Vol.139 各種ガイドラインから見た診療当時における医療水準

~ 内視鏡的逆行性胆管膵管造影検査等を受けた患者がその後に急性膵炎に罹患して死亡した場合に、担当医師に適切な輸液により循環血漿量を維持すべき義務の違反、高次医療施設に転送すべき義務の違反が認められなかった事例 ~

-大阪地裁・平成25年4月26日判決(判例タイムズ1395号、228-245頁)-
協力:「医療問題弁護団」 渡邊 隼人弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 Aは、2008年7月1日(以下、年度は全て2008年)、胸の痛みを訴えてY病院を受診したところ、総胆管結石及び胆嚢結石症の疑いがあると診断され、7月15日13時10分からERCP及びEST(以下、併せて「本件手術」)を受けた。同日15時40分頃、Aは胸部全体の痛みを訴え、同日17時頃の血液検査の結果、B医師はAにつき急性膵炎を発症した可能性があると考えた。その後、Aは、蛋白分解酵素阻害剤や輸液の投与等を受けたが、7月16日の腹部造影CT検査の結果、ERCP後急性膵炎と診断され、以後も蛋白分解酵素阻害剤や輸液の投与等を受けた。
 7月17日16時の血液検査の結果等により症状の増悪を認めたことから、Aをより高度な診療が可能な施設に転院させることとし、同日19時01分にC病院に搬送された。7月21日には膵臓の一部に壊死が認められ、8月2日に膵亜全摘手術を受け、8月30日、敗血症性ショックにより死亡した。
 Aの遺族であるXらは、Y病院の担当医師に「『エビデンスに基づいた急性膵炎の診療ガイドライン【第2版】』(以下「ガイドライン第2版」)及び『急性膵炎における初期診療のコンセンサス【初版】』(以下「初期診療コンセンサス初版」)に従った処置等をすべき義務に違反した」として、損害賠償請求訴訟を提起した。

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判決

1 適切な輸液により循環血漿量を維持すべき義務違反の有無

 裁判所は、①血中膵酵素の上昇のみでは急性膵炎が発症したのか、単なる膵酵素の逸脱による上昇であるかの判定はできないのであり、ERCP後急性膵炎の診断に関しては、急性膵炎一般にかかる「厚労省診断基準」や「ガイドライン第2版」の記載がそのまま当てはまるわけではないこと、②急性膵炎に関する「厚労省診断基準」や「ガイドライン第2版」の存在及び内容は広く認識されていたが、「初期診療コンセンサス初版」については、その存在自体が広く認識されていたとは必ずしもいうことができず、ERCP後膵炎の診断基準及び治療指針としては、Cottonらの診断基準や「ERCP偶発症防止指針」が広く用いられていたものの、臨床実務ではERCP後膵炎についての統一された診断基準や治療指針は未だ確立していなかった(現在も確立していない)こと、③Cottonの診断基準や「ERCP偶発症防止指針」はいずれも、ERCP後膵炎の確定診断の時期について、「ERCPの終了後24時間が経過した後に行う」としており、それまでは、ERCP後に血中膵酵素の上昇や腹痛が見られた場合でも、急性膵炎が疑われるに留まること、④ERCP偶発症防止指針は、ERCP後の急性膵炎について、水分補給の基準についても尿量のみに限定しておらず、「ガイドライン第2版」は、急性膵炎の輸液の基準として尿量を指標としていないこと、⑤通常の輸液量程度の投与で症状が改善することも多く、必ずしも「ガイドライン第2版」の輸液についての記載内容が全ての急性膵炎の治療において厳密に遵守されなければならないものではないこと、を認定した。
 その上で、Y病院の担当医師は、Aの腹痛の訴え、バイタルサイン、血液検査や腹部造影CT検査の結果等を見ながら投与する薬剤や輸液の量を調整していたこと、Aのバイタルサインが安定しており血液検査や血液ガス分析の結果も循環動態の悪化をうかがわせるものではないことやその症状に必ずしも重篤感がなかったこと、Aには中等度の腎機能の低下が見られた上、腹部造影CT検査の際に造影剤を投与しており、これによる腎機能の低下も考えられる、などといった尿量を脱水の状態を評価するための指標として用いることが適切ではなかった事情が認められることなどを併せ考えれば、Aの尿量を考慮しても、Y病院の担当医師らに適切な輸液により循環血漿量を維持すべき義務の違反があったということはできない、と判示した。

2 高次医療施設に搬送すべき義務違反の有無

 裁判所は、「ガイドライン第2版」「同第3版」のいずれにも原告の主張に沿う趣旨の記載はないことに加え、本件手術当時、ERCPの施術に携わる医師らにおいて、「初期診療コンセンサス初版」は広く認識されていないこと等から、7月17日の10時13分の血液検査の結果が判明した時点で高次医療施設に搬送すべき義務違反があったとはいえない、と判示した。

判例に学ぶ

 日本国内でガイドラインが策定されるようになったのは1999年頃とされており、その目的は、各医師の裁量で多様な医療行為をしている状況から、EBM(EvidenceBasedMedicine)の手法により、科学的根拠に基づいた診療を推奨・普及することにあった。
 医療事故における医師の過失の判断基準は、判例上、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」であるとされているが(最判昭57・3・30判時1039号66頁)、ガイドラインは専門家が議論し有効性と安全性を検討した上でまとめられるものであるため、裁判上、策定当時の標準的治療法を示すものとして、医療水準を認定するための資料としては最も利用しやすいものと考えられている(秋吉仁美編『リーガルプログレッシブ医療訴訟』青林書院、213頁)。しかし、ガイドラインに従わなかったことから直ちに過失、すなわち医療水準に達していない医療行為であると判断されるわけではない。ガイドラインも医療水準を認定する際の一資料に過ぎず、その成立過程、作成者、普及の程度等に応じて、性質は異なるからである。また、ガイドラインは多くの患者に当てはまるであろう標準的治療が記載されているものであるため、具体的な個々の患者の治療に当たっては当然にその患者の特性を考慮すべきことになるからである。
 本判決も、この点を確認したものといえる。すなわち、裁判所は、「ガイドライン第2版」については普及の程度も考慮して医療水準を認定する際の一資料としつつも、本件における輸液義務の検討においては必ずしも全ての患者に「ガイドライン第2版」の記載が当てはまるわけではない等とし、「ガイドライン第2版」の記載は本件には妥当しないことを示している。他方、搬送義務の検討においては、「ガイドライン第2版」「同第3版」に記載がないことから、Xらが主張するような搬送義務はないとし、Xら主張の搬送義務が医療水準でないことの根拠を「ガイドライン第2版」の記載に求めている。また、「初期診療コンセンサス初版」については、そもそも普及していないことを理由に、その記載内容が医療水準であるとはいえない、と判示している。
 もっとも、「ガイドライン違反=過失」ではないからといって、ガイドラインに違反しても医師の裁量の範囲内として許されるというわけではないことは当然である。ガイドラインに従わない場合には、従わないことに医学的合理性がなければならず、医学的合理性なくガイドラインに従わないことを許すものではない。本裁判例も、ガイドラインの記載が医療水準となっているのかどうかを検討した結果として、「本件ではガイドラインの記載に反するとしても過失とならない」と判示しているにすぎないことに留意すべきである。