1 医師の顛末報告義務とは
医師と患者との契約関係は診療契約ですが、これは民法上の準委任契約(民法656条、643条)あたります。準委任契約とは、一方の当事者が他方の当事者に対して「あること」を行うことを依頼して、その他方の当事者がそれを引き受けて「あること」を行うという内容の契約です。診療契約については、患者が医師に対して診療行為を依頼して、医師がこれを引き受けて患者に対して診療行為を行う内容の契約ということになります。
この準委任契約において「あること」を行うことを引き受けた当事者は、依頼した当事者に対して「あること」をどのように行ったのか、それが終了しているときはその結果についても報告する義務があります(民法656条、645条)。そのため、診療契約に基づいて医師は患者に対して診療経過、診療行為の結果について説明する義務を負っています。この義務を医師の顛末報告義務といいます。そして、患者が不幸にして亡くなられたときは、医師は遺族に対して信義則(民法1条2項)に基づいて顛末報告義務を負います。
このように医師の患者、遺族に対する顛末報告義務は、法理論的には民法656条、645条、または民法1条2項に基づくものです。ただ、その実質的な根拠は、この判決が示しているように〔患者に死亡または後遺症の残存などの不幸な結果が生じたときに患者、遺族がなぜそのような結果となったのかを知りたいという気持ちは人として当然のことで法的に保護されるべきこと〕〔医療行為の高度の専門性とこれに伴う医師の専門家としての責任〕ということに求められると考えられます。
2 医師の顛末報告義務の果たす機能
この医師の顛末報告義務には、無用な紛争を防止するという機能があります。診療行為が実施されたが、患者に死亡する、または、後遺症が残存する等の不幸な結果に終わった場合、適切に医師の顛末報告義務が履行されなければ、患者、遺族は、その不幸な結果を医療の限界または不確実性として受け容れなければならないのか、それとも、適切な診療行為が実施されていれば回避できたものであるかの判断をすることができません。
そのため、適切に顛末報告義務が履行されないと不幸な結果がやむを得ないものであるときも、患者、遺族は、適切な診療行為がなされていれば不幸な結果を回避することができたのではないかとの疑念を有するおそれがあります。実際、この事件では、患者の死因は、適切な診療行為が実施されても回避することができなかった急性の心不全だったのですが、A医師が医学上の基礎的な認識を欠いていたために誤飲による窒息という誤った説明をした結果、遺族が適切な診療行為が実施されていれば患者は救命、延命が可能だったのではないかという無念の思いを抱いてしまい訴訟を提起しています。
このような無用な紛争を防止するためには、不幸な結果の原因について調査分析をしたうえで適切に医師の顛末報告義務の履行がなされることが必要であることを是非ともご理解ください。