Vol.142 過剰投与、身体管理義務をどう考えるか

~ 統合失調症患者に対する抗精神病薬の投与に関する注意義務違反が問題とされた事案~

-東京地裁・平成24年12月27日判決・判例タイムズ1390号289-
協力:「医療問題弁護団」 佐藤 光子 弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

A(当時38歳)は、1996年からY病院の精神神経科を受診し、2005年からは外来治療を受けていたが、2007年4月頃より自宅に引きこもりがちになり、同年6月にY病院に入院した。AはY病院において担当医であるX医師のもと投薬治療を受けていたが、多量かつ多剤投与がなされていた。同月28日午前、内科での発熱原因検索の為に前日から中止していた抗精神病薬の点滴投与を再開したところ、夜10時30分に心肺停止状態で発見され、救命措置を施されたが、意識を回復することなく、遷延性意識障害となり、2008年3月に死亡した。
Aの両親は「X医師には抗精神病薬の過剰な投与や薬剤の投与に応じた身体管理義務を尽くさなかった注意義務違反がある」などとして、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めた。判決では、Aに対する抗精神病薬の投与量、投与方法につき注意義務違反はないとされたが、多剤併用により危険は増しており、定期的な心電図の検査等をする義務があるとし、経過観察の方法については注意義務違反を認めた(但し因果関係は否定)。

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事実経過

Aは、1996年7月からY病院の精神神経科を受診し、2005年頃からは筋肉注射や投薬の外来治療を受けていた。
2007年6月19日にAの父親がY病院に来院し、Aの症状につき、「2ヶ月前から自宅に引きこもりがちであり、興奮状態になったり、被害妄想を訴えたりしている」ことを医師Xに相談した。Aは父親に付き添われ、同日Y病院に来院した。Aには、興奮、あせりに似た行為心迫、妄想状態が見られ、内服薬を服用しているかが不確かであったことから、XはAを任意入院させた。同日夕方から薬剤の投与が開始され、夜間には「マイスリー」「シプレキサザイディス」などの不眠時頓服薬が投与された。だが興奮状態は治まらず、翌朝まで入眠することがなかった。

■20日:「トロペロン」「セレネース」の点滴投与を開始。妄想的言動、興奮状態は収まらず、同日午後6時頃にはめまいと吐き気を訴え、点滴を拒否するといった行為が見られた。午前2時頃には看護婦詰所のドアを破壊するなど行動がエスカレート、午前3時頃抑制が開始され、「レボトミン」の筋肉注射及び「セレネース」の点滴投与を開始。

■21日:午前中は比較的穏やかだったが、夜間に眠っている間に無呼吸が時々見られ、呼吸が詰まる感じがあった。

■22日:比較的穏やかであったが、入眠中に咳からみが見られ、体温が38.8℃に上昇するなど内科的な疾患が疑われる状況となったことから、抗生物質の投与が開始された。

■23日・24日: 24日夕方までは不穏や興奮が見られず、体温も36℃台まで下降するなど比較的穏やかな状態。24日午後6時の夕食中に不穏となったが、その後穏やかに。

■26日:午前3時から午前6時にかけて体動が非常に激しく、午後1時過ぎからは暴力的言動が時折見られ、午後7時頃に原告らが面会に訪れた際は興奮気味に話し、呂律の回りが悪い状態であった。また、同日より体温も再び38℃台に上昇し、痰もカテーテル2本分吸引された。

■27日:クーリングや発熱時投薬にもかかわらず、Aの体温は38℃台から下がらず、血液検査の結果、CRPが20.7と上昇していることから、内科を受診させることとし、昼から抗精神病薬の点滴投与を中止した。内科で検査したが、発熱の原因はわからなかった。

■28日:午前中、発熱原因検索のために前日から中止していた抗精神病薬の点滴投与を再開した。同日日中は一時的な興奮状態も見られたが、午後4時頃には入眠傾向であった。会話する際は呂律が回っていない状態であった。午後6時30分、Aの母が面会した際は、口調が荒く、体動が激しい状態であったことから抑制が開始された。午後10時30分、看護師が、Aが呼吸をしておらず、刺激にも反応しないのを発見し、ただちに緊急事態が発生したことを全病院内に知らせた。午後10時39分頃、麻酔科医師が到着し、酸素投与、ボスミン静注を指示、心臓マッサージが開始され気管挿管が行われた。午後11時45分には、自発呼吸が再開したが、Aは意識を回復することなく、遷延性意識障害となり、2008年3月18日に死亡した。


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判決

1 心肺停止の原因
判決は、心肺停止は、抗精神病薬が直接・間接の原因となった蓋然性が高いとし、投与された抗精神病薬の作用によって生じたものと認める事が出来るとした。
2 抗精神病薬の投与量・投与方法
原告らは、抗精神病薬が併用され、投与量も過剰投与であり、医療水準に反すると主張した。判決では、抗精神病薬の投与を減量、中止するかは患者の症状に対応したものとして医師の裁量によるとし、本件では、当時の患者の症状が統合失調症の急性期興奮状態にあったと認定したうえで、医師の裁量の範囲内であるとし、医療水準に反するものではないとした。
3 投薬後の経過観察
判決は、急速な鎮静を目的として、多量の抗精神病薬を投与することが医師の裁量の範囲とされたとしても、そのような投与は重篤な副作用が生じる危険性があり、多剤併用によりその危険はより増すことから、副作用を監視し、重篤な副作用が生じた場合は直ちに対処しうるように、定期的なSpO2検査や心電図検査といった実施可能な検査を行うべき義務があったとし、Xはこの義務に違反したとした。

判例に学ぶ

本件では、3人の鑑定人によるカンファレンス方式による鑑定が行われました。さらに原告からは1名、被告からは3名の医師の意見書が提出されました。本件の抗精神病薬の投与量・投与方法については、鑑定人からも「明らかに大量投与で標準的な量から逸脱している」と指摘され、複数の薬剤が効果判定の間をおかず短期間で変更され、多剤併用投与がなされていることに疑問が呈されています。
本件では、急性期患者の症状との関係で、かろうじて医師の裁量の範囲内とされていますが、当時の水準からいっても限界事例と言えるのではないかと思われ、現在ではより厳しく審査されると思われます。また、裁量の範囲として許される場合であっても、副作用が予想され、患者への危険が高まる場合は、副作用を監視し、重篤な副作用が生じた場合は直ちに対処する高度の義務が医師に課せられることになります。
本件のように、重篤な副作用が予想される場合には、心電図測定、SpO2測定を24時間行うべきで、患者の興奮状態によりモニターを外されてしまう可能性があっても身体拘束の方法を工夫する、モニターを再度つけるといったことを行うべきである、という鑑定人意見もあります。高度の経過観察義務が果たせない体制のもとでは、そもそも、このような危険な投与はすべきではなく、薬剤、投与方法の選択の工夫、減量や投与中止等をすべきだといえるでしょう。