Vol.178 マンモトーム生検の局所麻酔で気胸を発症させた手技上の過失

―エコーガイド下でマンモトーム生検の局所麻酔を行うに当たり、医師が麻酔針を漫然と胸腔内に進行させた手技上の過失を認定した事案―

東京地方裁判所 平成28年5月25日判決 判例時報2321号42頁
協力/「医療問題弁護団」 笹川 麻利恵弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 患者X(昭和43年生まれ・女性)は、平成23年1月にクリニックで人間ドックを受けた際、左乳腺腫瘤疑いとされ、Y病院を紹介され乳腺内分泌外科を受診した。
Y病院において超音波検査、マンモグラフィー検査、細胞診等を受けたが、悪性を疑わせる所見が認められなかったことから、経過観察となり、P1医師を主治医として6ヶ月から数ヶ月ごとにY病院で診察及び検査を受けた。
 平成24年10月17日の超音波検査で左側C領域に腫瘤が認められ辺縁が不正で良性とは断定し難かったため、同月19日、P1医師はXに説明の上、マンモトーム生検を受けることを勧めた。
同月30日、Y病院にてXに対しエコーガイド下マンモトーム生検が実施された。
検査はP2医師の担当で行われることとなり、P2医師がXに対し局所麻酔を行ったところ、Xは手技の途中で咳き込み気分不快を訴えたため、検査は中止された。
 Xには直後から胸部痛や息苦しさが生じたが、同日のX線検査ではXに明らかな異常所見は認められなかった。
翌31日、Xは胸部痛を訴えてY病院の救急外来を受診し、X線検査の結果、左肺気胸と診断された。
Y病院の呼吸器外科を受診し、左肺気胸に対し、胸腔内ドレナージによる治療を受けた。
 Xが原告となり、医師の手技上の注意義務違反を主張して、Y病院に損害賠償を求めた事例である。

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判決

手技上の注意義務違反の有無について

(1)患者Xは、Y病院の医師には、エコーガイド下マンモトーム生検の実施に必要な局所麻酔を行うに当たり、麻酔針の針先の位置を把握し、肺が存在する胸腔内の領域に針先を進めないようにする注意義務があると主張した。また、針先が確認できないときは、麻酔針を抜くべき注意義務があると主張した。
(2)これに対して、Y病院は、エコーガイド下マンモトーム生検は手技上まれに気胸が生じうるとされていること、P2医師は必要な注意を払って局所麻酔を実施していること、原告に医原性気胸が生じたとしても不可避的な合併症、偶発症であって、医師の手技に不適切な点はないとして争った。また、気胸が生じた原因は不明で、原告が咳き込んだ体動で針先が胸腔内に進んだ可能性が高いと主張し、機序についても争った。
(3)判決は、[1]機序について、[2]手技上の過失について、それぞれ以下のように判断した。

ア 機序について

一般に、気胸の病因には医原性気胸があるとした上、本件では局所麻酔の最中に原告に咳嗽が生じ、原告が気分不快等を訴えたため、生検自体は中止となったが、「直後から原告には胸部痛や胸の息苦しさが生じていたものと認められ」、生検当日の胸部X線検査では明らかな異常は認められなかったものの、「翌31日も原告の胸部痛等の症状は継続し、同日の胸部X線検査及び胸部単純CT検査において、左肺気胸と診断された」という経緯に照らし、「原告に生じた気胸は、本件マンモトーム生検の局所麻酔を行った際に、胸腔内まで麻酔針が貫通し、肺を穿刺したことによって生じた医原性気胸であると認めるのが相当である」と判示した。

イ 手技上の過失について

判決は、「エコーガイド下マンモトーム生検の局所麻酔を行うに当たっては、レトロマンマリースペースまで麻酔針を到達させ、この部位に麻酔薬を注入してレトロマンマリースペースを十分に開大させ、腫瘤を浮き上がらせることが重要」と認定した上、エコーガイド下マンモトーム生検の麻酔針の穿刺については、「一定の抽象的な危険性や制約はあるものの、突発的な体動の発生や超音波による描出が特に困難な事情等特段の事情があれば別論、一般的には前記のような手段を講じ通常の注意義務を尽くすことによって胸腔内への貫通を防止し得ることが通常であるものと考えられる」と認定し、不可避の合併症として免責されるものではないと判断した。
 その上で、「本件マンモトーム生検の局所麻酔において、超音波画像で麻酔針の針先が確実に描出できていなかった可能性をもって、原告に生じた医原性気胸が不可避であったものと断ずることはできず、本件マンモトーム生検の局所麻酔において原告の胸腔内まで麻酔針を貫通させ、肺を穿刺したことについて、P2医師には、針先の十分な確認を怠り、あるいは、超音波画像の評価を誤って麻酔針を進入させた手技上の注意義務違反ないし過失があったものを推認せざるを得ないというべきである」と判断した。
 さらに、「施術の手技に係る注意義務違反が問われる事案」において、悪しき結果が生じたことのみをもって医師の責任を問われることはあってはならないとした上で、しかし、「発症率が極めて低く、専ら施術における機械的所作が問題とされている本件についていえば、特にその発症に関連する要素について具体的かつ丁寧な検討を行うことが必要である」と判示し、限定された条件の下ではあるが手技ミスを問う必要を示唆した。
 結論として、被告病院のP2医師には、原告の胸腔内まで麻酔針を貫通させ、肺を穿刺したことについて手技上の注意義務違反が認められると判断した。

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判例に学ぶ

1 施術の手技に係る注意義務違反(手技ミス)を問うに当たっては患者側に高いハードルが課されます。どのような手技が行われたのかを客観的に確定するのは容易ではなく、施術者がどのような注意義務に違反したのかを患者側が特定するのは困難であり、かつ、個別の手技について一般的知見によって立証できるものではありません(秋吉仁美編著・医療訴訟・青林書院・304頁等参照)。

2 しかし、実際の手技は施術者にしか分かり得ないことも多く、患者側に不可能を強いるべきではないとの考慮も求められます。最判平成11年3月23日(判例時報1677号54頁)は責任原因の特定の程度は、過失や因果関係の認定に支障がない限り、ある程度概括的で足りることを容認しており参考になります。

3 本裁判例は、機序及び手技上の注意義務違反のいずれも肯定しましたが、事例判断だけでなく、一般的に、手技ミスを認定するに当たっての裁判所としての悩みを示しています。
つまり、手技ミスが問題となる場合に担当医師の責任を問う要件を限定し、「その発症率が極めて低く、専ら施術における機械的所作が問題」となる事例においては、「特にその発症に関連する要素について具体的かつ丁寧な検討を行うことが必要」との考えを示しました。
手技ミスに対して抑制的な姿勢を示しつつも、発症率や機械的所作などを判断要素として、不可避の合併症とは言い難い場合には、判断を辞してはならないとの価値判断が見えます。

4 本件の主治医であるP1医師は乳腺外科15年の経験を有する医師、P2医師は研修を終え2年半の医師でした。もちろん、教育的責務を担う病院においてベテランの医師だけの施術を求めてはならないものですが、手技ミスについて医師の責任を問うという裁判の具体的結果が、臨床に携わる医師にとっても患者にとっても説得的なものであり、慎重な手技を超えた萎縮的効果を生まないような内容であろうとする裁判所の慎重さが読み取れる裁判例といえるでしょう。