1 判断枠組み
原告らの、「亡Aにパクリタキセルによる過敏症が発生していたか、少なくともその可能性を排除することができないところ、パクリタキセルに対する過敏症の既往歴がある患者に対する投与は、添付文書において禁忌とされていたから、パクリタキセルの投与を回避すべき義務があった」との主張に対し、裁判所は、最高裁平成8年1月23日判決に従い、医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されることを示した。
2 添付文書の解釈について
添付文書上に明記はされていないものの、薬の製造販売元は、裁判所の調査嘱託に対し、「禁忌」欄の「過敏症」は、Ⅰ型〜Ⅳ型アレルギー及びその他の過敏症を包含しており、「重大な副作用」欄の「ショック、アナフィラキシー様症状」のみを意味するものではない旨を回答したが、裁判所は、添付文書の警告欄の記載内容等から、「過敏症状が発現してもそれが重篤ではない場合にはその再投与は禁止されていないにもかかわらず、禁忌欄の「過敏症」がⅠ型〜Ⅳ型のアレルギー及びその他の過敏症を広く包含する趣旨をいうものであったとすれば、禁忌欄と警告欄の記載は矛盾するものと言わざるを得ない」と指摘し、警告欄において再投与を禁じられている重篤な過敏症状が生じた患者への投与を禁止する趣旨で、禁忌欄にも「本剤に対し過敏症の既往歴のある患者」が挙げられていると理解することは添付文書の読み方として相応の根拠があるとした。
3 「医療水準」について
また、裁判所は、卵巣がん治療ガイドラインや、がん化学療法ハンドブックにも再投与を認容する記載があること等から、「パクリタキセルの投与により急性過敏反応が生じた場合でさえその再投与が許されるというのが、抗がん剤治療における一般的な理解であった上に、急性過敏反応が生ずる場合と過敏反応が遅延して生ずる場合とではアレルギー反応の機序が異なることからすれば、(略)ステロイド剤を併用することによりパクリタキセルを再投与することが可能であると理解したことはやむを得ないものであるということができる」とした。
4 結論
そして、裁判所は亡Aに生じた皮疹は、パクリタキセルの投与後1週間以上経過してから生じたものであり、皮膚科の医師も再投与が可能であるとの診断をしていたことや、湿疹は重篤な過敏症状といえるようなものではなかったこと、文献上も薬疹が遅延して生じた場合の回避について記載されていないこと等の事情も挙げて、「(略)第2クールの抗がん剤としてパクリタキセルを使用することとしたことは、当時の臨床医学の実践における医療水準に沿った合理的な理由に基づくものであるということができるのであって、添付文書の記載を基に、被告病院ないし被告Y1及び被告Y2の過失を推定することはでき」ないとして、原告らの請求をすべて棄却した。