Vol.127 院内感染における注意義務

~細菌に汚染された器具の使用に伴う院内感染事故において、器具の洗浄、消毒、保管等に関する注意義務違反等が否定された事例~

-広島高等裁判所 平成24年5月24日判決(出典:LLI/DB 判例秘書)-
協力:「医療問題弁護団」松田 由貴弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

控訴人らの被相続人は、被控訴人が設置、運営する病院(以下「被控訴人病院」という。)において、胆管癌及び肝腫瘍の精査目的で内視鏡的逆行性膵胆管造影による検査を受けたが(以下「本件ERCP」といい、ここで用いられた内視鏡を「本件内視鏡」という。)、その際、本件内視鏡の挿入部先端に付着していたと推認される多剤耐性緑膿菌に感染して敗血症を起こし、多臓器不全により死亡した(以下、上記感染を「本件感染」という。)。そのため、法定相続人である控訴人らが、1.被控訴人には多剤耐性緑膿菌が残存しないよう本件内視鏡を適切に洗浄、消毒すべき義務を怠った過失があり、2.胆汁の流れが悪くなって感染しやすかった以上、ENBD(内視鏡的経鼻胆管ドレナージ)又はプラスチックステント留置して合併症防止を図るべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があり、これらの過失により被相続人が死亡したことから、被相続人の被控訴人に対する損害賠償請求権を相続したとして、被控訴人に対し、不法行為ないし診療契約の債務不履行に基づき損害賠償を請求した。
原判決は控訴人らの請求をいずれも棄却したため、控訴人らが控訴をし、医療用具等の製造販売等を行う会社が控訴審において控訴人らのために補助参加をした。

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判決

1 本件感染の原因及び経路について

(1)本件感染の原因について
本件感染は本件内視鏡の挿入部先端に付着した多剤耐性緑膿菌によって発生したものと推認される。参加人は、かかる事実を認めるに足りる証拠はないと主張するが、この点は控訴人らと被控訴人との間に争いがないから、民事訴訟法45条2項により、参加人は、上記争いのない事実と異なる主張をすることはできない。
(2)本件内視鏡の挿入部先端に多剤耐性緑膿菌が付着するに至った経路について
被控訴人病院においては、本件内視鏡ないしこれを使用する手術以外にも、緑膿菌感染の原因となる何らかの感染源や感染経路等があったと考えられるが、これらを特定することは困難である。そうすると、本件内視鏡の挿入部先端に多剤耐性緑膿菌が付着するに至った経路を解明することも難しい。

