Vol.135 添付文書の記載に反する医薬品の使用

~ 医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったことにつき、当該医薬品を投与した医師等に過失があると推定することができないとした事例 ~

-大阪地裁平成25年2月27日判決・判例タイムズ1393号206頁-
協力:「医療問題弁護団」 海野 仁志弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

原告らは、子宮体がんの患者である亡A( 63歳)の夫及び子であり、被告Y1ないしY3は、被告A会の開設する被告病院で亡Aの治療を担当した産婦人科の医師である。
平成22年1月27日、亡Aは被告病院に入院し、同29日に子宮全摘手術を受け、2月19日、被告病院を退院した。
3月13日、亡Aは、抗がん剤治療のため、被告病院に入院し、同16日、TC療法(パクリタキセルとカルボプラチンの併用療法。以下「TC療法」という)を受けたところ、一時的に全身の倦怠感等が出現したものの、これらは軽快した。
3月24日、亡Aは、前胸部、両腕に発疹が生じ、翌25日、発疹が四肢にかけて広がったため、皮膚科の診察を受けた。皮膚科の医師は、Y2に対し、診断結果及び処方の内容を報告するとともに、「(略)皮疹の再燃あるようでしたら抗アレルギー剤併用の上治療をつづけて頂ければ幸いです」と連絡をした。
Y1らは、亡Aに生じた皮診は、投与後8日も経過してから生じたものであること等から、少なくとも急性過敏反応ではないと考え、皮膚科の医師からも右記の連絡を受けたこと等から、第2クールもTC療法を継続することにした。
4月13日、亡Aは、2回目の抗がん剤治療のため被告病院に再入院し、翌14日、パクリタキセルの投与を受けた直後にショック症状を起こし死亡した。
タキソール(パクリタキセル)の添付文書の「警告」欄には、「重篤な過敏症状が発現した症例には、本剤を再投与しないこと」、また、禁忌の項を参照して適応患者の選択に十分注意することとの記載があり、「禁忌(次の患者には投与しないこと)」欄には、「本剤又はポリオキシエチレンヒマシ油含有製剤に対し過敏症の既往歴のある患者」と記載されている。
原告らは、1回目の抗がん剤投与についての副作用に関する説明義務違反、がんの再発率及び再発リスクに関する説明義務違反及び自己決定権の侵害並びに2回目の抗がん剤投与についての再投与回避義務違反及び説明義務違反並びに経過観察義務違反を主張した。以下では、右記のうち、再投与回避義務違反に関する点のみを取り上げる。

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判決

1 判断枠組み


原告らの、「亡Aにパクリタキセルによる過敏症が発生していたか、少なくともその可能性を排除することができないところ、パクリタキセルに対する過敏症の既往歴がある患者に対する投与は、添付文書において禁忌とされていたから、パクリタキセルの投与を回避すべき義務があった」との主張に対し、裁判所は、最高裁平成8年1月23日判決に従い、医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されることを示した。

2 添付文書の解釈について


添付文書上に明記はされていないものの、薬の製造販売元は、裁判所の調査嘱託に対し、「禁忌」欄の「過敏症」は、Ⅰ型〜Ⅳ型アレルギー及びその他の過敏症を包含しており、「重大な副作用」欄の「ショック、アナフィラキシー様症状」のみを意味するものではない旨を回答したが、裁判所は、添付文書の警告欄の記載内容等から、「過敏症状が発現してもそれが重篤ではない場合にはその再投与は禁止されていないにもかかわらず、禁忌欄の「過敏症」がⅠ型〜Ⅳ型のアレルギー及びその他の過敏症を広く包含する趣旨をいうものであったとすれば、禁忌欄と警告欄の記載は矛盾するものと言わざるを得ない」と指摘し、警告欄において再投与を禁じられている重篤な過敏症状が生じた患者への投与を禁止する趣旨で、禁忌欄にも「本剤に対し過敏症の既往歴のある患者」が挙げられていると理解することは添付文書の読み方として相応の根拠があるとした。

3 「医療水準」について


また、裁判所は、卵巣がん治療ガイドラインや、がん化学療法ハンドブックにも再投与を認容する記載があること等から、「パクリタキセルの投与により急性過敏反応が生じた場合でさえその再投与が許されるというのが、抗がん剤治療における一般的な理解であった上に、急性過敏反応が生ずる場合と過敏反応が遅延して生ずる場合とではアレルギー反応の機序が異なることからすれば、(略)ステロイド剤を併用することによりパクリタキセルを再投与することが可能であると理解したことはやむを得ないものであるということができる」とした。

4 結論


そして、裁判所は亡Aに生じた皮疹は、パクリタキセルの投与後1週間以上経過してから生じたものであり、皮膚科の医師も再投与が可能であるとの診断をしていたことや、湿疹は重篤な過敏症状といえるようなものではなかったこと、文献上も薬疹が遅延して生じた場合の回避について記載されていないこと等の事情も挙げて、「(略)第2クールの抗がん剤としてパクリタキセルを使用することとしたことは、当時の臨床医学の実践における医療水準に沿った合理的な理由に基づくものであるということができるのであって、添付文書の記載を基に、被告病院ないし被告Y1及び被告Y2の過失を推定することはでき」ないとして、原告らの請求をすべて棄却した。

判例に学ぶ

最高裁の判例上、医師の注意義務の基準(規範)となるべきものは、一般的には診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準とされています。この「医療水準」は、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行っていても、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちに言うことはできません。
医薬品の添付文書の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)について最も高度な情報を有している製造業者等が、投与を受ける患者の安全を確保するために、必要な情報を提供する目的で記載するものなので、医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、従わなかったことに特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されます(平成8年1月23日最高裁第三小法廷、民集50巻1号1頁参照)。つまり、医師の側で合理的理由を説明できなければ、過失が認められます。
本件は、添付文書に禁忌として「本剤に対し過敏症の既往症のある患者」が明記されており、製造販売会社の見解では軽微な過敏症状でも禁忌となることから、前記最高裁判例の枠組みからすれば、医師の過失が推定され得るものでしたが、裁判所は、Y1らの過失を否定しました。亡Aに発生した過敏症状はパクリタキセルによるものか不明確なうえ、重篤なものではなく、注意書きも不明確で明らかに反するとは断定し難いことや、Y1らが、学会のガイドライン( ≒医療水準)に沿った標準的な診療行為を行っていたこと等から、たとえ亡Aに薬疹が生じていても、Y1らが本件の事案については再投与が可能だと判断したことには合理的な理由があると裁判所に認められたものです。
医療行為を行う者は、医薬品の添付文書の注意事項に反する行為を行って事故が発生した場合には過失が推定されることを認識し、添付文書をしっかり読むべきです。また、仮に添付文書の表記に不明確・不合理と思われる点があれば、製造業者等に対して確認をすべきですし、慣習的に行われている行為であっても、注意書きに反する行為については、個別のケースにおいて、その必要性について具体的な医学的根拠を説明できるかを点検する必要があります。