Vol.126 共同の診療システムにおける注意義務

~紹介元と紹介先が共同の診療システムを構築していた事案で、紹介元及び紹介先の説明義務違反をともに肯定した裁判例~

-東京地裁平成23年11月24日判決(1.東京地裁平成21年(ワ)第55号、2.同第5513号)-
協力:「医療問題弁護団」五十嵐 実保子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

X1及びX2は、平成10年、Y1が設置するY1病院をそれぞれ受診し、Y1病院の担当医師から手掌多汗症に対するETS(胸腔鏡下胸部交感神経遮断術)の説明を受け、Y2が設置するY2病院を紹介された。X1及びX2は、その後Y2病院を受診し、Y2病院に入院して同病院でETSを受けた(以下、X1が受けたETSを「本件ETS 1.」、X2が受けたETSを「本件ETS 2.」という)。本件ETS 1.及び本件ETS 2.は、Y1病院の医師らがY2病院に赴いて実施した。
X1及びX2は、ETSの術後に重度の代償性発汗(ETSの術後合併症の一つ)が生じたとして、Y1及びY2に対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求訴訟をそれぞれ提起した(以下、X1の請求を「 1.事件」、X2の請求を「 2.事件」という)

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判決

両事件は、複数の医療機関が関与した事案であったことから、具体的な注意義務違反の有無の前に、Y1及びY2それぞれが債務不履行責任もしくは不法行為責任を負うかという責任原因がまず問題となった。なお、両事件の基本的な事実関係はほぼ共通しており、判決も同日に言渡された。
この責任原因について、X1は、Y1とY2が本件ETS 1.を共同受任したというほかないから、本件ETS 1.にかかる責任は、Y1とY2のいずれもが負うべきであると主張した。X2は、Y1及びY2それぞれと診療契約を締結し、これらに基づき診療を担当した医師が適応義務及び説明義務に違反したから、いずれも債務不履行責任ないし不法行為責任を負うと主張した。
これに対し、Y1は、Y2病院を紹介した時点でX1との関係は終了しており、X1と本件ETS 1.にかかる診療契約を締結したことはないから債務不履行責任は負わないし、本件ETS 1.の関係ではY1病院の医師らの使用者はY2であるから、Y1が不法行為責任を負うこともないと主張した。
Y2は、施設、看護師、職員及び医療機器等の施設をY1病院に貸していただけであり、XらとETSにかかる診療契約を締結したのは実質的にはY1であるから、Y2は債務不履行責任を負わないと主張した。また、不法行為責任については、Y2と雇用関係にある医師が適応義務や説明義務に違反したことはないと主張した。
両判決は、以下のとおり、Y1及びY2は、ともに債務不履行責任ないし不法行為責任を負うとした。そのうえで、適応判断については過失を否定し、説明義務違反のみを認めて自己決定権侵害に基づく精神的損害に対する慰謝料を一部認容した。

1 「 1.事件」
Y1の責任について

Y2病院で行われたETSは、Y1病院が医師を提供し、Y2病院が手術設備等を提供するという方法により、共同で実施されていたものであった。ETSを受けるためにY2病院に紹介された患者については、Y1病院での診療において、担当医がETSの適応を判断し、適応があると認めた患者に対してETSの説明が行われ、その上でETSを受けることを決めていたのであり、手術場所としてY2病院が選択され、患者と被告Y2との間で診療契約が締結されたとしても、Y1病院で行われたものを超えるETSの適応の診断や説明がY2病院において行われるのを期待し得る状況にはなかった。
そうすると、上記のとおり共同した診療システムに基づいてY2病院でETSを受けることとなった患者については、Y1病院を開設する被告Y1及びY2病院を開設する被告Y2が上記患者との各診療契約に基づいて共にETSについての適応義務及び説明義務を負うものというべきである。

Y2の責任について

X1は、平成10年7月3日、Y2との間で、本件ETS 1.に係る診療契約を締結したことが認められる。したがって、Y2は、本件ETS 1.を実施するに当たり、X1に対し、上記診療契約上の義務として、X1にETSの適応があるかどうかを適切に判断する義務及びETSに係る説明義務を負っていたものであるから、Y2病院の担当医がこれに違反した場合には、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うものというべきである。

2 「 2.事件」
Y1の責任について

本件の場合、ETSを希望する患者の急増に対応するためY1病院を受診したETSを希望する患者の一部をY2病院に紹介し、Y2病院の設備を利用してY1病院に関係の深い医師が出向いてETSを担当するという仕組みが構築されていた。そして、X2に対して、Y1病院で行われた診療行為に加え、Y2病院において、基本的な術前検査はともかく、原告の手掌多汗症の症状の程度等を更に精査してETSの適応の判断が行われることや、ETSの合併症である代償性発汗について更に詳細な説明が行われることが予定されていたわけではない。また、Y1病院はETSについて豊富な経験を有する医療機関であり、ETSについての知見も十分に有していたのである。
このような事情に鑑みると、本件は、紹介元の医療機関において適応の判断に必要な情報を十分に収集しなかったり、簡易な説明を行うにとどめたりすることが許されるような場合には当たらないというべきであり、Y1病院で行われた診療において適応の判断の誤りないし説明の不備があった場合には、Y2病院において適切な判断や説明がされない限り、被告Y1社がこれにより原告に生じた損害について債務不履行責任や不法行為責任を免れるものではない。

Y2の責任について

被告Y2は、本件ETSの実施についての診療契約の当事者であり、Y2病院においても術前検査を踏まえた最終的なETS実施の判断やETSについての説明を行ったと認められ、また、本件ETSに関する診療行為を担当した医師らを雇用していた者であるから、Y1病院の医師らに適応の判断の誤りないし説明の不備があった場合において、本件ETSの実施についてY2病院における担当医師にも適応の判断の誤りないし説明の不備があるときには、これにより原告に生じた損害について債務不履行責任ないし不法行為責任を負うべきである。

判例に学ぶ

一般に、紹介先の医療機関で実施される治療につき、紹介元の医療機関が当然に債務不履行責任ないし不法行為責任を負うものではありません。このような場合、通常は、紹介先での適応判断や説明が予定されているし、紹介元の医療機関は、当該治療について専門的知識を十分有していない場合があるからです。
しかし、本件の場合、Y1病院とY2病院との間で、ETSにつき共同した診療システムと言える仕組みが構築されており、紹介元であるY1病院自身がETSの専門的知識と経験を有しており、Y1病院での診療において担当医がETSの適応を判断し、適応があると認めた患者に対してETSの説明を行い、患者はその上でETSを受けることを決めていたという事情がありました。両判決は、このような具体的事情を丁寧に認定したうえで、その具体的事情の下では、Y1とY2は、いずれも債務不履行責任もしくは不法行為責任を負うと判示しました。
このように、紹介元又は紹介先の医療機関が、それぞれどのような注意義務を負うかは、医療機関同士の関係、診療経過、問題となる治療方法の専門性等によって、具体的に判断されます。紹介元医療機関も紹介先医療機関も、それぞれが当然に同等の注意義務を負うと考える必要はありませんが、具体的な事情によっては、実際に治療を行わない紹介元においても法的に注意義務を負う場合があるということは、意識しておかれるとよいと思います。