肝硬変や肝炎患者に対する肝臓がんの検査義務が問題となる事例は多く見られる。肝細胞がんの大部分が慢性肝炎、肝硬変に合併することが背景にある。
本件で、裁判所は、医療行為における過失の判断について、手段債務性を根拠に、「社会通念上期待される合理的行為から逸脱したと評価される」か否かの判断基準を用いた。そして、「期待される合理的行為」の判断に当たっては、肝癌診療ガイドラインを重視しつつも、その根拠の程度にも配慮し、医師の裁量の余地を認めている。
すなわち、裁判所は、診療ガイドラインについて、それに沿うことによって当該治療方法が合理的であると評価される場合が多くなるが、相応の医学的根拠に基づいて個々の患者の状態に応じた治療方法を選択した場合には、それが診療ガイドラインと異なる治療方法であったとしても、直ちに医療機関に期待される合理的行動を逸脱したとは評価できないと位置付けた。その上で、肝癌診療ガイドラインにおいて、サーベイランスの至適間隔に関する推奨の強さがグレードC1(行うことを考慮してもよいが、十分な科学的根拠がない)であることを根拠に、上記間隔については医師の裁量が認められる余地は相対的に大きくなるとしている。
ただし、本件では、被告医師はサーベイランス自体を全く実施していないことから、検査不実施の過失があるという結論はやむを得ないものと考えられる。 不作為型の過失行為における因果関係については、実際には生じなかった事実経過を推定することになるため、根拠資料が乏しい場合が多く、立証は困難となる。
このような患者側の立証困難に鑑み、過失と結果との因果関係について、高度の蓋然性(心証の程度は80%以上といわれる)が否定された場合であっても、相当程度の可能性(50%をかなり下回る証明度を許容する趣旨と考えられている)が認められる場合には慰謝料請求が認められるとするのが判例である(最判平成12年9月22日判決民集54巻7号2574頁)
同最高裁判決の原審は、最高裁と同様の結論を期待権侵害に基づき認めており、因果関係において「相当程度の可能性」が否定された場合でも「期待権侵害」による慰謝料請求が認められるか否かが問題となる。
本件では、そのような場合に期待権侵害による慰謝料を認めた点が注目される。
なおその後、最高裁は、このような期待権侵害のみを理由とする不法行為責任は、「当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討しうるにとどまる」と判示している(最判平成23年2月25日判決判タ1344号110頁)。