Vol.125 診療記録の開示義務

~言われなきクレームを受ける可能性がある場合にも診療録の開示を拒否できるか~

-福岡地裁平成23年12月20日判決(出典:ウエストロー・ジャパン)-
協力:「医療問題弁護団」服部 功志弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

約4年間、異型狭心症、不眠等のため、地方都市所在のクリニックに通院していた患者が、セカンドオピニオンを求めるため、同クリニックを訪れ、診療記録の開示を求めた。これに対し、同クリニックは、上記開示請求を拒否した。その後も、患者は2回に亘り、同クリニックを訪れて、再び診療記録の開示を求めたが、同クリニックは、いずれの求めにも応じなかった。同クリニックが診療記録の開示を拒否した理由は、1.診療記録の開示請求には明白な法令上の根拠がない、2.開示すれば根拠のないクレームを出すなど不当な行為を助長又は誘発することになりかねないというものであった。
さらに、同クリニックは、NPO法人患者の権利オンブズマンによる診療記録開示勧告に応じなかったうえに、裁判所による証拠保全の際の検証物提示命令にも応じなかった。
そこで、患者は、同クリニックを被告として、診療記録の開示とともに、診療記録の開示請求に対する拒否によって被った精神的損害及び弁護士費用相当額の賠償を求めて提訴した。

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判決

本判決は、「診療契約は、患者が医師や医療機関に対して適切な診療を求め、医師等がこれに承諾することにより成立する準委任契約であり、受任者である医師等は、患者に対し、診療が終了したときは、その結果を報告する義務を負う(民法655条、645条)。そして、医療行為が医師の高度な専門的な知識や技術をもって行われる行為であり、医師がその内容、経過、結果等を最も知り得る立場にあるのに対し、患者は一般的にこれを容易に知ることが困難であると考えられること、医療行為の内容、経過、結果等は、患者にとってその生命、身体等に関わる当然に重大な関心を有する事項であり、患者の自己決定の前提となる自己情報コントロール権の尊重の観点をも併せ考慮すると、医師等は、診療契約上の報告義務の一環として、少なくとも患者が請求した場合には、その時期に報告するのが相当とはいえないなどの特段の事情がない限り、患者に対して医療行為の内容、経過、結果等について説明及び報告すべき義務(てん末報告義務)を負うと解するのが相当である。」として、特段の事情のない限り、医師は患者に対して医療行為の内容等について説明・報告義務があることをまず示した。
その上で、本判決は、「この医師等の負うてん末報告義務においては、患者の生命、身体に重大な影響を与える可能性があることから、医師等に説明及び報告の内容、方法等に一定の裁量が認められるというべきである。」としつつも、「診療録等の診療記録は、診療が行われたときに遅滞なく診療に関する事項等を記載して作成されるものであり(医師法24条1項参照)、診療の内容、経過等に係る記録として客観性、信頼性の高いものであり、患者にとっては診療録等の診療記録の開示を受ける利益が大きいということができる一方で、医師等にとっては、事務の負担、自己に対する責任追及の可能性の観点を除くと、診療録等の診療記録を開示することの不利益は直ちに想定し難いということができる。そうすると、患者が医師等に対して上記の説明及び報告として診療録等の診療記録の開示を求めた場合には、患者の自己情報コントロール権を尊重する観点からも、医師等は、そのような方法により説明及び報告することが求められているといい得るのであって、医師等の説明の内容や方法、診療録等の診療記録の記載の内容等の事情を考慮して、医師等の患者に対する説明及び報告が合理的であるといえない限り、医師等が上記のてん末報告義務違反であるとの評価を免れることはできないと解するのが相当」と判示した。
そして、本事件については、「被告が原告に対して被告クリニックにおける原告の診療の内容、経過、結果等について具体的に説明したことをうかがわせる事情はなく、原告が被告クリニックの受診を中止した後には、原告と被告との間の信頼関係は相当程度損なわれており、被告が原告に対して原告の診療の内容、経過、結果等を適切に報告する方法としては、診療記録の写しの交付以外に想定し難いこと、被告が上記の原告の開示請求を拒否するに当たって、原告の診療記録を開示することによる原告の身体等への影響を検討したことをうかがわせる事情も見当たらないこと、原告の上記の開示請求が不当な目的に基づくものというべき事情が見当たらないこと、原告が処方せんのほか、被告クリニックにおける診療経過等が記録された資料を取得していたような事情はうかがわれないことなどを併せ考慮すれば、被告が原告に対して診療記録の写しを交付しなかったことは、前記のてん末報告義務違反であるとの評価を免れることはできず、被告は、上記の義務違反の債務不履行責任を負うというのが相当である。」と判示した。
また、本判決は、「原告からの診療記録の開示請求に応じなかったのは、これに応じるべき明白な法令上の根拠がなかった上、これに応じると、原告が根拠のないクレームを出すなど、不当な行為を助長又は誘発することになりかねないと考えたからにすぎない」という被告クリニックの主張に対しても、「被告が主張する不開示の理由については、原告の身体等への影響に対する配慮等に基づくものではなく、それが直ちに不開示の合理的な理由になるとはいえず、それが合理的な理由に当たると評価すべき事情もうかがわれない」として排斥した。

判例に学ぶ

患者の権利意識が高まっている近時においては、患者から診療記録の開示を求められる機会も多くなっているのではないだろうか。
診療記録の開示については、欧米では1980年代までには法制化されているものの、日本では未だ法制化には至っていない。もっとも、厚労省策定のガイドラインにおいて、1.第三者の利益を害するおそれがあるとき、2.患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるときを除き、開示しなければならないと規定されていることは周知のとおりである。
では、1.2.以外でも、診療記録の開示によって患者から言われなきクレームを受ける可能性があると判断した場合、非開示とすることが許されるだろうか。この点について、「NO」という結論を出したのが本判決である。
これまでの裁判例は、1.診療契約上の一般的な診療録開示義務については否定する(東京高判昭61・8・28判時1208号85頁参照)一方で、2.診療契約上のてん末報告義務を肯定し、その方法として診療記録を開示するかどうかは「医師の裁量」であるとしてきた。本判決も、上記のような裁判例と基本的に同じ立場をとりつつも、本事例において、診療記録の開示を拒否したことは、上記医師の裁量を逸脱しており、診療契約上のてん末報告義務に違反すると判示した。
本判決において特に注目すべきは、「患者にとっては診療録等の診療記録の開示を受ける利益が大きいということができる一方で、医師等にとっては、事務の負担、自己に対する責任追及の可能性の観点を除くと、診療録等の診療記録を開示することの不利益は直ちに想定し難い」とし、更に、患者からのクレームの可能性については「不開示の合理的な理由になるとは言えない」と排斥した点にある。つまり、本判決は、患者からの責任追及やクレームの可能性があることは、患者からの診療記録の開示を拒否する合理的な理由にはなり得ないという見解を明らかにしたのである。
他にも同様の判断を示す裁判例(大阪地判H20・2・21判タ1318号173頁、東京地判H23・1・27判タ1367号221頁など)が出されていることからすると、診療記録の非開示は、医師や医療機関にとってではなく、患者本人や第三者にとって合理的な理由がない限り許されないということを改めて認識する必要があろう。