Vol.134 診療行為における同意の範囲

~ 胸部大動脈瘤に対する人工血管置換術において、患者の同意を得ることなくプルスルー法を採用したのは医師の裁量の範囲を超えて許されないとした事例 ~

-鹿児島地判平成25・6・16判例時報2207号65頁-
協力:「医療問題弁護団」 竹花 元弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

本患者(昭和10年生)は、平成14年9月、急性大動脈解離を発症して、市内の病院に入院し、保存的治療を受けたが、同病院を退院する際に行ったCT検査の結果、下行大動脈瘤(以下「本件大動脈瘤」という)が発見された(同時に遠位弓部瘤も発見されたが、結論に影響を与えないので割愛する)。
本患者は、その後も同病院において経過観察を行っていたところ、本件大動脈瘤に拡大傾向が見られたため、手術適応についての判断を行うため、Y法人が運営する病院(以下「本件病院」という)を紹介された。
本患者は、平成18年(以下略)3月7日、本件病院の心臓血管内科を受診し、エコー検査等の結果を踏まえ、同科の医師から心臓血管外科を紹介され、同日、受診した。
本患者は、5月10日、本件病院の心臓血管外科に入院し、手術の実施予定日が5月15日に決定された(本件大動脈瘤の瘤径が約55㎜)。なお、カンファレンスにおいては、本患者への侵襲軽減目的でプルスルー法で行うことも検討されたが、本患者及び家族に対する説明では、プルスルー法を選択する可能性については説明しなかった。
本患者は、5月15日、本件病院において、本件大動脈癌等の治療目的で、全大動脈弓置換術及びプルスルー法による下行大動脈置換術(以下「本件手術」という)を受けたところ、胸髄五番以下の対麻揮が生じた。
そこで、本患者は、本件病院の医師は、①本患者に人工血管置換術自体の手術適応がないのに、本件手術を行った過失があった、②プルスルー法の手術適応がないのに、プルスルー法を選択した過失があった、などと主張し、Y法人に対して、不法行為ないし診療契約上の債務不履行に基づき、損害賠償を請求する本訴を提起した(本患者は、本件係属中に脳梗塞により死亡し、Xらが本件訴訟を承継した)。
これに対し、Y法人は、本患者に生じていた本件大動脈瘤は、その瘤径及び拡大速度の点で本件手術の適応があったし、術中の出血によりプルスルー法を選択したことも妥当であったなどと主張した。

関連情報 医療過誤判例集はDOCTOR‘S MAGAZINEで毎月連載中

判決

1 判断の概要


本判決は、①本患者に対し、本件手術の適応を認めたことについて、本件病院の医師に過失があったとは認められないとしたが、②プルスルー法特有の対麻痺発生に係る危険性、対麻揮の重篤性を考慮すると、患者の同意の有無を確認することなくプルスルー法を採用することは医師の裁量の範囲を超え、不適切であって許されないとして、医師に過失があったとして、Y法人の損害賠償責任を認め、Xらの本件請求を認容した。

2 人工血管置換術の手術適応について


(1)Xらの主張は、胸部下行大動脈瘤については、瘤径60㎜以上の場合に手術適応を肯定するのが医学的コンセンサスであり、瘤径がそれに満たない本件では、検査頻度を高めて慎重な経過観察を行い、60㎜に達したときに速やかに手術で対応すべきであったというものに対して、Y法人の主張は、本件大動脈瘤は手術時点での瘤径及び拡大速度の点から考えて手術適応があったというものである。
(2)裁判所は、本件手術当時、胸部大動脈瘤については、痛径の大きさが手術適応判断の一応の基準であり、対麻揮のリスクを考慮して、最大短径60㎜以上の大動脈瘤に対しては人工血管置換術(外科手術)を行うという見解が一般的であるとしつつ、最大短径55㎜から60㎜で痛みのない胸部大動脈癌については、人工血管置換術の適応を認めるか議論があるものの、相対的に有用性・有効性を支持する意見が多い状況であり、最大短径が60㎜以下でも、半年ないし1年で5㎜の痛径の拡大がある場合には、手術適応を認める見解が一般的であると認定した。
その上で、本件大動脈瘤の瘤径が約55㎜であり、1年で約5㎜の拡大が認められたことからすれば、本件大動脈瘤に人工血管置換術の手術適応を認めたことも、医師の裁量の範囲内というべきであり、過失とは認められない、と判示した。

3 プルスルー法を用いる手術適応について


(1)Xらの主張は、プルスルー法を用いて人工血管に置換した範囲の肋間動脈は再建できないところ、プルスルー法と本件手術当時の標準的な術式(アダムキービッツ動脈を分枝する肋間動脈を同定してそれを再建する)と根本的な術式の違いがあるから、患者の希望がない限り、プルスルー法による手術はできないというものに対して、Y法人の主張は、本件大動脈瘤に対して2回目の手術を行える保証がなかったことからしても、術中の出血によりプルスルー法を選択したことは、過失とはいえないというものである。
(2)裁判所は、まず、本件大動脈瘤の手術の必要性について、本件大動脈瘤がかつて解離を起こしたことや瘤の拡大速度を考慮しても、手術の必要性は議論のあり得るところであり、手術適応が異論なく認められる事例ではなかったとする。続けて、本件手術におけるプルスルー法の危険性について、本件病院の医師としては、本件大動脈瘤に対してプルスルー法を用いた場合には、第八肋間動脈が大動脈から遮断されるおそれがあり、また、第七肋間動脈は大動脈から完全に遮断され、そこからの側副血行路は確実に影響を受けて、対麻揮が発生する危険性が高まると考えるべきであった、と述べる。
さらに、裁判所は、プルスルー法を選択する際の必要条件について、プルスルー法特有の対麻痺発生に係る危険性、対麻痺の重篤性を考慮すると、本件において、肋間動脈を再建するという一般的な術式を採る考え方とプルスルー法という術式を採る考え方との間には、対麻痺の発生原因や治療戦略等について根本的な考え方の違いが存在し、この違いや、本件動脈瘤に対する手術の必要性、肋間動脈を再建しないという点ではプルスルー法と類似するステントグラフト治療については患者の希望を考慮すべきとされていることに照らすと、本件において、プルスルー法を採用するにあたっては、患者の同意の有無を確認する必要があり、患者の同意の有無を確認することなくプルスルー法を採用することは医師の裁量の範囲を超え、不適切であって許されない、と判示する。
そして、本件で、本患者にプルスルー法について説明をされておらず、その同意の有無が確認されたこともないから、本件病院の医師らがプルスルー法を採用することは不適切であり、それにもかかわらず本件大動脈瘤に対してプルスルー法を用いた本件病院の医師らには、その裁量の範囲を超えた過失が認められる、と述べる。

判例に学ぶ

医師の説明義務の中核にあるのは、患者の自己決定権(憲法13条)であるから、説明すべき具体的内容としては、患者の自己決定権を実質的に保障するに足る必要がある。具体的には、当該疾患の診断、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があればその内容と利害損失、予後などについて説明しなければならない。
医師と患者との間で診療契約が締結された場合、医師は、すべての診療行為ごとにその方法や範囲について、患者の承諾を求めることは現実的ではない。しかし、手術の必要性や緊急性も考慮されるものの、一般的には、重大な手術、相当な副作用を伴う薬剤投与、症状の進展に応じて通常の過程からはずれた別個の治療行為に移行する場合などには、予め得た包括的承諾の他に、さらに行為ごとに改めて承諾を得る必要がある、と考えられている。