Vol.175 患者の疾患が医師の専門外である場合に、専門の医療機関を紹介する義務

―後医が前医から肝機能障害についての引き継ぎを受けていた場合は、肝機能が悪化した場合には肝臓専門の医療機関を紹介する義務があるとされた裁判例―

判例時報2332号掲載
協力/「医療問題弁護団」 佐藤 光子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

Aは、昭和52年にB型肝炎ウイルス保持者と診断された。Aは、平成3年からY医師の診察を受けるようになった。しかし、Y医師が転院することになったため、Y医師は、BクリニックのX医師を紹介し、Aは、平成12年4月から同17年8月まではX医師の診察を受けた。
Y医師はX医師にAを紹介するにあたり、AがB型肝炎ウイルスキャリアであり、肝機能障害に注意すべきであることの引き継ぎをしていた。しかし、Bクリニックは、甲状腺疾患、糖尿病などの内分泌疾患、高脂血症及び痛風などの代謝性疾患を専門としている医療機関であったため、Aに対し積極的に肝炎の治療は行われていなかった。
Aは、C病院で平成17年10月、肝がんの疑いを指摘され、同年11月にはD病院で肝腫瘍と診断された。そのため、Aは、X医師が開設するBクリニックの間で、B型肝炎の治療を目的とする診療契約を締結したにもかかわらず、X医師が、適切な診寮を怠った結果、Aが肝硬変及び肝がんに罹患するに至ったとして主張して、Bクリニックに対し、診療契約の債務不履行に基づき、損害賠償請求をした。

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判決

1 診療契約の内容の判断基準について

判決では、医療機関における診療契約の内容は、医療機関における診療内容や医療機関が提供すべき医療行為の内容確定させるものであるから、その認定については、当該医療機関を受診するに至る経緯、診療医の医師と患者のやり取りの内容、診療録の記載等を総合考慮して、患者と医療機関との間で、診療内容についてどのような意思の合致が認められるかにより判断するのが相当と判示した。

2 AとBとの間でAのB型肝炎の治療を目的とする診療契約が成立したか

AとBクリニックとの間でAのB型肝炎の治療を目的とする診療契約が成立したかに関し、AはBクリニックでの治療を受ける前のY医師の治療でもバセドウ病の治療を受けており、B型肝炎の治療を受けていないこと、BクリニックはB型肝炎の専門的な治療を行う医療機関ではないこと、Aもそのことを認識していたこと、AもBクリニックにおいて積極的な肝炎の治療を受けていたとまでの認識がないことなどを認定し、AとBクリニックの間でバセドウ病の治療に加え、B型慢性肝炎に関する諸検査等を積極的に実施するなどの治療管理を内容とする診療契約が成立したとまでは認定できないとその診療契約を否定した。

3 肝臓専門の医療機関を紹介する診療契約は成立したか

X医師はY医師からAがB型肝炎ウイルスキャリアであり、肝機能障害に注意すべきである旨の引継ぎを受けたこと、X医師は、第1回目の診察の際、血液検査を実施し、その2ヶ月後の診療の際には、腹部エコー検査及び腫瘍マーカー検査を実施し、「肝機能←ならG紹介」とカルテに記載していること、カルテには、診療時の医師の所見や考えが表現されていることが通常であり、X医師もカルテには治療方針について可能な範囲で明確に記載することを心掛けていること、甲状腺機能亢進症の治療で処方されるメルカゾールにより肝機能が悪化することがあり、治療の際にも肝機能には注目しなければならないこと、X医師は、定期的にAの血液検査を実施し、GOT及びGPTの各値をカルテに記載していることから、判決は、X医師は、バセドウ病の治療を継続する際に、肝機能に着目し、Aの肝機能が悪化した場合には、専門医療機関を紹介する必要があるとの意思を有しており、Aに対し、甲状腺専門医であるため、B型慢性肝炎の治療を積極的にはできないが、肝機能の悪化が認められれば、肝臓専門医を紹介する旨話したと推認することができるとし、AもX医師の申し出に異議を述べず継続して診療を受けていることから、X医師の方針を承諾していたといえるとし、AとBクリニックの間でX医師自身がB型慢性肝炎に関する治療管理を行うことを内容とする診療契約は否定したものの、Bクリニックは、Aの肝機能が悪化した場合には、肝臓専門の医療機関を紹介する診療契約を締結したと認定した。

4 本件で紹介義務違反はあったか

平成14年5月に実施された血液検査の結果は、AがBクリニックを初めて受診した場合とほぼ同じであり、肝硬変への進行が疑われるGOT値がGPT値を上回るような数値ではないので、この時点では紹介義務が生じるとまではいえない。
しかし、平成15年6月に実施された血液検査によれば、GOT値がGPT値を上回るような数値ではないものの、GOTが97、GPTが166といずれも急激に上昇しており、肝硬変への進行が疑われる数値が表れている。また、X医師自身も、前記検査結果を受けてカルテに「肝機能←」と記載している。
X医師は肝臓の専門医ではないものの、内科学会および臨床内科医の資格を有しており、B型肝炎に関する一定の知識を有していたと推認できる。X医師はこの時点でAの肝機能の検査結果は異常数値を示しており、B型慢性肝炎の進行可能性を予見することが可能であったとし、判決は、平成15年6月の時点で、BクリニックはAを肝臓の専門医療機関に紹介すべき義務があったのに、これを違反した債務不履行があると判示した。
そして、Bクリニックの債務不履行とAの肝硬変及び肝がん罹患との因果関係については、平成15年6月の時点でAが肝臓の専門医療機関において治療を受けていれば、少なくとも、肝がんへの進行時期を遅らせることができたとして因果関係を認めた。損害については、4割の過失相殺を行い、請求の一部を認容した。

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判例に学ぶ

本件では、AとBクリニックの間でX医師自身がその専門外のB型慢性肝炎に関する治療管理を行うことを内容とする診療契約は否定したものの、Bクリニックは、Aの肝機能が悪化した場合には、肝臓専門の医療機関を紹介する診療契約を締結したと認定しています。
どのような内容の診療契約が患者と医療機関の間に締結されているかは、当該医療機関を受診するに至る経緯、診療医の医師と患者のやり取りの内容、診療録の記載等を総合考慮して、患者と医療機関との間で、診療内容についてどのような意思の合致が認められるかにより判断するのが相当とされており、専門内か専門外かということで単純に判断されているわけではないことに注意が必要です。

判決では、専門外の部分についても、前医からの引き継ぎによる患者の状態や、後医のできる検査、診療の範囲の限度を、患者の認識も考慮して具体的に患者と医師の間に締結された診療義務の内容について検討しています。その上で、本件では、肝機能の専門医に紹介義務があった時点について、肝機能に関する検査数値から、専門外の当該医師にとっても、B型慢性肝炎の進行の予見可能な時期を認定しており、妥当な判決といえましょう。
本件判例は、これまでの裁判例の流れをくむものであり、最高裁は医師が自らの医療水準に応じた診療ができないときは、他院への患者の転送義務を認めていますが、医師は自らの専門外の患者の場合にも、本件のようにこの義務が認められますので、転移のタイミングについても注意が必要です。