Vol.133 医師と患者のコミュニケーションに関する一素材

~ C型肝炎ウイルス検査の受検勧奨について、医師の説明・説得が足りないとされた事例 ~

-大阪地方裁判所判決平成19年7月30日判時第2017号110頁-
協力:「医療問題弁護団」 阿部豊弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではな く、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

本件は、亡A(昭和23年生まれ、男性)が、医師Y1が理事長を務める医療法人Y2医院を受診していたところ、C型肝炎を疑わせる検査結果等から、Y1は、亡Aに対するその鑑別診断及び治療行うべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠って亡AのC型肝炎を放置したため、亡AがC型肝炎から肝臓癌に進行し、死亡するに至ったと主張して、遺族らが、Y1及びY2に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償金として、約7500万円の支払を求めた事案である。

関連情報 医療過誤判例集はDOCTOR ‘S MAGAZINEで毎月連載中

判決

1 争点


本件の争点は、①C型肝炎の診断・治療義務違反の有無、②死亡との間の因果関係の有無と損害額である。


2 前提となる事実経過


(1)平成8年検査
平成8年10月30日、亡Aは、Y1から高血圧症の診断を受け、通院治療を開始した。
平成8年11月8日、亡Aは、Y2において血液検査を受けたところ、その結果は、GOTが58、GPTが81、γ -GTPが88、ZTTが15・6、MCVが104と異常値を示すものであった。Y1は、検査結果が肝炎の慢性化を表すものであり、アルコール性肝炎の可能性を疑ったが、ウイルス性肝炎の可能性も否定できないと考え、亡Aに対し、肝炎ウイルスに感染している可能性があることを説明し、肝炎ウイルス検査の受検を勧めた。
しかし、亡Aは、Y1の勧めに従わず、受検しなかった。
亡Aは、その後も、Y2へ通院し、高血圧治療薬(ロプレソール、アダラート)の投薬を受けた。

(2)平成12年検査
平成12年12月8日、亡Aは再び血液検査を受け、GOTが197、GPTが128、LDHが528、ZTTが15・8、γ -GTPが609、A/Gが1・1、MCVが109であった。Y1は、γ -GTP値が異常に高く、MCV値も高い上、GOT値及びGPT値も非常に高かったことに加え、亡Aが常日頃からアルコールを摂取していたことから、アルコールによる慢性肝炎と診断し、亡Aに対し、アルコール性肝炎が命にかかわることもあると説明して禁酒を指示するとともに、強力ミノマイシンを投与し、さらに、高血圧治療薬に加え、肝機能改善薬(ウルソ)を処方した。
また、Y1は、このときも、亡Aに対し、C型肝炎ウイルス検査の受検を勧めたが、亡Aは受検しなかった。
亡Aは、その後も、Y2に通院し続けた(月1~2回程度)。

(3)C型肝炎感染の判明と死亡
平成17年6月14日、亡Aは、黄疸が出るようになり、たばこを吸うことができなくなったと訴えたことからC型肝炎ウイルス検査が実施され、C型肝炎ウイルスに感染していること及び肝臓癌がステージⅣA〜ⅣBへ進行していることが判明した。平成17年8月13日、亡Aは、抗がん剤の治療等の甲斐なく死亡した。


3 ①C型肝炎の診断・治療義務違反の有無


(1)平成8年検査について、「Y1は、検査を拒否する亡Aに対し、改めて、C型慢性肝炎を発症しているとすれば、その予後がどのようなものとなり、それを回避するためにどのような治療が必要であるかを説明し、C型肝炎ウイルス検査を受検するよう説得を試みる義務を負うというべきである」「Y1は、亡Aに対し、C型肝炎ウイルスに感染している可能性があることについて説明したものの、感染していた場合にC型慢性肝炎の予後が重大なものであるため、その治療が必要であると説明し、改めて、C型肝炎ウイルス検査を受検するよう説得を試みることはなかったから、説明・説得義務を尽くさなかった」と判示し、説明説得義務違反を認めた。
(2)また、平成12年検査についても、「肝機能障害が相当悪化していたことがうかがわれるのであるから、C型肝炎の合併を鑑別するため、C型肝炎ウイルス検査を実施する必要性は、平成8年検査の時点よりも一層高まっていた」として、説明説得義務違反を肯定した。

4 ②死亡との間の因果関係の有無と損害額


仮にY1において上記説明・説得義務が尽くされたとしても、亡Aが検査指示に応じなかったこと、禁酒指示にもかかわらず多飲を継続したこと等の受診態度からすれば、亡AがC型肝炎の検査や治療を受けずに、「本件と同じ経過をたどって死亡していた可能性が高く、亡Aが、その死亡の時点において、なお生存していた高度の蓋然性を認めることはできない」として、死亡との間の因果関係を否定した。
もっとも、「死亡の時点で生存していた可能性が相当程度にはあるということができる」とし、期待権侵害との因果関係は認め、慰謝料金額及び弁護士費用の合計約275万円を認めた。

判例に学ぶ

検査の受検勧奨に応じない患者に対して、医師はさらに検査に応じるよう説明・説得を行わなければ責任を問われることがあるのでしょうか。
本件で、Y1は、亡Aに対し、2度の血液検査の際にウイルス性肝炎に感染している可能性を告げ受検を勧めたのに亡Aがこれに従わず受検しなかったこと、また亡AはY1から禁酒を指示されてもこれを守らず多飲を継続し、ときに飲酒して通院することもあり、また保険証の依頼にも応じないなどの受診態度が芳しいものではなく、医師の指示に従わない傾向を示していたことからすると、Y1に酷な面もあるように思えますが、本判決はこれを認めました。
本判決がY1の責任を認めたポイントは、血液検査の結果からC型肝炎ウイルスへ感染している危険性があり、その場合には肝硬変・肝臓癌に進行して症状の重篤性が高く、検査の必要性が高かったこと、他方、亡Aが不十分な理解の下理由なく受検を拒否したにすぎないことが指摘できます。
類似事件として、東京高裁判決平成10年9月30日判タ1004号214頁があります。
この判例も、同じくC型肝炎患者について、肝硬変の疑いを抱いた医師が、肝生検等の精密検査を受けさせる必要があったにもかかわらず、入院を避けたいとの患者の意向が重視して、それ以上精密検査を実施せず、確定診断をせず適切な医療のための機会を失わせたとして慰謝料300万円が認められた事件です。ここでも、罹患の危険性の高さと症状の重篤性から検査の必要性が高かったにもかかわらず、受検拒否について患者に十分な理由がなかったことが指摘できます。
では、具体的にどのような説明・説得が必要とされるのでしょうか。
本判決は、C型慢性肝炎の予後と回避するための治療について説明する必要があるとしました。このような説明がなされれば、亡Aにおいても受検すべきか否か自ら判断できることになります。
診療は、医師と患者の共同作業であり、医師において適切な指示・診療を提供し、患者が適切な受診態度をとることで、その効果を確保し、高めることができるとされます(稲垣喬『医師責任訴訟の構造』(有斐閣、61頁、同旨)。
このような医師と患者の協力関係からすると、検査や診療の必要性が高いにもかかわらず、患者の理由のない検査拒否を安易に放置することは許されないものと思われます。他方、患者側の受診態度も問われるべき問題と言えるでしょう。本判決も、「このような説明・説得義務が尽くされても検査拒否の態度が変わらない場合には、それ以上に検査を実施する義務があると言えないのは当然である」と付け加えています。