1 施術の手技に係る注意義務違反(手技ミス)を問うに当たっては患者側に高いハードルが課されます。どのような手技が行われたのかを客観的に確定するのは容易ではなく、施術者がどのような注意義務に違反したのかを患者側が特定するのは困難であり、かつ、個別の手技について一般的知見によって立証できるものではありません(秋吉仁美編著・医療訴訟・青林書院・304頁等参照)。
2 しかし、実際の手技は施術者にしか分かり得ないことも多く、患者側に不可能を強いるべきではないとの考慮も求められます。最判平成11年3月23日(判例時報1677号54頁)は責任原因の特定の程度は、過失や因果関係の認定に支障がない限り、ある程度概括的で足りることを容認しており参考になります。
3 本裁判例は、機序及び手技上の注意義務違反のいずれも肯定しましたが、事例判断だけでなく、一般的に、手技ミスを認定するに当たっての裁判所としての悩みを示しています。
つまり、手技ミスが問題となる場合に担当医師の責任を問う要件を限定し、「その発症率が極めて低く、専ら施術における機械的所作が問題」となる事例においては、「特にその発症に関連する要素について具体的かつ丁寧な検討を行うことが必要」との考えを示しました。
手技ミスに対して抑制的な姿勢を示しつつも、発症率や機械的所作などを判断要素として、不可避の合併症とは言い難い場合には、判断を辞してはならないとの価値判断が見えます。
4 本件の主治医であるP1医師は乳腺外科15年の経験を有する医師、P2医師は研修を終え2年半の医師でした。もちろん、教育的責務を担う病院においてベテランの医師だけの施術を求めてはならないものですが、手技ミスについて医師の責任を問うという裁判の具体的結果が、臨床に携わる医師にとっても患者にとっても説得的なものであり、慎重な手技を超えた萎縮的効果を生まないような内容であろうとする裁判所の慎重さが読み取れる裁判例といえるでしょう。