最高裁判決は、控訴審判決を破棄し、「事件内容」記載の事実関係の下では、B病院側に診療契約上の義務違反はなく、不法行為法上の違法もないとした。
1 事実の摘示とその評価
①Aは、せん妄状態で、深夜頻繁にナースコールを繰り返し、車いすで詰所に行っては看護師にオムツの交換を繰り返し求め、病室でも詰所でも大声を出し、ベッドごと個室に移された後もベッドに起き上がろうとする行動を繰り返していた。しかも、Aは当時80歳で、4ヶ月前に他病院で転倒して恥骨を骨折し、B病院でも10日ほど前に車いすを押して歩いて転倒したことがあった。これらの事実からすれば、本件抑制行為当時、Aが転倒、転落による骨折等の重大な傷害を負う危険性は極めて高かった。
②看護師らは、約4時間にわたって、Aの求めに応じてオムツを交換するなどしたが、Aの興奮状態は一向に収まらなかったのだから、看護師らがその後さらに付き添ってもAの状態が好転したとは考えがたい。当直看護師3名で27名の入院患者に対応していたのであるから、看護師1名がAに付きっきりで対応することは困難であった。Aは腎不全で、薬効の強い向精神薬を服用させることは危険であると判断された。これらのことからすれば、本件抑制行為当時、他にAの転倒、転落の危険を防止する適切な代替方法はなかった。
③本件抑制行為の態様は、ミトンで両上肢をベッドに固定するものであるところ、拘束時間は約2時間であった。このことからすると、本件抑制行為は、当時のAの状態等に照らし、転倒、転落を防止するため必要最小限度のものであった。
2 法的責任の有無
入院患者の身体を抑制することは、その患者の受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ、許容される。前記①から③までの事情に照らせば、本件抑制行為は、Aの療養看護にあたっていた看護師らが、転倒、転落によりAが重な傷害を負う危険を避けるため緊急やむを得ず行った行為であって、診療契約上の義務に違反するものではなく、不法行為法上違法であるともいえない。Aの右手首皮下出血等が、Aがミトンを外そうとした際に生じたものであったとしても、この判断に影響しない。また、本件事実関係の下では、看護師らが事前に当直医の判断を経なかったことをもって違法とすることもできない。