Vol.140 美容形成外科における術前説明義務

~ 患者に対する術前説明を行うべき時期に関する事例~

-東京地裁 平成25年2月7日(判例タイムズ1392号210頁)-
協力:「医療問題弁護団」 安藤 俊平弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 本件は、Yの開設する、東京都にある美容外科医院Aにおいて、豊胸目的で挿入していたインプラントの抜去手術及び大腿部から吸引した脂肪の注入手術(以下、「本件手術」)を受けたX(手術当時29歳)が、Yにおいて術前の説明義務違反等があったとして、損害賠償請求をした事案である。
 Xは、整形目的でのインプラント挿入手術を受けていたが、数年後、インプラント挿入の事実が家族らに明らかになってしまうことを心配し、本件手術を受けることを考え、Aに電話をかけた。電話に対応した従業員は、Xに対し、本件手術によってインプラント抜去前とほぼ同様の豊胸効果が得られることが確実であるかのような説明を行い、Xは本件手術の予約をした。
 手術当日、Xは、看護師およびYから、注入した脂肪の生着率には個人差があることや、予定している手術ではXが望む結果が得られないこと等の説明を受けたため、再度カウンセリングを受け、場合によってはキャンセルしたい旨を伝えたが、当日キャンセルはキャンセル料が100%かかると説明され、結局、本件手術に同意し、これを受けた。

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判決

1 説明すべき内容について

 医師は、手術をするにあたっては、患者が、当該手術を受けるか否かの意思決定を十分な情報に基づきできるように、実施予定の手術の「内容」「期待される効果」「手術に付随する危険性」「他に選択可能な治療法」などについて説明すべき義務があると解され、本件でXがYの説明義務として指摘する点(注入した脂肪の生着率、採取できる脂肪量、本件手術による豊胸効果、脂肪吸引部の醜状痕、注入脂肪の腫瘤化や石灰化)は、いずれもこれらの説明義務の内容を構成するものである。この中でも、美容目的での豊胸手術を受けようとする患者にとって、「実施予定の手術によって期待される効果及びその確実性の程度」は、当該手術を受けるか否かの意思決定をする際に、重要な情報だというべきである。

2 電話予約の際になされた説明が不適切であること

 脂肪注入術によって得られる豊胸効果は、吸引できる脂肪の量、注入した脂肪の生着率等によって個人差があり(中略)、本件手術の効果を確実なものと説明することはできないにもかかわらず、Aの従業員の電話での説明内容は、本件手術によってほぼ確実な豊胸効果を得られるかのような誤った認識をXに与える、不適切なものである。  上記従業員の行為は、Yが開設するAの営業行為の一環として行われていることから、Yの説明義務違反と評価できる。

3 手術当日に適切な説明がなされたとしても、当日キャンセル料が100%かかるとされている本件では、説明義務が履行されたとはいえない

 Aでは、(中略)手術予定日当日のキャンセルの場合は、キャンセル料が100%生じるというシステムを採っている。このようなキャンセル料が規定されている場合、手術実施当日に、実施予定の手術の内容、効果、付随する危険性等について必要な説明を行ったとしても、その規定を知らされた患者は、当該手術を受けないという選択をしても、当該手術を受けた場合と同額かつ相当高額なキャンセル料を支払わなければならないと考えるのが通常であり、手術当日に説明を受けた時点では、患者はもはや当該手術を受けるか否手術かという意思決定を適切に行えないか、これが著しく制約されることになる。(中略)Aのキャンセル料規定の有効性は措くとしても、少なくとも、このようなシステムを採用しているAで手術を受けようとする患者が、手術を受けるか否かという意思決定を適切に行うためには、キャンセル料が発生するより も相当期間前に、必要とされる術前説明が尽くされていなければならないというべきであって、手術実施当日になって、実施予定の手術について適切な説明が行われたとしても、説明義務の履行としては、不十分なものと言わざるをえない。  よって、本件手術当日の説明内容が、仮に適切なものであるとしても、Yの説明義務違反に基づく不法行為責任は免れない。

判例に学ぶ

1 医療行為の正当化要件としての説明義務

 患者に対する医的侵襲行為は、医学的な根拠と患者の同意によって正当化されます。 しかし、患者は医療行為や疾患についての専門的知識を持ち合わせていないのが通常です。そこで、患者の同意を有効たらしめるため、医師による説明が必要となります。
 今日、医師が患者との診療契約に基づいて説明義務を負っていること自体は、全ての医師が理解しているでしょう。しかし、患者に説明すべき内容や時期については、医療行為の必要性や緊急性、生命・身体に与える影響、その他医師が把握している患者の希望等によって異なります。

2 整容医療領域における説明義務

一般に、美容形成等のいわゆる整容医療領域においては、医師の説明義務が厳格に解される傾向にあります。これは、整容医療が疾患に対する治療としての医療行為と比較して、必要性・緊急性が低く、患者の主観的満足のために行われる要素が強いためです。また、近年では、整容医療の広告や勧誘行為によって、患者が結果に対する過度な期待や誤った認識をもって施術を希望することがあります。このような誤った認識を、それを生じさせた医療機関側が是正するのは当然だといえるでしょう。
 このような特殊性により、整容医療領域においては、患者に対して実施予定の施術の内容、その効果、生じうる合併症について、より具体的に説明するなどして正確な情報を提供し、患者の真意に基づく自己決定の機会を保障する必要があります。

3 本判決からの学び

 本判決の特徴は、施術前に適切な説明をしたとしても説明義務違反となる場合があることを示した点にあります。
 本件のAでは、手術のキャンセル料規定があり、手術直前のキャンセルの場合には100%のキャンセル料を患者が負担することとされていました。患者が医師等から適切な説明を受け、手術の内容や効果等が期待していたものと異なることを認識し、施術を中止しようと考えたとしても、すでに多額のキャンセル料が発生している状況では、患者は進退窮する状態となり、自由な自己決定をできないか、あるいは手術を行うか否かに関する選択を著しく制約されることとなります。
 このような場合において、医師の説明義務違反を認めた本判決は妥当といえるでしょう。もっとも、患者に対して説明すべき内容や時期が、具体的な状況を勘案して決せられることは整容医療領域に限りません。冒頭に述べたように、患者への説明は医療行為の正当化の前提として行われるべきであり、患者の身体の状況や希望を踏まえ、医師から積極的になされるべきものです。医師と患者の有機的なコミュニケーションによって、充実した説明と患者の同意が結びついて、良質な医療が実現できるのではないでしょうか。