1 脳梗塞発症の機序について
右内頸動脈の動脈瘤に対しクリッピング及びかけ直しがされ、右内頚動脈が狭窄又は閉塞する可能性のある手術操作がされていること、閉塞部位がクリップの近傍であること、手術直後から麻痺や意識障害が生じていること等から、クリップにより右内頚動脈が狭窄又は閉塞し、事前に実施したバイパスでは血流が足りずに脳梗塞を発症したと認めるのが相当とされた。
2 血流確認義務について
前提として、未破裂脳動脈瘤クリッピング術は予防的手術のため、術中破裂や血管損傷の合併症を起こさないことが重要であり、医師は、クリッピングに際して親血管の狭窄・閉塞を避け、親血管の血流を確保すべき注意義務があると認められた。
(1)前床突起の削除
C2-3部位では血管の可動性が少ないため可動性を確保し動脈瘤の枝部をよく観察すべく前床突起の切除をすべきであり、前床突起の切除を行わないのであれば、少なくともクリッピング後には脳動脈瘤を完全に剥離し、クリッピングの状態を確認すべきであったとされた。
(2)ドップラー血流計による確認
親血管の血流有無の確認は外部からは困難であるから、クリッピング後(かけ直し後)にも、ドップラー血流計によって内頚動脈の血流を確認すべきであったとされた。
3 麻痺判明後の検査義務について
午後4時の時点で左上下肢に運動麻痺が生じていたと認めた上、当該時点で麻痺の原因を精査する必要性もあり十分に可能だったとし、この点に過失があるとした。
しかし、当該時点でCT撮影等を実施したとしても、再手術を実施する場合は再手術の判断、準備などのため更なる時間を要するものと推認され、クリッピング後徐々に閉塞したとしても手術開始までには相当程度の時間を要し、再手術の負担も考慮すると、再手術の適応があったものと認めることはできないとし、結果との因果関係を否定した。
4 説明義務について
本件手術に関する説明の時期、相手方、内容、患者の反応等について時系列で具体的に事実認定がなされた。
その上で、「医師は、患者の疾患の治療のために手術その他一定の合併症が発生する恐れがある医療行為を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務がある。その場合において、医療水準として確立した療法や術式が複数存在する場合には、医師は患者がそのいずれかを選択するかにつき熟慮のうえ判断することができるような仕方で、それぞれの療法や術式の違い、利害得失を分かりやすく説明することが求められる」と判示した。
もっとも、本件では、具体的な破裂率、経過観察した場合の予後、手術による後遺症等の説明はなされたと認め、また、(血管内治療の方法があることを説明したと認められないものの)患者には血管内治療の適応がなかったとして、説明義務違反を否定した。