1 医療行為を行うに際しては、同医療行為を受けるかどうかにつき患者が自己決定できるよう、医師から患者に対して適切な情報を提供して説明する義務があるといわれます(説明義務)。
説明義務が争われるのは、手術等の侵襲を伴うケースが多く、薬剤処方時の説明義務に関する裁判例は、ごく少数のようです。しかし、薬剤も、重篤なものも含めて副作用があり、患者にとってリスクもありますから、重大な副作用等については、事前に説明すべきと考えられます。
本判決は、薬剤処方時の医師の患者に対する説明義務について「患者の治療のため薬剤を処方するに当たっては、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、処方する薬剤の内容、当該薬剤の副作用などについて説明すべき義務がある」としました。これは、説明義務のリーディングケースとなる最高裁判決(平成13年11 月27日・民集55巻6号1154頁)を応用したものと思われ、一般論としては妥当でしょうから、薬剤処方時には、薬剤の「内容」「副作用」の説明が必要です。
2 問題は、薬剤の、特に「副作用」につき、何をどこまで説明すべきか、です。
この点は結局ケースバイケースとならざるを得ませんが、本判決は、①催奇形性作用という「極めて重篤な」副作用であること、②原告に妊娠の「可能性」があること、に注目しています。つまり、当該副作用を説明すべきか否かは、ⅰ)副作用の重大性、ⅱ)当該患者に発生する可能性(の程度)、を相関的に考慮して決めるべきこととなります。
さらに、発生率が極めて低くても重大な結果を招来する危険性がある副作用については、その危険性を説明すべきとする判例も存在し(高松高裁平成8年2月27日判決・判例タイムズ908号232頁。抗けいれん薬の副作用として、重症薬疹TENを発症し死亡した事案)、基本的には、当該副作用(の招来し得る結果)が重大であれば、発生頻度にかかわらず、説明しておくのが望ましいといえます。
また、本判決も能書を重視しており、処方・説明の際には、第一次的には添付文書の記載に基づくのが相当と思われます。
3 さらに、薬剤処方時の説明は、患者の自己決定のための説明だけでなく、療養指導の意味も含んでいます。本判決も、「服用中は妊娠しないようにすべきであることを指導」すべきなどとしており、副作用を説明するだけでなく、その発生を可及的に避ける方策や、副作用の兆候と対策等についても、併せて説明することが望まれます。