本件においては、無痛分娩における硬膜外麻酔の実施に当たっての説明・指示義務、手技上の過失の有無が問題になりました。結論としては、原告Xの供述の信用性が低いとして請求を棄却していますが、傍論においては、一般論として、無痛分娩目的の妊婦に対する硬膜外麻酔は、技術的に難しく高い技術が必要とされ、穿刺は十分な経験を積んだ麻酔科医によって行われることが望ましく、担当医師において硬膜外穿刺、カテーテル挿入の手技を成功できない場合には、上級医と交代できる環境の下に行うことが理想的であったと指摘しています。
また無痛分娩に関しては、昨今、死亡例や重篤な後遺障害を被った事例がクローズアップされて報道され、厚生労働省の研究班による緊急提言や日本産婦人科医会による実態調査の開始も記憶に新しいところです。
このような情勢から、今後出産を控える患者から、無痛分娩の硬膜外麻酔による副作用やリスクなどについて、質問を受ける機会が増加することが予想されます。
これに対して各医療機関では、定式の説明文書を作成するなどとして、無痛分娩・硬膜外麻酔に関する正しい情報や麻酔医の体制等を患者に伝える方法が考えられます。
また、本判決でもカルテの記載内容が一部判断の根拠となっているように、場合によっては、個別に客観的な記録を保持しておくことも重要となります。
例えば、患者から妊婦健診時等に個別に質問を受けた場合には、その質問内容、それに対して医師が行った説明内容を具体的に診療録等に記載しておくことが、後々のトラブルを防止するという点でも、患者への適切・丁寧な説明という点でも望ましいと考えられます。