Vol.138 プロトコル違反は契約違反であり違法

~ 治験の性質上プロトコルは厳格に解釈されるべき、プロトコル違反は契約違反として民事法上違法、と判示された例 ~

-東京地方裁判所・平成26年2月20日判決・判例秘書(循環器外科)-
協力:「医療問題弁護団」 梶浦 明裕弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 患者(当時40歳女性)は、重症心不全の状態にあったところ、被告学校法人の経営する被告病院において、「植込み型補助人工心臓エヴァハート」(以下「エヴァハート」)の安全性及び有効性を評価するための治験(以下「本件治験」)に参加、平成19年3月末にエヴァハートの植込み手術(以下「本件手術」)を受けた。しかし、患者は、術後約1年3ヶ月後に胃穿孔を起こし、その約1ヶ月後(平成20年10月)に脳出血を死因として死亡した。
 本件では、治験実施計画書(以下「プロトコル」)の記載内容の解釈と患者の体表面積(以下「BSA」)が問題となっているところ、その詳細は次のとおりである。
 まず、プロトコルの記載内容について、本件(エヴァハート)に関しては、治験依頼者である某社が、本件治験(平成18年6月開始、平成20年2月終了)の開始にあたり、「医療機の臨床試験の実施の基準に関する省令」(厚生労働省)第7条1項に基づきプロトコル(以下「本件プロトコル」)を作成している。そして、本件プロトコルによれば、「次のいずれか一つに該当すると判断された患者は本件治験に参加することはできない」として、除外基準の一つに「BSA<1・4㎡の患者」(以下「本件除外基準」)が挙げられている。なお、その計算にあたっては、「身長(㎝)および体重(㎏)を測定し、Dubois式にて計算する」等として計算式も明記されている。
 この本件除外基準が定められた趣旨は、エヴァハートを植込む胸腔・腹腔スペースが十分でない体格の小さな患者を除外し、エヴァハートによる周辺臓器等への圧迫によって合併症が生ずる危険を避けることにある、とされている。
 次に、患者のBSAの推移について、平成18年5月の入院時の患者本人の「申告」によれば、身長157㎝・体重50・0㎏でBSAは1・48㎡、平成18年8月(入院約3ヶ月後)から平成19年3月末(本件手術の当日)まで、連日実施された「測定」によれば、その間の体重は35・8〜43・25㎏の間を推移していたため、BSAは1・28㎡〜1・39㎡(有効数字3桁)となる。また、平成19年3月(本件手術の約20日前)に実施された心臓カテーテル検査報告書には、身長157㎝・体重43・1㎏・BSA1・39㎡である、との記載があり、本件手術の前日の「測定」によれば体重は42・7㎏であり、BSAは1・38㎡となる。

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判決

1 結論(プロトコル違反・違法)と裁判所の考え方

 本件における「過失」の判断部分では、後記のとおり、①プロトコル違反(本件除外基準該当性)があるか、及び②プロトコル違反は民事法上違法になるか、という2点が問題となったところ、裁判所はいずれも肯定した。
裁判所の判断の前提には、説示のとおり、「治験」や「プロトコル」の性格等に関する次の考え方があるといえる。具体的には、裁判所は、「治験」について、「未だ人体に対する安全性が確認されておらず、医療行為として認可を受けていない段階において、人体に対する侵襲を伴う行為を実施する性格を有するものである」性質等を重視し、「プロトコル」の解釈は厳格になされるべきであり、治験実者の裁量を認めるべきではない、と繰り返し判示している。以下、個別に紹介する。

2 プロトコル違反(本件除外基準該当性)があるか ①

 本件除外基準の記載によると、「患者の体格」については、「身長・体重の測定は、直近、または、入院時のデータで可とする」と要件が緩和されている一方、ベースライン検査は「本治験機器の植込み手術開始前24時間以内に実施するものとする」とされている。このため、被告病院は、BSAに基づく除外基準は極端に体格が小さい人を除外する趣旨である、「入院時」の値によれば除外基準に該当しない等として争ったが、裁判所は、次のとおり判示し、手術前日等の「測定」値に基づき、プロトコル違反(本件除外基準該当性)を認めた。
 すなわち、裁判所は、前記「治験」の性質からすれば、「プロトコルは、その治験の内容、方法を画するものとして、治験実施の正当性を基礎付ける意味合いを持つもの」であるか、「少なくとも人体に対する安全性に関わる事項については、データの正確性の担保のためにとどまらず、被験者保護の観点からも、医療行為の場合と比べてより慎重な対応が図られ、厳格な解釈がされるべきであり、安易に治験実施者の裁量を認めることは相当といえない」と説示した。
 その上で、裁判所は、「データで可とする」記載ぶり等からも、「『入院時』とは、人工心臓エヴァハート植込み手術を目的として入院した(または、本件のように入院が継続している場合には、その入院が人工心臓エヴァハート植込み手術を目的とすることになった)時点を想定したものであり、それ以前に何らかの目的で入院した時点を指すものではないと解するべきであり、ましてや、入院から手術の実施までに患者の体重に大きな変動が生じ得るほどの長期間を遡って入院時のデータを用いることは想定していない」と判示し、プロトコル違反(本件除外基準該当性)を認めた。

3 プロトコル違反は民事法上違法になるか ②

 被告病院は、実質的な理由(違反が0・02〜0・01㎡と軽度であり実質的な危険性がないこと等)を複数挙げ、プロトコル違反があっても直ちに治験の適法性に影響を及ぼさないとして争ったが、裁判所は、次のように判示し、プロトコル違反は端的に民事法上違法になると判示した。
 すなわち、裁判所は、前記「治験」や「プロトコル」の性格等に照らせば、「治験実施者に危険性、安全性の存否や程度の実質的判断を委ねるなどのことは想定し難いというほかない」等とし、「治験実施者の裁量で、危険性、安全性の存否や程度を判断し、治験を実施するなどということは、厳に慎むべきといわざるを得ない」と説示した。その上で、民事法上の違法性について、「プロトコルの内容は、現実には、被験者において治験に参加するか否かを判断するに際して、唯一の客観的な資料になるものと考えられ、被験者は、治験に参加するに当たって、当然にプロトコルの内容が遵守されることを前提にしているものと考えられる。したがって、両当事者の合意内容という意味合いにおいても、プロトコルの内容は、合意の一部を形成するものというべきであるから、その違反は、民事法上の違法性を有するものと認められるべきである」と結論付けた。

判例に学ぶ

 本判決は、「治験」の性質と「プロトコル」の重要性に鑑み、治験実施者における裁量の余地を限定し、プロトコルを厳格に解釈すべきとし、被告病院側の実質(解釈)論の主張を全て排斥しています。結論として、プロトコルの違反は(たとえ0・01㎡の小さな違反であっても)「契約違反」として「民事法上違法」となると判示したことに本判決の最大の意義があるといえるでしょう。すなわち、本判決は、プロトコルが被験者と治験実施者との契約(合意)であることを前提に、その合意内容には、治験実施者がプロトコルを遵守して治験を実施することが含まれるため、治験実施者がプロトコルを遵守しなかった(違反した)場合には、端的に契約違反となり法的責任を負うことを明確にしたものです。
 治験の性質(いわば人体実験)やプロトコルの重要性に鑑みれば、本判決は妥当なものであり、治験のプロトコルについては、その目的である被験者の保護および治験の科学的信頼性の確保に照らして厳格に遵守することが求められることは当然だといえるでしょう。