Vol.173 大腸内視鏡検査により発見されたポリープの切除義務違反

―大腸内視鏡検査で発見されたポリープが大腸がんであったと判明した場合における、検査当時のポリープ切除義務違反等が否定された事例―

大阪地裁/判決平成28年5月17日 出典 平成24年(ワ)第9594号
協力/「医療問題弁護団」山本 悠一弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 X(平成18年当時77歳女性)は、平成9年頃からY病院で通院治療を開始したが、同年5月に肺結核と診断され、Z病院に入院した。
Xは、Z病院入院中に大腸内視鏡検査を受け、内視鏡的ポリペクトミーの施術を受け、同年10月からY病院への通院を再開した。
Xは、平成9年から18年までの間、概ね月1回以上Y病院を受診したが、この間、平成10年9月に大腸内視鏡検査を受けた際にポリープは確認されず、平成11年11月及び平成12年11月に注腸造影検査を受けた際にもポリープは確認されなかった。また、平成15年5月に大腸内視鏡検査を受けた際にも、全結腸にポリープは発見されなかった。

その後Xは、平成18年5月12日にY病院を受診し、B医師の下で大腸内視鏡検査を受けたところ(以下「平成18年検査」という)、B 医師は、X の直腸に従前実施されたEMR(内視鏡的粘膜切除術)の瘢痕とその傍らに本件ポリープを認めたため、これらを写真撮影した上、3年後位のフォローアップで良いと診断した。

Xは、平成18年検査の後、平成21年まで概ね2~3ヶ月に1回の頻度でY病院を受診したが、その間の診察では、平成19年10月に血便の訴えがあったことに対し、痔の治療薬が処方されたのみであった。
Xは、平成21年6月12日、B医師により大腸内視鏡検査を受けたところ(以下「平成21年検査」という)、直腸の肛門直上に腫瘍が認められ、その生検の結果、高分化型腺がんであると診断された。なお、上記腫瘍は、その位置から推測して、本件ポリープががん化した可能性が高いと考えられる。

Xは、B医師には平成18年検査の際に本件ポリープを切除する等の処置を取るべき注意義務があったのにそれを怠った過失があると主張して、Y病院に対し損害賠償を求めた。

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判決

1 本件ポリープのがん性等の認識可能性

判決は、平成18年検査当時の知見では、ポリープが腫瘍性、非腫瘍性のいずれかを鑑別することが重要であったとした上で、鑑別の要素として、ポリープの大きさ、形状・色調、拡大顕微鏡で見た表面構造等を挙げた。

また、大腸ポリープの内訳として、腫瘍性が約83.4%、非腫瘍性の過形成性ポリープが約6.5%であったことを踏まえると、腫瘍性か非腫瘍性かの鑑別が困難な場合には、腫瘍性の腺腫である可能性を念頭に置いて対応する必要があるとした。
そして、ポリープの大きさに関する各種文献や、第三者的立場の医師が、調査嘱託(裁判所が訴訟を追行するうえで必要な調査を官庁・公署その他の団体に嘱託すること)の回答において、大腸ポリープ診断ガイドライン2014(日本消化器病学会編集)に記載された「(腺腫につき)径5㎜以下でのがん化率は0.46%、径6~9㎜では3.3%、径10㎜以上では28.2%」との統計を根拠に、腫瘍性病変を見つけた場合は必ず大きさを判定し、5㎜未満であれば経過観察とし、それ以上の場合には切除する方針が広く採用されてきた旨の意見を述べていること、他方で、5㎜以上のポリープは切除すべきとの基準が平成18年検査当時の一般的知見であったと認められないこと等の事情を踏まえ、写真画像の分析から本件ポリープの長径が5㎜以上10㎜未満程度であったとして、本件ポリープががん性のもの又はがん化の危険性の高いものと判断すべきであったとはいえないとした。

さらに、本件ポリープの形状・色調からも、本件ポリープががん性等の危険性の高いものと認識するのは困難であったため、結論として、B医師が本件ポリープを過形成性ポリープ等の非腫瘍性のものであると認識判断したことは医学的にみて合理性があったとして、本件ポリープのがん性等の認識可能性を否定した。

2 切除、生検及び経過観察義務について

判決は、がん性等の認識可能性がなかったことを前提に、Y病院医師には、平成18年検査の際、本件ポリープを切除すべき注意義務及び生検を実施すべき注意義務があったということはできないとした。
他方で、腫瘍性のものが非腫瘍性のものよりも相当に多いことや、Xが平成18年検査の約9年前に大腸がんの切除を受けたことがあることなどの事情を踏まえて、Y病院医師らには、平成18年検査の後、本件ポリープについての経過観察を行う義務があったとした。
そして、経過観察の頻度及び内容につき、上記調査嘱託の回答に添付された資料(厚生労働省のがん研究助成金を受けて行われている「JapanPolypStudy」による説明)や大腸がん治療ガイドライン等の医学的知見及び平成18年検査当時がん化の認識可能性がなかったことを前提とすれば、基本的には3年後に次の内視鏡検査を受けさせることとした上で、その間に定期的に受診させ、大腸がんを疑わせるような徴候があれば精密検査等の対応をすることをもって足りるとした。
以上より、Y病院医師らは、Xに対し上記内容とほぼ同様の経過観察を行っていたのであるから、Y病院医師に経過観察義務違反があったとはいえないとした。

3 内視鏡検査義務とその違反について

判決は、Y病院医師が、Xによる血便の訴えに対し、まず痔の治療薬を処方し、その後も血便が続くようなら検査を行うことにしたこと、その後Xから再度の血便の訴えがなかったため検査を行わなかったことなどは特に不合理とはいえないため、注意義務違反は認められないとした。

4 結論

以上から、Xの請求は理由がないから棄却された。



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判例に学ぶ

 画像におけるがんの見落としが問題となった事案は、これまで多数見られるところだが、その中では画像に写っている異常所見自体を見落としたと主張される事案が多いところ、本件では医師が大腸ポリープの存在を認識してあえて写真撮影を行い、同ポリープが良性のものであると評価していたにもかかわらず、その約3年後に同ポリープががん化したことにつき、当初評価の適否が問題となっている点に特徴がある。

たしかに、結果的には本件ポリープは切除しておくべきであったといえるが、医師の注意義務違反の有無との関係では、結果論から直ちに義務違反が肯定されるものではなく、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」(最三判昭和57年3月30日判タ468号76頁)に照らして、同水準の医師が当時の状況に身を置いた場合に、ポリープを悪性のものと評価できたか否かという観点から検討される必要がある点に注意を要する。

また、がんについては、部位や進行度合いのほか、時代によっても検査方法や治療方法が異なるため、各事案による個別性が強く、判断要素を一般化することに馴染まない面がある。そのため、各事案に応じた適切な主張立証が求められるが、本判決は、特に平成18年検査時に撮影された本件ポリープの写真画像の分析をもとに、検査担当医師らの過失を否定しており、類似事案の検討においても参考になるだろう。

また、本判決では、腫瘍性ポリープと非腫瘍性ポリープの鑑別が重要であり、その鑑別は、大きさ、形状、色調、表面構造等を総合考慮すべきであるとされているところ、本件ポリープの写真画像の評価に際して、第三者医師に対する調査嘱託の回答を踏まえて検討しているとおり、いかにして適切な画像分析を行うかが問題であるといえる。