Vol.144 頸動脈誤穿刺後の血腫による患者の窒息死

―医師の看護師に対する経過観察指示義務の違反が認められた事例―

-大阪地方裁判所平成26年6月30日(控訴中)(平成22年(ワ)15276号)-
協力:「医療問題弁護団」 青野 博晃弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

63歳の男性患者が2011年2月18日にY病院において慢性心房細動があると診断され、カテーテルアブレーション術が4月7日に施行された。なお、診断から施術までの間、医師の指示でワーファリンとヘパリンが投与されていた。
同7日、担当医師のA医師は午前8時50分に手術を開始し(B医師が介助)、患者の右頸部から内頸静脈に18Gの針を試験穿刺して静脈確認後、本穿刺を行ったが、総頸動脈を誤って穿刺してしまい、穿刺部分に出血による血腫を生じた。そのため、A医師は、穿刺部分を手で圧迫止血し、止血確認後に手術を続行して終了した。A医師は、右頸部の血腫部分につき看護師にマーキングさせたが、病棟看護師へは誤穿刺部位が総頸動脈であることを伝達しなかった。
その後、患者は感冒症状・喀痰多量・発汗著明などが見られ、8日午前0時には血腫の拡大が確認されたため、C医師が病室にて圧迫止血の上、「何か異常があれば連絡するよう」看護師へ指示がなされた。午前1時20分に患者よりナースコールにてA医師が様態を確認したが血腫による気道狭窄と診断され、意識レベルが低下して午前1時50分頃には心肺停止となり、その後死亡が確認された。


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判決

争点1 気管挿管義務違反について
原告は、血腫が11時間後のC医師の訪室の際には頸部から肩方向へ拡大していたことから、C医師は気道狭窄から窒息に至る危険を予見して気管挿管をすべき義務があった、と主張し、被告は、一定期間経過後に血腫増大から気道狭窄を生じることはまれであり、原告が意識清明であって他に異常所見がなかったから予見可能性がなく、気管挿管をすべき義務はなかった、と主張した。
裁判所は、アブレーション施術直後の用手圧迫によっていったん止血されたものの、7日午後11時からC医師が訪室する8日午前0時頃までの間に再出血により血腫拡大が生じたことを認定し、患者からの息苦しいとの訴えは血腫拡大による気道狭窄の初期症状であると認定した。そして、C医師の圧迫止血によっても止血措置が不十分であったために少量の出血が持続し、気道狭窄が急速に進行して窒息死したものと推認した。
そして(1)血腫の拡大と呼吸苦の存在、(2)C医師自身が確実な止血ができていない可能性を認識しまたは認識し得たこと、(3)C医師は止血措置を行う以上確認して出血部位の正確な把握に努めるべきであったこと、などからC医師における出血の継続による気道狭窄と窒息死の可能性を認識し得た、と認定した。
他方、C医師は、訪室した8日午前0時頃においては窒息の危険が切迫していたとはいえず、気道狭窄の初期症状があっても厳重な経過観察を行うという選択肢があり得るから、C医師の気管挿管をすべき義務があったとはいえないとした。

争点2 経過観察義務違反について
原告は、午前0時頃に訪室したC医師は、最低10分ごとに経過観察を行うよう看護師に指示すべき義務があったにもかかわらず、具体的な指示をしなかった過失がある、と主張し、被告は、C医師は血腫拡大について予見することができず、経過観察を指示すべき義務はないと主張した。
裁判所は、気道狭窄が進んだ場合には咽頭浮腫による視野の悪化のため気管挿管が困難になること、呼吸パターンの変化が生じれば直ちに気管挿管をしなければならないことに照らせば、患者の血腫拡大の有無や呼吸状態について止血措置の後しばらくの間継続的に観察するか、短い間隔で定期的に観察することが必要不可欠であり、本件では少なくとも30分後に1回は自ら観察するか、看護師に対し、訪室の上で血腫拡大の有無や呼吸状態を観察し、悪化が生じれば速やかに連絡する旨の具体的指示をする義務があった、と認定した。
そして、C医師は自ら訪室することなく、また看護師に対しても何かあったときは連絡するように、との抽象的な指示をしたにとどまるのであるから、義務に違反する過失が認められるとした。

争点3 因果関係
原告は経過観察がなされていれば気道圧迫の進行を確認して気管挿管による患者の死亡回避が可能であったと主張し、被告は結果を回避しえなかったと主張した。
裁判所は、少なくとも30分後に経過観察がなされていれば速やかな気管挿管に移行することで死亡を回避する高度の蓋然性があったものと認定し、因果関係を認めた。

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判例に学ぶ

1 被告の注意義務とその前提事実
カテーテルアブレーション術を行ったA医師は、誤穿刺後に血腫に対して圧迫止血を行った上で看護師に血腫箇所をマーキングさせました。本施術においては動脈への誤穿刺は合併症の一つであり、通常は圧迫止血によって対処できるために(実際に本件では術後の措置で止血されていた)、原告被告双方ともにこの点を問題としていません。本件の問題は、A医師は病棟看護師に対しては血腫があることは伝えたものの、その血腫の原因が総頸動脈への誤穿刺であることを伝えておらず、当直待機中で対応を求められたC医師も、総頸動脈への誤穿刺があったことを知らなかったことです。
そのため、本件では、C医師が診察した段階において血腫の拡大から気道狭窄の初期症状が生じつつあったことを認識し得たかが問題とされ、裁判所はC医師に認識可能性があったことを認定し、その時点での気道挿管までを直ちに行うべき義務については否定したものの、自ら経過観察をするか具体的に看護師に観察を指示すべき義務を認めて医療機関の責任を肯定しました。
このような裁判所の判断自体は、本件の事実関係からは妥当であろうと考えられます。

2 医療現場における情報伝達の重要性
現在の医療現場では、さまざまな医療従事者が各々の専門性を有しつつ、当該患者への医療の目的や関連する情報を共有して、業務を分担しつつ連携・協働して医療を提供しています。当然、患者の疾患の状況や注意が必要な事項についての情報共有は不可欠です。
本件では、C医師には気道狭窄の初期症状が生じつつあることの認識があった(認識の可能性があった)とされていますが、施術に当たったA医師らにおける誤穿刺が総頸動脈になされていることを病棟看護師へ伝達されていれば、(ワーファリン及びヘパリンの投与があったことからしても)C医師や病棟看護師において、止血が完全になされているかの確認や再出血への警戒が十分になされた可能性があります。そして、そのような状況においては、C医師が血腫の拡大の報告を受ければ、その場での十分な止血措置およびその後の観察について慎重になったであろうと考えられ、看護師への経過観察についての指示も具体的になされたであろうことも想像できます。
情報の伝達さえあれば防ぎ得た事故であることは明らかであり、改めて医療現場における情報共有の重要性が指摘されます。なお、仮にC医師に気道狭窄等の認識可能性がない場合には、上記情報伝達の不十分さが問題とされた可能性もあると思われます。