過量服用を繰り返す患者への対応について、以下のとおり判示した。 アモキサンの副作用として痙攣等の重篤な症状があり、アモキサンの大量摂取によって 死亡する可能性があることは、本件当時、精神科臨床医に一般的に認識されていたこと、本件当時も精神科臨床医が一般的に参照していた「今日の治療薬2003解説と便覧」には、三環系抗うつ薬について、一般に、体重 35mg/kg で 致死的といわれ 、1 回 に 2 週 間 分 の処方薬を服用すれば致死的となる危険があると記載されていること、同記載にアモキサンが除外されていないこと、本件当時のインタビューフォームには、アモキサンの副作用は、他の三環系抗うつ薬と同様であると記載されていること、精神科医を対象読者とする医学雑誌には、精神科医に必要な知識として、 アモキサンを含む環系抗うつ薬の大量服薬に関して、「環系抗うつ薬は治療係数が小さく、通常量の10倍以下で重篤な中毒をきたす可能性がある。一般に10~20mg/kgが生命に危険なレベルである」との論文が掲載されていたこと、ラットやマウスが薬物の代謝分解排泄能力が人よりも高いことや抗うつ剤に対する耐性も異なることから、ラットやマウス等についての実験結果におけるLD 50値を人にそのまま当てはめることはできず、このことは、本件当時の精神科臨床医の一般的な知見であること、本件当時の精神科臨床医にとって、上記「医薬品急性中毒ガイド」の記載が確立したものであり、アモキサンは、その構造及び作用の違いから他の三環系抗うつ薬よりも致死量が多いと断定するだけの十分な科学的な根拠があったということはできなかったことに照らせば、Z医師は、Xに対して、本患者が過量服用した場合には、医療機関の診療時間でなければ119番通報することも含めて直ちに医療機関を受診するように指導すべき注意義務があったというべきであるとして、精神科医師が、うつ病のため薬の過量服用を繰り返していた患者の家族に対し、過量服用時の対応等について指導すべき注意義務を肯定した。