Vol.147 帝王切開既往妊婦に対する経腟分娩試行における注意義務

―帝王切開既往妊婦に対する経腟分娩を試行し子宮破裂を起こし、産科脳性麻痺後の0歳児が死亡した事案で約4300万円の賠償が認められた事例―

-福島地裁平成25年9月17日判決・判例解説第53号-
協力「医療問題弁護団」谷 直樹弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

帝王切開既往妊婦に対し経腟分娩を試行することをTrialoflaboraftercesareandelivery(TOLAC)といい、それが成功した結果をVaginalbirthaftercesareandelivery (VBAC)という。ベテランの産科医師が2010年に帝王切開既往妊婦に対し経腟分娩を試行したところ、子宮破裂となり、児が重症新生児仮死となり約7ヶ月半後に亡くなった事案である。
なお、本件は、産科医療補償制度の原因分析委員会の報告前に、交渉・調停・提訴が行われている。

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判決

1.子宮破裂の徴候を捉える態勢を整える義務
本件判決は「VBACは、帝王切開歴のない妊婦の経腟分娩と比較して子宮破裂のリスクが高く、子宮破裂が発生した場合の胎児又は新生児の予後が不良であること、子宮破裂が発生した場合には迅速に帝王切開を実施することが必要であることから、VBACを実施する場合には、主治医には、少なくとも、分娩が始まった後胎児心拍数陣痛図等を用い て、子宮破裂の徴候がないか継続監視を実施する態勢を整える義務があるものといえる」と判示した。
本件判決は「被告医院においては、被告が分娩開始から出産まで1人の妊婦に付き添い、胎児心拍数陣痛図による継続監視を実施することはできず、看護師は継続監視をすることができなかったというのであり、継続監視が可能な助産師は出勤もしていなかったものである。ほかに子宮破裂の徴候を直ちに捉えるための何らかの措置が実施可能であった形跡も見当たらない」と認定し、義務違反を認めた。

2.説明義務
本件判決は「VBACには帝王切開歴のない妊婦と比べてリスクが高く、かつ、VBACを施行せずとも2度目以降の妊娠の際にも帝王切開による出産は可能であり、その方がリスクは低いものであった。そうであれば、帝王切開歴のある妊婦に対しては、2度目以降の妊娠の際にVBACを試みるか、帝王切開による分娩を試みるかの選択の機会を与えることが重要であり、そのためには、当該妊婦の主治医には、VBACのリスクを説明するとともに、VBAC以外の選択肢もあること、当該医院でのVBACを実施する態勢等当該妊婦がVBACによる出産を試みるか、帝王切開による分娩を試みるかを選択するために 必要な情報を説明する義務があるということができる」と判示した。
本件判決は、被告医師が「『子宮破裂』の具体的文言さえ用いずに、手術ではなく普通にお産は進めていく旨、いざという時はいつでも手術できるようにはする旨等の説明をするにとどまり、子宮破裂の危険性、胎児又は新生児に与える影響、反復帝王切開の方がリスクは低いことなど何ら説明をした形跡がなく、上記義務を怠ったものといえる」と説明義務違反を認定した。

3.子宮破裂の徴候がないかを継続監視する義務
本件判決は「VBACを実施した場合には子宮破裂のリスクが高く、子宮破裂が発生した場合には、迅速に帝王切開術を実施し、胎児の娩出を行う必要があったことから、被告には、子宮破裂の徴候を捉える態勢を整える義務とは別に、原告に子宮破裂の徴候がないかを継続監視する義務もあったものといえる」と判示する。
本件判決は、「胎児心拍数陣痛図を、原告が平成22年X月X日に入院した当初の40分ほどしか用いず、その後は看護師に対し胎児の心拍数を1時間に1回確認することのみ指示を出し、隣接するとはいえ自らは自宅へ帰宅し、睡眠していたというのである。原告の子宮破裂は、同日午前5時30分頃に発生したと推認されるところ、被告が原告を診察したのは、早くとも原告が分娩室に移動した午前6時10分頃であり、被告は、継続監視を怠った結果、原告の子宮破裂の徴候を見落とし、又は子宮破裂直後に適切な処置をする機会を逸したものといわざるを得ない」と義務違反を認めた。


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判例に学ぶ

1.過信は禁物 
本件より前に、福島地裁平成20年5月20日判決(平成14年(ワ)第114号損害賠償請求事件)は約7300万円の支 払いを命じ、仙台高裁で、福島医大が和解金8500万円を支払い、出産事故防止に向けた改善策を講じることで和解が成立した。その後、福島県では、再発防止のための研修会等が行われ、福島医大卒の本件被告医師もその研修会に参加していた。本件被告医師は、教授が、福島医大でもVBACはやっていないので先生方もやらない方がいいですよ、と言うのを聞いていた。本件被告医師は、「産婦人科診療ガイドライン2011」を購入し、VBACの記述も熟知していた。
本件被告医師は、1987年の開院以来86件のVBACを行い、VBACでトライアルした後帝王切開に切り替えた例もほぼ同数あった。被告医院では、子宮破裂の事故は一度も起きなかったので、モニターをしていなくても診察で見極められるだろうと考えていた。
モニターをつけて複数の医師と助産師・看護師で観察している施設でも事故が起きているのに、医師1人でモニターも付けずに本件まで無事故であったことからすると優秀ないし強運な医師であったと考えられるが、過去に事故が起きていないから今度も大丈夫とはならないことを学ぶべきであろう。
被告医師は「分娩監視装置の記録で過強陣痛があり子宮破裂が起こるリスクにつき危ないかな、要注意だと思っていたが、児の頭が結構下がっていたのでぎりぎり大丈夫かなと思った、心音を定期的にはかっていれば大丈夫だと思った」と訴訟前に原告らに述べている。被告医師はもう一度診察に行くつもりであったが、自宅待機中にうっかり寝てしまい、診察のタイミングを逃したのであり、本件は、経験豊富な医師の過信が招いた事故であるといえるのではなかろうか。過信は禁物で、ガイドラインを遵守することが事故防止のために肝要である。

2 選択のための説明を
被告医師は、「子宮破裂という言葉を出したら皆VBACを望まなくなる」という理由で、選択のための説明は行っていなかった。しかし、帝王切開とVBACそれぞれのメリット・デメリットをきちんと説明して、妊婦に選択してもらうことが必要である。