Vol.177 薬剤処方時における医師の患者に対する説明義務

―妊娠の可能性のある女性に対して経口抗真菌剤を処方する際に、催奇形性作用があることを説明しなかった点に、医師の説明義務違反が認められた事例―

大阪地方裁判所 平成14年2月8日付判決(確定)・判例タイムズ1111号163頁
協力/「医療問題弁護団」飯渕 裕弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 平成11年3月(以下、同年中の出来事は元号略)、当時26歳の既婚女性(原告)が、生理不順による不正出血を訴えて、被告医師の診療を受けた。原告は、被告に対し、避妊しており妊娠歴はないこと、性器出血があること、下腹部痛はないことを伝えた。
 被告は、卵巣不全・膣外陰炎と診断し、膣洗浄及び膣坐剤を投与し、不正出血が卵巣不全によるものと考え、その治療として、黄体ホルモンを処方するとともに、膣外陰炎にカンジダ症を疑い、真菌症の治療薬ファンギゾン10日分を処方した(膣分泌物の培養検査の結果、カンジダ菌陽性)。
 その後、3月27日以降4月30日までの4回の診察時、被告は、イトリゾールを各10日分ずつ処方し、原告はこれを服用した。被告は原告に、イトリゾールの副作用(催奇形性作用)について説明しなかった。
 イトリゾールは、経口抗真菌剤であり、日本においては膣外陰カンジダ症に対して適応を取得していないが、外国においては膣外陰カンジダ症に対する有効性について多数の報告がある。他方、能書によると、イトリゾールは、動物実験において催奇形性作用が報告されているため、妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与してはならない等とされる。
 原告は、5月24日、自己の妊娠を知ったが、6月22日にイトリゾールの副作用(催奇形性作用)を知り、6月24日には、人工妊娠中絶した。

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判決

裁判所は、次のとおり、説明義務違反、及びこれと人工妊娠中絶との因果関係を認めた。

1 薬剤処方時の説明義務の一般論

 「医師は、患者の治療のため薬剤を処方するに当たっては、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、処方する薬剤の内容、当該薬剤の副作用などについて説明すべき義務がある」として一般論を説示した。

2 本件における具体的検討

 「イトリゾールには重大な副作用として催奇形性作用があり、妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与してはならないとされているのであるから、被告は、原告に対し、イトリゾールを処方するに当たって、原告が妊娠している可能性がないことを確認し、服用中は妊娠しないようにすべきであることを指導した上で、イトリゾールの催奇形性作用について説明すべき義務があった」とした。

3 被告主張の排斥

 「原告が初診時に結婚以来避妊していたと述べたため、その後も避妊し続けると考えたこと、原告には排卵障害があり妊娠しないと判断したことから、説明義務は生じていなかった」との被告主張に対しては、「原告が初診時(3月19日)に避妊していると述べたからといって、原告が結婚している20代の女性であることからすれば、その後も避妊し続けると安易に考えるべきではないし、避妊していたからといって妊娠の可能性がないとはいえない上、イトリゾールの副作用が催奇形性作用という極めて重篤なものであることからすれば、少なくともイトリゾールを最初に処方した3月27日の時点において、原告の妊娠可能性について確認し、避妊処置を指導するとともに、イトリゾールの催奇形性作用について説明すべきであった」として、被告主張を排斥した。また、排卵障害の点についても、1年間で9回排卵があったことを確認していたこと、イトリゾールの副作用(催奇形性作用)は極めて重篤であることなどから、被告の主張を排斥した。

4 説明義務違反と人工妊娠中絶との因果関係
 「損害賠償請求訴訟における相当因果関係の証明は、厳密な意味での医学的証明を必要とするものではなく、器官形成期に催奇形性作用のある薬剤を服用し、医師と相談した結果、奇形児が出生することに不安を抱き、やむなく妊娠中絶に至った過程は、社会通念上是認することができる。」として因果関係を認めた。


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判例に学ぶ

 1 医療行為を行うに際しては、同医療行為を受けるかどうかにつき患者が自己決定できるよう、医師から患者に対して適切な情報を提供して説明する義務があるといわれます(説明義務)。
 説明義務が争われるのは、手術等の侵襲を伴うケースが多く、薬剤処方時の説明義務に関する裁判例は、ごく少数のようです。しかし、薬剤も、重篤なものも含めて副作用があり、患者にとってリスクもありますから、重大な副作用等については、事前に説明すべきと考えられます。
 本判決は、薬剤処方時の医師の患者に対する説明義務について「患者の治療のため薬剤を処方するに当たっては、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、処方する薬剤の内容、当該薬剤の副作用などについて説明すべき義務がある」としました。これは、説明義務のリーディングケースとなる最高裁判決(平成13年11 月27日・民集55巻6号1154頁)を応用したものと思われ、一般論としては妥当でしょうから、薬剤処方時には、薬剤の「内容」「副作用」の説明が必要です。

 2 問題は、薬剤の、特に「副作用」につき、何をどこまで説明すべきか、です。
 この点は結局ケースバイケースとならざるを得ませんが、本判決は、①催奇形性作用という「極めて重篤な」副作用であること、②原告に妊娠の「可能性」があること、に注目しています。つまり、当該副作用を説明すべきか否かは、ⅰ)副作用の重大性、ⅱ)当該患者に発生する可能性(の程度)、を相関的に考慮して決めるべきこととなります。
 さらに、発生率が極めて低くても重大な結果を招来する危険性がある副作用については、その危険性を説明すべきとする判例も存在し(高松高裁平成8年2月27日判決・判例タイムズ908号232頁。抗けいれん薬の副作用として、重症薬疹TENを発症し死亡した事案)、基本的には、当該副作用(の招来し得る結果)が重大であれば、発生頻度にかかわらず、説明しておくのが望ましいといえます。
 また、本判決も能書を重視しており、処方・説明の際には、第一次的には添付文書の記載に基づくのが相当と思われます。

 3 さらに、薬剤処方時の説明は、患者の自己決定のための説明だけでなく、療養指導の意味も含んでいます。本判決も、「服用中は妊娠しないようにすべきであることを指導」すべきなどとしており、副作用を説明するだけでなく、その発生を可及的に避ける方策や、副作用の兆候と対策等についても、併せて説明することが望まれます。