Vol.146 臨床上、合理的に説明できない所見がある場合の対応

―発熱とけいれんを主訴として入院した乳児について、医師が専門病院に転医させなかった過失があるとされた事例―

-東京地裁・平成19年1月25日判決・判例タイムズ1267号258頁-
協力「医療問題弁護団」 前田 哲兵弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

当時10ヶ月の乳児Xは、1995年5月6日(以下、年度は全て同じ)及び7日に39℃を超す発熱があり、8日、A小児科を受診した。咳はみられていない。
5月15日以降、37.3~37.7℃の微熱が続いた。同月19日には、断続的にひきつけや全身のけいれんが出現するようになったため、A小児科の紹介により、Y病院を受診。受診時、39℃、CRP1.8、WBC11100。尿路感染、熱性けいれんの疑いにより入院となった。なお、入院時の問診において、生後4ヶ月時のツベルクリン反応検査が陰性であり、その際BCG接種をしていることを確認している。
5月20日、左腕に比して右腕に強いけいれんが認められた。Y病院では、髄膜炎あるいは脳炎によるけいれんの可能性があると判断し、髄液採取、脳波、頭部CT検査を行った。髄液所見は髄液中の細胞数(377/3個)・蛋白量73㎎ / dl・糖46㎎ / dl、脳波検査は左右差あり、頭部CT検査は異常なしであった。Y病院では、細菌性あるいはウイルス性の髄膜炎及び脳炎の可能性が高いと判断し、抗生物質とアシクロビルの点滴注射を開始するなどした。
5月22日、胸腹部X線検査を実施し、右上肺野に肺胞充満像を認めたが、肺炎とまでは判断しなかった。髄膜炎・脳炎以外に、先天性代謝異常症などの可能性も考え、尿のアミノ酸分析、血中ピルビン酸・乳酸の検査を依頼するなどした。
しかし、Xは、5月23日以降、眼球上転、全身強直性けいれん、発熱などを繰り返した
6月7日、胸部CTを撮影し、肺野全体に散在性の陰影を認めて粟粒結核を疑い、同月8日、B小児病院の医師に相談したところ、Xは結核性骨髄炎と粟粒結核であることが判明し、C小児病院に転院した。
その後、Xは、結核性髄膜炎後遺症等と診断され、身体障害者1級の認定を受けた。Xは、Yに対し、結核性髄膜炎を鑑別し、専門病院に転医させる義務に違反したため、Xに重篤な後遺症が残ったと主張して損害賠償請求訴訟を提起した。

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判決

1.結核性髄膜炎を鑑別診断すべき義務違反の有無
まず、裁判所は、医学文献の記載を引用し、①髄膜炎を原因により分類すると、化膿性髄膜炎、結核性髄膜炎及び無菌性髄膜炎が多く、まれに、真菌性、原虫性、交感性髄膜炎をみるとされていること、②「無菌性髄膜炎」の項には、鑑別すべき対象として、結核性髄膜炎が挙げられていることなどを理由として、③Y病院の医師は、髄膜炎との診断をした以上、結核性髄膜炎も含めて、鑑別診断をする注意義務があるとした。
そして、結核性髄膜炎を含む髄膜炎の鑑別診断の基本的な検査を複数挙げ、それらのうち、どの検査をするかは、個々の時点において、結核性髄膜炎を具体的に疑うべき状況がどの程度あるかによって決せられるとした。
その上で、本件では、5月20日の時点においては、Y病院の医師が、結核性髄膜炎が極めてまれな疾患である上、Xのツベルクリン反応が陰性であり、その後間もなくBCG接種をしているとの問診結果から、結核性髄膜炎の可能性は低いと考え、発生頻度の高い無菌性髄膜炎を疑い、その治療を開始したことについて不合理な点はないとした。
対して、5月22日の時点においては、①胸腹部X線画像により右肺野の肺胞充満像が認められ、これが髄膜炎の原因となっている可能性も否定できず、かつ、髄膜炎が結核性のものであることを排除することができなくなっていたのであるから、Y病院の医師には、この点を解明する義務(具体的には、自ら胸部CT検査をして肺胞充満像を精査するか、専門医に意見を求める義務)があったとし、②Yには、この点に義務違反があると判断した。

2.患者を転医させる義務違反の有無
裁判所は、5月20日の時点においては、上記のとおり、診療に不合理な点はないのであるから、結核の擬診を得た上で、Xを転医させるべき注意義務があったとはいえないとした。
対して、5月22日の時点においては、①胸部CT検査をするか、専門医に意見を求める義務を尽くしていれば、Xの髄膜炎が結核性であるとの擬診を得ることができた可能性があったことを前提として、②Y病院の医師には結核の患児を取り扱った経験がほとんどなく、Y病院において適切な治療を行うことは困難であったのであるから、擬診を得た上で、Xを適切な治療を行うことのできる医療機関に転医させる義務があったとし、③Yには、この点に義務違反があると判断した。
その上で、5月22日の時点でXを転医させていれば、Xに重篤な後遺症が残らなかった「相当程度の可能性」があったとして、Yに対し、合計220万円の損害賠償を命じた(なお、Xの症状が既に相当程度進行していたと考えられることなどから、「因果関係」は否定されている)。

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判例に学ぶ

本件は、転医義務違反が直接の争点になった事案であり、その前提として鑑別診断義務違反の有無が争点となっている。
ここで、転医義務とは、一般に、自己の専門科目外又は人的・物的設備の不足などにより自ら医療水準に従った診療ができない場合に、そのような診療が可能な医療機関へ患者を転医させる義務をいう。どのような場合に転医義務を負うかについては、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」に従って判断される(最高裁昭和57年3月30日判決)。
この点、本件では、5月20日の時点においては、発生頻度の高い無菌性髄膜炎を疑い、その治療を開始したことについて不合理な点はないとしている。
しかし、5月22日の時点においては、新たな所見(胸腹部X線画像で、右肺野の肺胞充満像あり)を認めており、裁判所は、この点を重視している。すなわち、裁判所は、「右肺野の肺胞充満像」が髄膜炎の原因となっている可能性が否定できないのであるから、Y病院の医師としては、それを「解明する義務」があるとしている。
ここで、「解明する義務」とは、専門外の医師をして、結核性髄膜炎であることを見抜くことまでを求めているのではない。そうではなくて、裁判所は、臨床上、合理的な説明がつかない所見がある場合には、その「疑問」と正面から向き合い、自ら精査するか、専門医に相談することを求めている。
この点、Y病院の医師は、「右肺野の肺胞充満像」という所見を合理的に説明できなかったにもかかわらず、自ら胸部CT検査をして肺胞充満像を精査することも、専門医に意見を求めることもしなかった。そのため、結果として適切な時期に転医することができなかった。裁判所は、この点を注意義務違反として認定している。
本件からの学びは、臨床上、合理的な説明がつかない所見がある場合には、その「疑問」から逃げずに、正面から向き合う必要があるということである。そして、その「疑問」を自ら解消することができない場合には、速やかに専門医に相談し、必要であれば転医することを考慮していただきたい。