1 争点
本件の争点は、(1)看護助手の過失の有無 (2)医師の過失の有無(3)因果関係及び損害 であった。
2 前提となる事実経過
患者(以下単に「B」とする)は、平成22年2月8日、本件病院に入院した。Bは、入院当時、末期腎不全、腎性貧血の状態であり、本件病院において人工透析を行なっていた。同年3月4日、Bは、人工透析を受けるために、病室から人工透析室に車いすで移動し、看護助手Y2の介助で、車いすからベッドに移る際に、仰向けに転倒した(本件事故)。
本件事故後、BはCT検査中に、意識レベルが低下し、JCSⅢ -300(刺激に全く反応しない状態)となった。その後、Bは、本件病院での入院を継続し、人工呼吸器管理下で、人工透析等の治療を受けていたが、意識レベルは十分に改善しないまま、同年7月26日死亡した。なお、以上の診療経過については、当事者間に争いがなかった。
3 看護助手の過失の有無
被告らは、Bが、転倒直前まで両手をベッドについて前屈みになり、重心をベッドにかけるような姿勢で自力で立っており、意識もはっきりしていたとして、本件事故は、予想外に生じたものであり、被告Y2には、注意義務違反はなかったと主張した。しかし、判決は、まず、本件事故に関する具体的な診療経過として「Bは、本件事故直前の午前9時ころ、本件病院の看護助手に介助され、車いすにて透析室に入室した。被告Y2及びC看護師は、透析室内で、Bの介助を引き継いで、立位で、Bの体重を量った後、Bを再度車いすに乗せ、透析用ベッドの近くまで移動させた。透析用ベッドは、高さがあり、Bが小柄であったことから、C看護師が、ベッド脇の中央付近に踏み台を置き、被告Y2及びC看護師が、Bの体を支え、Bを上記踏み台の上に立たせた。この時のBの姿勢は、踏み台の上で、体の正面をベッドに向け、両手をベッドについて前傾していた。その後、C看護師は、車いすを透析室の入り口付近に移動させるために、Bの側を離れたことから、被告Y2が、一人でBを背後から支えていたが、被告Y2が、Bのコップを透析用ベッドのオーバーテーブル上に置くために、Bの背後を離れた直後に、Bは、仰向けに転倒した」という事実を認定した上で、「Bが車いすの利用を許可されたのは、本件事故発生の前々日である平成22年3月2日であったことと、「本件事故が発生した同月4日は、それまでストレッチャーを使用して、病室から透析室までの移動を行っていたBが、移動方法を車いすに変更した後、最初の透析の機会であった」ことからすると、「車いすから透析用ベッドへの移動の際に立位をとった場合、バランスを崩すなどして、転倒事故が生じる可能性があることは、被告Y2において予測できる状況にあった」と判示した。そして、具体的注意義務につき、「被告Y2には、Bが透析用ベッドに移動し、体位が安定するまで、介護を継続するべき義務があり、これを怠った点に注意義務違反が認められる」と結論付けた 。
4 医師の過失の有無
原告らは、被告Y3が、本件事故を隠蔽するために、Bに対し、適切な救命措置を取らなかった過失がある、と主張していたが、主張を裏付ける証拠がないとして原告らの主張を認めなかった。
5 因果関係及び損害
(1)因果関係
原告らは、本件事故とBの死亡との間に因果関係があると主張していた。しかし、判決では「解剖の結果、Bの直接の死因については、「急性及び慢性膵炎」とされていること」、「医学的知見を前提としても、転倒によるくも膜下出血、脳挫傷、硬膜下血腫が、膵炎の発症因子となるものではなく、また、膵炎の予後に大きな影響を与えるものとも認められないこと」を踏まえ、本件事故と死亡との間の因果関係を否定した。
また、Bが転倒により意識不明の状態に陥ることがなければ、膵炎の痛みを訴えることもでき、適切な治療が行われた可能性があるから、本件事故と死亡との間に因果関係はある、との原告らの主張について、「本件病院の医師らが、血液検査の結果や黄疸等の症状から、肝胆機能の障害を疑い、原因の究明のために、腹部エコー検査、CT検査等を複数回行ったにもかかわらず、原因究明には至らず、また膵臓変形等の異常所見も見られなかった」のだから、「仮に、Bからの痛みの訴えがあったとしても、膵炎が発見されたとはいえ」ないとして、やはり死亡との間の因果関係は認められないとした。
(2)損害
損害について、まず、死亡したBにつき「本件事故により、Bが外傷性くも膜下出血等を生じ、意識障害から回復することがないまま死を迎えざるを得なかったことによって、Bが多大な精神的苦痛を受けた」とし、損害額を500万円とした。次に、「近親者である原告らも、Bが生命侵害を受けたのと比肩し得る程度の精神的苦痛を受けた」とし、損害額として、配偶者に50万円、子に50万円(子は2名なので、1人につき25万円)を認めた。