2 1.本件内視鏡の洗浄、消毒、保管等に関する被控訴人の注意義務違反の有無について

(1)ガイドライン遵守の有無について
被控訴人が本件感染を機に作成した、看護師が従前行っていた洗浄消毒等の手順を成文化したマニュアル(以下「本件マニュアル」という。)には、日本消化器内視鏡技師会(現日本消化器内視鏡技師学会)安全管理委員会が平成16年3月に定めた「内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライン」第2版に記されている処置の一部が記載されていない。しかしながら、当該処置は、いずれも環境整備ないし前記ガイドラインにいうスタンダードプリコーションに係る処置であり、本件マニュアルにこれらの処置に関する記載がされていないのは当然であって、かかる記載がないか らといって、被控訴人が上記環境整備に係る処置を怠ったということはできない。
(2)本件内視鏡の取扱説明書遵守の有無について
本件マニュアルには、本件内視鏡の取扱説明書に記されている手順の一部が記載されていない。しかしながら、本件マニュアルは、内視鏡室所属の看護師7名が緊密な連絡を取り合っていることを前提として作成されたいわば仲間内の文書であり、その用語、内容とも、この7名の看護師が理解できればそれで足りる性質のものであるから、第三者からみて、本件マニュアルの記載に不備、不足があるとしても、それだけの理由により、上記看護師7名が本件内視鏡の洗浄消毒に必要な手順を踏んでいなかったということはできない。しかも、上記看護師7名は本件内視鏡の洗浄消毒に必要な手順を踏んでいたものと認められる。
(3)その他について
本件内視鏡を手洗いした後、担当看護師が、本件内視鏡の鉗子起上部分を洗浄消毒することができない自動洗浄消毒装置を使用した注意義務違反、自動洗浄消毒装置の取扱説明書の不遵守、本件内視鏡に係る環境整備や保管義務の違反などもない。
(4)小括
被控訴人病院では、本件感染発生の前から、院内感染対策委員会を設け、緑膿菌等による病院施設や医療器具等の汚染状況及び緑膿菌等の保菌者ないし感染患者の状況等を調査し、その対策を講じ、緑膿菌の菌株の同一性についても、DNA分析を依頼して調査を繰り返し、その必要がある都度、被控訴人病院における院内感染に備えるとともに、各病棟に周知し、これを受けて、内視鏡室では、相当高い水準のスタンダードプリコーションが行われていたものと推認される。また、緑膿菌は、健康な人の腸内に10%の割合で存在する細菌であり、栄養要求性が低く、わずかな有機物と水があれば増殖するため、排除が困難な性質を有するところ、被控訴人病院の院内感染の調査によっても、本件内視鏡の挿入部先端に緑膿菌が付着するに至った経路を解明することは困難である。さらに、本件内視鏡の洗浄、消毒、保管等については、控訴人らが主張するような注意義務違反はいずれも認められず、むしろ、被控訴人病院においては、本件ガイドラインや各取扱説明書の内容を遵守して行われていたものと認められる。
以上より、被控訴人病院の被相続人に対する措置等に不法行為上の過失ないし診療契約上の債務不履行があったということはできない。

3 本件ERCP時における被控訴人の注意義務違反の有無について

(1)2.ENBD又はプラスチックステント留置をすべき注意義務違反について
被相続人の癌は肝門部にあり、そのために閉塞が生じて胆汁の流れが悪くなっていたのであるから、ドレナージをするのであれば、癌で閉塞した部分よりも上流の部位で行うべきこととなるが、本件ERCPが施行されたのは、それよりも下流の部位であったこと、また、被申立人の当時の病状に照らすと、ドレナージ自体に多大の危険を伴うことが認められる。そうすると、本件ERCP施行の際、ENBD又はプラスチックステント留置をすべき義務があったとまでは認め難い。
(2)本件ERCPに際し、造影剤に抗生剤を混入すべき義務違反について
本件ERCP時、造影剤に抗生剤1アンプルを混入していることが認められるから、控訴人らの主張は理由がない。
(3)小括
被控訴人には、本件ERCPにおいて、不法行為上の過失ないし診療契約上の債務不履行があったということもできない。

判例に学ぶ

注射の際の細菌感染の事例において、最高裁判所昭和39年7月28日判決は、注射器具、施術者の手指、患者の注射部位等の消毒の不完全(消毒後の汚染を含む)のような経路の伝染については、医師が完全な消毒をしていたならば、患者が病気に罹患することはなかったのであり、医師は患者に対し細菌感染させないために万全の注意を払い、医師、患者、診療用具などについて消毒を完全にすべき注意義務のあることはいうまでもなく、かかる消毒を不完全な状態のままで麻酔注射をすることは医師として当然なすべき注意義務を怠っていることは明らか等と判旨している。このような判例からすれば、本件でも注意義務違反が肯定されそうだが、いずれの注意義務違反も否定されており、事例判例として参考になるものと考えられる。
ただし、感染の原因を内視鏡に付着した細菌としながら、洗浄、消毒、保管等に問題がないということは現実には生じにくいのではないか、感染の原因につき争いがあった場合には、そもそも別の感染の原因が認定される可能性があるのではないか等といった疑問もないではなく、様々な検討の可能性のある判例であるといえる。