Vol.143 出生から遡る約48分間における遅発一過性徐脈の評価

―重症新生児仮死の状態で出生した児に脳性麻痺等の後遺症が残ったことにつき、分娩監視に係る注意義務違反が認められた事例―

-名古屋地裁平成26年9月5日(控訴中)医療判例解説Vol,52 Oct.2014-
協力:「医療問題弁護団」 松田 ひとみ弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

本件は、重症新生児仮死の状態で出生した児に脳性麻痺等の後遺症が残ったことにつき、児及びその両親が病院に対し、損害賠償を求めた事案である。
争点は、
①陣痛促進剤投与判断に係る注意義務違反
②陣痛促進剤投与量に係る注意義務違反
③分娩監視に係る注意義務違反
④蘇生措置に係る注意義務違反
⑤因果関係及び⑥損害
であったところ、①②④は否定されたので、本稿では、争点③及び争点⑤に対する判断を紹介する

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判決

1 前提事実
2008年5月21日朝4時頃、自宅で前期破水。4時50分頃、被告病院に入院。入院時の体重は65・6㎏。ビショップスコアは、頸管開大度1㎝から2㎝で1点、展体40.50%で1点、児頭の位置マイナス2で1点、頸部の硬度が中で1点、子宮口の位置が前で2点の合計6点。
CTG(胎児心拍陣痛図)によると胎児心音は良好であり、5分から6分間隔で陣痛が認められた。8時頃、頸管開大度2㎝、進展80%、児頭の位置マイナス3、子宮口の位置 が前、羊水の流出ありとの所見から、陣痛促進剤投与指示。10時頃、NST(胎児心拍モニター)が装着され、上記投与開始。同時刻頃、子宮収縮なし。
14時15分:子宮口4~5㎝。
14時40分:独歩にて分娩室入室。
15時:子宮口4~5㎝、児頭下降、産瘤。
15時15分:子宮口8㎝、児頭の位置プラス1。
15時40分:酸素5ℓ投与開始。
15時44分:子宮口全開大。
16時13分:排臨。
16時20分:児頭が娩出されたところ、頸部に臍帯の巻絡が1回認められたため、臍帯を止血切断。
16時36分:出生。出生時啼泣なし、自発呼吸なし、皮膚色全身蒼白及び筋緊張なし等の所見が認められたので、A医師は背部刺激バッグ&マスクによる換気を開始し、引き続き小児科医が気管挿管を実施し、メイロン10㏄を注射。
17時20分:上記措置によっても自発呼吸が認められず、筋緊張の低下が続いたため、訴外病院に救急搬送。重症新生児仮死及び低酸素性虚血脳症と診断され、頭部CT検査で硬膜下血腫及び脳浮腫が認められた。
22日、人工呼吸器から離脱。

2 争点③について
胎児心拍数図において遅発一過性徐脈と評価しえる徐脈は、15時13分・20分・22分・33分に認められるが、この時点で基線細変動の減少や消失が認められないことからすると、直ちに胎児機能不全と診断すべきであったということはできず、また、変動一過性徐脈と評価しえる徐脈は15時8分・10分・17分・26分・29分・31分・34分・37分に認められるが、高度の変動一過性徐脈の発生までは認められないことからすると、直ちに胎児機能不全と診断すべきであったとはいえない。
15時43分及び45分に、遅発一過性徐脈と評価しえる徐脈が複数回発生し、かつ基線細変動の状態にも異常が生じていることが認められるから(基線を読むためには、本来、一過性変動の部分を除き、その部分が少なくとも2分以上続かなければならないが、本件胎児心拍数図においては一過性変動の部分を除いて2分以上続いている部分がなく、正確に基線を読むことができないほどに徐脈が頻発しており、その波形の様子は15時40分までのものとは様相が異なり、明らかに振幅の程度が減少している)、助産師とA医師は遅くともこの時点で胎児機能不全を疑い、少なくとも母体の体位変換、陣痛促進剤の投与停止をまず行い、並行して急速遂娩の準備を行うべき注意義務があったと認めるのが相当であり、助産師とA医師はこれを怠ったものである、とした。
この点、医師の意見書には、「徐脈の出現だけでなく基線細変動の評価が胎児の状態を評価するには重要であり」「基線細変動は正常であり、この時点では胎児のwell-beingが障害されているとは断定できない」との記載があるが、「遅発一過性徐脈は基線細変動の状態によらず胎児機能不全と診断される」との医学的知見が日本産婦人科学会による『産婦人科研修医のための必修知識2007』に記載されており、その出現自体が胎児機能不全の発生について十分に警戒すべき重要な徴表である、ということができ、15時40分頃以降にみられた波形異常と遅発一過性徐脈の出現を併せ考慮すると、酸素投与のみでは不十分だった、と判示した。
そして、母体の体位変換や陣痛促進剤の投与停止によっても状態が改善しない場合には、助産師とA医師は15時45分の時点において、急速分娩の処置をとるべき注意義務があったと認めた。

3 争点⑤について
助産師及びA医師が15時45分時点で上記注意義務を果たしていれば、15時45分に近接した時間において胎児機能不全は解消された高度の蓋然性があるというべきである。上記注意義務を怠った結果、16時36分に出生するまで約48分間胎内で胎児機能不全の状態におかれていた、というべきであり、この間に脳性麻痺を発症したと推認した。

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判例に学ぶ

(1)分娩を扱う医療機関には、胎児の心音や子宮収縮の状態を的確に把握するために母体に分娩監視装置を装着し、分娩監視記録により十分な分娩監視をすべき基本的な注意義務があり、分娩監視記録の所見において、遅発一過性徐脈が連続する等、胎児に低酸素状態の可能性があると認めたときには可及的速やかに分娩させる義務がある。本件は、この義務違反が認められた事案である。
本件においては、医師の意見書のみならず、遅発一過性徐脈の出現で胎児のwell-beingが障害されていると判断するのではなく、基線細変動の状態と併せて判断する旨が記載された『ガイドライン2011』(ただし児の出生後に発行)も証拠として提出されたが、裁判所は遅発一過性徐脈の出現自体が警戒すべきサインであり、波形異常の出現も併せて注意義務違反を認定している。胎児心拍数図の判読の指標としてほしい。
(2)また、分娩事故による脳性麻痺の事案では、被告側から「仮に注意義務違反があるとしても分娩時低酸素以外に起因する脳性麻痺であるから因果関係はない」等と主張されることが多い。本件において、被告側は「臍帯血のpH及びMRI画像の所見(短期間の受傷の場合にみられるプロファウンド型仮死の所見がない)ので因果関係はない」と主張していたが、脳性麻痺が約48分間胎児機能不全の状態におかれたことに起因すると推認される、等を理由に排斥された。これは、15時45分の時点における注意義務違反が認定されたこととも大きく関わっている