Vol.136 入院患者に対する身体拘束の可否に関する一素材

~ 看護師がミトンを用いて外科の入院患者の両上肢をベッドに拘束した行為について義務違反がないとされた事例 ~

-最高裁平成22年1月26日判決・民集64巻1号219頁、判タ1317号109頁-
協力:「医療問題弁護団」 河村 洋弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者A(当時80歳女性)は、平成15年10月7日、変形性脊椎症、腎不全等と診断され、B病院外科に入院した。
10月22日から11月5日にかけ、せん妄の症状が見られ、11月4日には、何度もナースコールを繰り返し、車いすを押して歩いて転倒したこともあった。
11月15日夜から16日朝にかけて、Aの入院していた病棟( 41床)には3名の当直看護師がおり、27名の入院患者がいた。
Aは、11月15日午後9時の消灯前にリーゼを服用したが、消灯後も頻繁にナースコールを繰り返し、オムツの交換を要求した。Aは、同日午後10時過ぎ以降、何度も車いすを足でこぐようにして詰所を訪れ、大声でオムツの汚れを訴えた。看護師らはその都度Aを病室へ連れ戻し、汚れていなくてもオムツを交換するなどした。
Aは、翌16日午前1時頃にも詰所を訪れ、車いすから立ち上がろうとし、大声を出したため、看護師らはAをベッドごと詰所に近い個室に移動させた。Aはそこでもオムツの交換などを訴え、看護師らはお茶を飲ませるなどしてAを落ち着かせようとしたが、Aはベッドから起き上がろうとする動作を繰り返した。そこで、看護師らはミトンを使用しAの両上肢をベッドの柵にくくりつけた(本件抑制行為)。
Aは片方のミトンのひもを口で外したが、やがて眠り始めた。看護師らは、同日午前3時頃、もう片方のミトンを外し、明け方にはAを元の病室に戻した。Aには右手首皮下出血及び下唇擦過傷が見られた。
なお、Aは、同年7月16日、他病院に入院中、入眠剤を投与された状態で歩行していたところ、院内で転倒し、恥骨を骨折したことがあった。
Aは、B病院を運営するYに対し、本件抑制行為は診療契約に違反し、また不法行為にも該当する、として慰謝料等600万円の支払を求めた。第一審はAの請求を棄却したが、控訴審は診療契約上の義務違反等を認め、慰謝料等70万円の支払を命じた(『ドクターズマガジン』2009年12月号に掲載)。

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判決

 最高裁判決は、控訴審判決を破棄し、「事件内容」記載の事実関係の下では、B病院側に診療契約上の義務違反はなく、不法行為法上の違法もないとした。

1 事実の摘示とその評価


①Aは、せん妄状態で、深夜頻繁にナースコールを繰り返し、車いすで詰所に行っては看護師にオムツの交換を繰り返し求め、病室でも詰所でも大声を出し、ベッドごと個室に移された後もベッドに起き上がろうとする行動を繰り返していた。しかも、Aは当時80歳で、4ヶ月前に他病院で転倒して恥骨を骨折し、B病院でも10日ほど前に車いすを押して歩いて転倒したことがあった。これらの事実からすれば、本件抑制行為当時、Aが転倒、転落による骨折等の重大な傷害を負う危険性は極めて高かった。
②看護師らは、約4時間にわたって、Aの求めに応じてオムツを交換するなどしたが、Aの興奮状態は一向に収まらなかったのだから、看護師らがその後さらに付き添ってもAの状態が好転したとは考えがたい。当直看護師3名で27名の入院患者に対応していたのであるから、看護師1名がAに付きっきりで対応することは困難であった。Aは腎不全で、薬効の強い向精神薬を服用させることは危険であると判断された。これらのことからすれば、本件抑制行為当時、他にAの転倒、転落の危険を防止する適切な代替方法はなかった。
③本件抑制行為の態様は、ミトンで両上肢をベッドに固定するものであるところ、拘束時間は約2時間であった。このことからすると、本件抑制行為は、当時のAの状態等に照らし、転倒、転落を防止するため必要最小限度のものであった。

2 法的責任の有無


入院患者の身体を抑制することは、その患者の受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ、許容される。前記①から③までの事情に照らせば、本件抑制行為は、Aの療養看護にあたっていた看護師らが、転倒、転落によりAが重な傷害を負う危険を避けるため緊急やむを得ず行った行為であって、診療契約上の義務に違反するものではなく、不法行為法上違法であるともいえない。Aの右手首皮下出血等が、Aがミトンを外そうとした際に生じたものであったとしても、この判断に影響しない。また、本件事実関係の下では、看護師らが事前に当直医の判断を経なかったことをもって違法とすることもできない。

判例に学ぶ

(1)この判決は、どのような場合に入院患者に対する身体拘束が許されるのか、その一般的な基準は示しませんでした。
しかし、本事案のさまざまな事実を、①「重大な傷害を負う危険性は極めて高かった」、②「他にAの転倒、転落の危険を防止する適切な代替方法はなかった」、③「当時のAの状態等に照らし、転倒、転落を防止するため必要最小限度のものであった」という3つの視点に収斂させ、整理・検討していることから、危険発生の切迫性、手段の非代替性、手段の一時性に関する事実を、入院患者への身体拘束の許否を判断する際の重要な考慮要素と位置づけている、と考えられます。
(2)では、今後この判決をどのように参考にすればよいのでしょうか。
くどいようですが、この最高裁判決は一般的基準を示していませんので、あらゆる場面において、①から③までの要素すべてが原則として要求されるのかについては不明です。しかし、今後、身体拘束の許否を判断する際に、一般病院における看護の場面においても、①から③までに関する事実が重要なファクターになることは間違いないので、これについて解説します。
①「重大な傷害を負う危険性は極めて高かった」とする点については、危険性の内容が「重大」なものであること、そして危険発生の可能性も「極めて高かった」としている点に注目してください。つまり、危険性の内容が重大とはいえない場合(例えば大声を上げるので迷惑など)や、危険発生の可能性が高い」が、「極めて高い」とまではいえない場合には、判断が変わる可能性があります。
②「他にAの転倒、転落の危険を防止する適切な代替方法はなかった」とする点については、危険発生を防止する手段として身体拘束と同程度に有効な手段(例えば向精神薬の投与など)が存在する場合には、判断が変わる可能性があります。
③「当時のAの状態等に照らし、転倒、転落を防止するため必要最小限度のものであった」とする点については、危険防止のため「必要最小限度」の手段であったとする点に注目してください。本件では、ミトンによる拘束で、拘束時間は約2時間でした。
(3)このように本判決は、本件抑制行為について法的責任は生じないことを論証するために、先に説明した非常に高いハードルである切迫性、非代替性、一時性が認められることを摘示しました。
一般的基準は示されていませんが、少なくとも、この最高裁判決は、患者の同意なく行われる身体拘束について、現場の専門家の裁量を広く認めるという態度はとっておらず、かなり慎重に判断していることをご理解ください。