Vol.132 医師の顛末報告義務とは

~ 医師が、医学上の基礎的な認識を欠いたために遺族に対して患者の死因について誤った説明をしたことについて損害賠償責任が認められた事例 ~

-広島地判 平成4年12月21日判タ814号202頁-
協力:「医療問題弁護団」 髙梨滋雄弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者は、昭和58年1月9日朝、左片麻痺を起こして立ち上がれなくなり、K病院で診察を受けたところ、脳出血と診断され、即日入院して脳内血腫除去の手術を受けた。その後、気道閉塞を防ぐために気管切開が行われ、気管カニューレが挿入された。患者は、1月17日、急性腎不全を併発し、人工透析を受けるためにF病院に転入院し、同日午後5時前から午後8時ころまで、第一回目の人工透析を受けた。1月18日午後0時過ぎから第二回目の透析が始められたが、途中で患者の血圧が下がってきたため、2時間半で中止された。その後、患者は消化管から出血して吐血するなど全身状態がさらに悪化し、同日午後9時10分に患者の死亡が確認された。
患者の死亡した直後におけるA医師の患者の夫に対する患者の死亡原因についての説明は、患者が消化管からの吐血を気管内に誤飲して窒息死した、というものであった。
患者の遺族は、A医師及びF病院に勤務するB医師を被告として、誤飲による窒息に関する注意義務違反の過失、または、人工透析中に、急激に血圧が低下してショック状態に陥ることを防止すべき注意義務違反の過失により患者が死亡したものとして損害賠償請求訴訟を提起した。この訴訟において鑑定が実施され、患者の直接の死亡原因は、脳障害に腎機能障害と何らかの感染症疾患とが加わり全身状態が極めて悪化して心臓の機能低下を招いたことによるもの、すなわち、急性の心不全であるとの鑑定医の意見が示された。この鑑定結果を踏まえて患者の遺族はA医師が患者の死因について誤った説明をしたことによって、遺族が精神的苦痛を負ったことについての損賠償請求を追加した。
裁判所は、患者の診療経過及び鑑定医の意見を前提に患者の直接の死亡原因は、適切な診療行為によっても回避できない急性の心不全であったとして、患者遺族のA医師及びB医師の過失により患者が死亡したものとする損害賠償請求は認められないとの判断を示した。そして、A医師が患者の死因について誤った説明をしたことによって、遺族が精神的苦痛を負ったことについての損害賠償請求についてはこれを認めた。

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判決

1 患者の死亡の経過・原因についての医師の遺族に対する説明義務


医師の本来の責務が、患者の生命、健康を保持するための診療行為にあることはいうまでもない。しかし、医師の診療の甲斐なく不幸にも患者が死亡するに至ることも、医療の場面でしばしば直面する事態であり、それは、医療の性格上やむを得ないことでもある。このような事態に直面した場合、それが死という人の一生において最も重大な事態であるだけに、患者の遺族が、患者が死に至った経緯及びその原因を知りたい、知って少しでも心を落ち着けたいと考え、それに対する説明を診療を行った医師に対して求めることも、いわば人としての本性に根ざすともいい得ることであり、至極当然のことである。
そして、生命の重要性、これを前提に高度の専門的知識を有する者が特別の資格に基づいて行う業務とされる医療の特殊性、医師が患者に対する診療契約関係においては診療内容について報告義務を負うとされること、死亡の経過及び原因は、多くの場合診療に当たった医師にしか容易には説明できず、少なくとも当該医師によって説明されるにふさわしい事項であることなどの事情を総合的に考察すると、死亡の経過及び原因の説明を診療を行った医師に対して求める患者の遺族の側の心情ないし要求は、それが医師の本来の責務である診療行為の内容そのものには属しないことを踏まえても、なお、法的な保護に値するものと解するのが相当である。以上に述べたところによれば、自己が診療した患者が死亡するに至った場合、患者が死亡するに至った経緯・原因について、診療を通じて知り得た事実に基づいて、遺族に対し適切な説明を行うことも、医師の遺族に対する法的な義務であるというべきである。

2 A医師の患者遺族に対する患者の死亡の経過・原因についての説明義務違反


A医師の説明は、患者は最終的には吐血を誤飲して窒息死したというものであって、このような誤った説明は、鑑定によれば、医学上の基礎的な認識を欠いていたために犯した誤りであることが明らかであり、このような誤りをやむを得ないものとして正当化する事情は本件全証拠を検討しても認められず、A医師には、落度があったといわざるを得ない。しかも、この落度は、医学上の基礎的な認識を欠いていたためにこそ生じたものであるという点から見て、重大なものということができる。

判例に学ぶ

1 医師の顛末報告義務とは


医師と患者との契約関係は診療契約ですが、これは民法上の準委任契約(民法656条、643条)あたります。準委任契約とは、一方の当事者が他方の当事者に対して「あること」を行うことを依頼して、その他方の当事者がそれを引き受けて「あること」を行うという内容の契約です。診療契約については、患者が医師に対して診療行為を依頼して、医師がこれを引き受けて患者に対して診療行為を行う内容の契約ということになります。
この準委任契約において「あること」を行うことを引き受けた当事者は、依頼した当事者に対して「あること」をどのように行ったのか、それが終了しているときはその結果についても報告する義務があります(民法656条、645条)。そのため、診療契約に基づいて医師は患者に対して診療経過、診療行為の結果について説明する義務を負っています。この義務を医師の顛末報告義務といいます。そして、患者が不幸にして亡くなられたときは、医師は遺族に対して信義則(民法1条2項)に基づいて顛末報告義務を負います。
このように医師の患者、遺族に対する顛末報告義務は、法理論的には民法656条、645条、または民法1条2項に基づくものです。ただ、その実質的な根拠は、この判決が示しているように〔患者に死亡または後遺症の残存などの不幸な結果が生じたときに患者、遺族がなぜそのような結果となったのかを知りたいという気持ちは人として当然のことで法的に保護されるべきこと〕〔医療行為の高度の専門性とこれに伴う医師の専門家としての責任〕ということに求められると考えられます。

2 医師の顛末報告義務の果たす機能


この医師の顛末報告義務には、無用な紛争を防止するという機能があります。診療行為が実施されたが、患者に死亡する、または、後遺症が残存する等の不幸な結果に終わった場合、適切に医師の顛末報告義務が履行されなければ、患者、遺族は、その不幸な結果を医療の限界または不確実性として受け容れなければならないのか、それとも、適切な診療行為が実施されていれば回避できたものであるかの判断をすることができません。
そのため、適切に顛末報告義務が履行されないと不幸な結果がやむを得ないものであるときも、患者、遺族は、適切な診療行為がなされていれば不幸な結果を回避することができたのではないかとの疑念を有するおそれがあります。実際、この事件では、患者の死因は、適切な診療行為が実施されても回避することができなかった急性の心不全だったのですが、A医師が医学上の基礎的な認識を欠いていたために誤飲による窒息という誤った説明をした結果、遺族が適切な診療行為が実施されていれば患者は救命、延命が可能だったのではないかという無念の思いを抱いてしまい訴訟を提起しています。
このような無用な紛争を防止するためには、不幸な結果の原因について調査分析をしたうえで適切に医師の顛末報告義務の履行がなされることが必要であることを是非ともご理解ください。