Vol.131 未破裂脳動脈瘤に対する開頭脳動脈瘤クリッピング術における血流確認義務

~ 術後に脳梗塞を発症し重篤な後遺症を負った事案につき、術中の血流確認義務、麻痺判明後の検査義務、説明義務が問題となった裁判例 ~

-名古屋地方裁判所平成23年2月18日判決、裁判所ウェブサイト掲載判例-
協力:「医療問題弁護団」 笹川麻利恵弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者( 72歳・女性)は、平成17年4月(以下、年の記載を省略)、X病院におけるMRI、MRA、3D―CTA、脳血管造影検査により右内頸動脈の前壁に未破裂脳動脈瘤が認められ、5月19日、開頭脳動脈瘤クリッピング術を受けるべくX病院に入院した。患者の脳動脈瘤は右内頸動脈のC2―C3部にあり、前床突起近傍にあることが判明していた。
5月23日午前9時55分、A医師の執刀により、開頭脳動脈瘤クリッピング術(本件手術)が開始された。A医師は、頸部で内頸動脈を確保した後、浅側頭動脈―中大脳動脈の吻合術を行い、ドップラー血流計で浅側頭動脈―中大脳動脈の機能を確認した。その後、右内頸動脈にアプローチすると、動脈瘤は視神経に癒着しており壁が非常に薄く血流が渦を巻いているのが見られた。動脈瘤の両側を剥離してブレードが入るスペースを確保し、動脈瘤をクリッピングした。ドップラー血流計を動脈瘤及び内頚動脈に当てたところ、動脈瘤から拍動が検出されたため、リムーバーを使ってクリップを進めた。再度、ドップラー血流計を動脈瘤に当てたところ脈拍の振動は検出されたが、流れの音は検出されなかった。この際、A医師はドップラー血流計を内頚動脈に当てなかった。クリッピングは午後1時24分頃から34分頃にかけて行われた。止血確認後、縫合するなどして午後2時48分に手術を終了した。
午後3時42分に麻酔が終了し、午後4時に患者は帰室したが覚醒しておらず、右上下肢には自動運動があったが、左上肢は痛み刺激に反応がなく左下肢も痛み刺激に指先がわずかに動くのみだった。午後5時にも覚醒不良であり、午後6時でも痛み刺激に開眼しなかった。午後6時20分、CT、MRA検査等が実施され、右内頚動脈のC3付近より閉塞し、右中大動脈領域の広範な脳梗塞を発症していることが分かった。午後7時20分ころから脳梗塞の治療が開始されたが、患者には左上下肢麻痺・高次脳機能障害が残った。
患者が原告となり、X病院医師には、①内頚動脈の血流確認義務違反、②麻痺判明後の検査義務違反、③説明義務違反の過失があったと主張して、不法行為又は債務不履行に基づき、損害賠償を求めた事例である。

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判決

1 脳梗塞発症の機序について

右内頸動脈の動脈瘤に対しクリッピング及びかけ直しがされ、右内頚動脈が狭窄又は閉塞する可能性のある手術操作がされていること、閉塞部位がクリップの近傍であること、手術直後から麻痺や意識障害が生じていること等から、クリップにより右内頚動脈が狭窄又は閉塞し、事前に実施したバイパスでは血流が足りずに脳梗塞を発症したと認めるのが相当とされた。

2 血流確認義務について

前提として、未破裂脳動脈瘤クリッピング術は予防的手術のため、術中破裂や血管損傷の合併症を起こさないことが重要であり、医師は、クリッピングに際して親血管の狭窄・閉塞を避け、親血管の血流を確保すべき注意義務があると認められた。
(1)前床突起の削除
C2-3部位では血管の可動性が少ないため可動性を確保し動脈瘤の枝部をよく観察すべく前床突起の切除をすべきであり、前床突起の切除を行わないのであれば、少なくともクリッピング後には脳動脈瘤を完全に剥離し、クリッピングの状態を確認すべきであったとされた。
(2)ドップラー血流計による確認
親血管の血流有無の確認は外部からは困難であるから、クリッピング後(かけ直し後)にも、ドップラー血流計によって内頚動脈の血流を確認すべきであったとされた。

3 麻痺判明後の検査義務について

午後4時の時点で左上下肢に運動麻痺が生じていたと認めた上、当該時点で麻痺の原因を精査する必要性もあり十分に可能だったとし、この点に過失があるとした。
しかし、当該時点でCT撮影等を実施したとしても、再手術を実施する場合は再手術の判断、準備などのため更なる時間を要するものと推認され、クリッピング後徐々に閉塞したとしても手術開始までには相当程度の時間を要し、再手術の負担も考慮すると、再手術の適応があったものと認めることはできないとし、結果との因果関係を否定した。

4 説明義務について

本件手術に関する説明の時期、相手方、内容、患者の反応等について時系列で具体的に事実認定がなされた。
その上で、「医師は、患者の疾患の治療のために手術その他一定の合併症が発生する恐れがある医療行為を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務がある。その場合において、医療水準として確立した療法や術式が複数存在する場合には、医師は患者がそのいずれかを選択するかにつき熟慮のうえ判断することができるような仕方で、それぞれの療法や術式の違い、利害得失を分かりやすく説明することが求められる」と判示した。
もっとも、本件では、具体的な破裂率、経過観察した場合の予後、手術による後遺症等の説明はなされたと認め、また、(血管内治療の方法があることを説明したと認められないものの)患者には血管内治療の適応がなかったとして、説明義務違反を否定した。

判例に学ぶ

未破裂脳動脈瘤の治療(クリッピング術、コイル塞栓術など)では、説明義務違反が実質的な争点とされることが多く、医師に説明義務違反を認める判例は比較的多くあります。
本件でも、患者は3つの義務違反の中の一つとして説明義務違反を主張して争いました。上記判決で用いられた説明義務の基準は最高裁判所の判例をもとにしています(最高裁平成18年10月27日第二小法廷判決、最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決など参照)。「患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように」という点がポイントとなっています。
この点、未破裂脳動脈瘤クリッピング術が予防的手術であり、その実施の当否や基準について医学的に明確な結論が出されていないこと、保存的に経過を見るという選択肢も存在すること、予防的手術を行うにしても実施の緊急性が低く手術を受けるか否かは患者の自己決定に委ねられる側面が大きいこと等から、患者の自己決定権を行使するための医師による情報提供を重要視し、医師に説明義務を厳格に課すという判断がなされやすいものと考えられます(高橋穣編著「医療訴訟の実務」390頁等参照)。
もっとも、本件は説明義務違反ではなく、血流確認義務違反によって高額な賠償が認められました。手技上の注意義務違反について患者側が立証を行うことが非常に難しい傾向にある中、注目されるケースです。
親血管の血流を確保すべき注意義務として、前床突起の削除、及びドップラー血流計による血流確認という具体的な方法についての注意義務違反にまで踏み込んで認定している点で、参考になります。
こうした判断がなされた背景には、患者側及び病院側から、脳神経外科医の意見書等が証拠として提出され、手術中の手技も含む本件の各争点について詳細な立証・反証がなされたことがあるのでしょう。
加えて、未破裂脳動脈瘤の治療が予防的手術であることから術中破裂や血管損傷の合併症を起こさないことが重要であるという裁判所の考え方が基底にあるように思います。
未破裂脳動脈瘤に対するクリッピング術は予防的手術であり、患者にとって判断が難しい治療なのはもちろんですが、医師にとっても説明義務や合併症の防止など高いハードルの課される治療だともいえるでしょう。きめ細かやで慎重な説明及び手技がより求められていると考えられます。