Vol.182 常位胎盤早期剝離、産科DICを発症して死亡した事案について、
過失および因果関係を認めた事例

―医療水準と羊水塞栓症の主張に対する因果関係の判断―

平成26年(オ)第1476号事件、判例秘書
協力/「医療問題弁護団」 佐藤 光子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 Aは、分娩のためY病院の産婦人科を受診したところ、常位胎盤早期剝離であると診断され、帝王切開で胎児を出産する手術を受けたが、出産後ショック状態に陥り死亡した。
 そこで、Aの相続人である夫と母(以下Xらという)は、手術を担当した医師であるYらには、常位胎盤早期剝離発症時における産科DIC防止に関する過失、産科DIC及びショックに対する治療に関する過失、出血量チェック及び輸血に関する過失、弛緩出血への対応に関する過失などがあり、Aの死はこれらの過失と相当因果関係のあるものとして、Y病院およびYらに対し損害賠償を請求した。
 原審は、Yらは、Aに対し、抗ショック療法及び抗DIC治療を開始すべき義務があったのに、これに違反した過失があるとした。しかし、Aの死亡当時の医学水準に照らした治療では、仮に、Yらが適切に抗ショック療法や抗DIC療法を実施していたとしても救命可能性がないとして、Yらの過失とAの死亡との間には相当因果関係が認められないとし、Xらの請求を棄却した。これに対し、Xらが控訴したのが本件である。

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判決

1 死因について

Xらは、Aのショックは出血性ショックであり、Aは適切な治療が行われれば救命可能であったことを前提にYらの過失について主張しているが、Yらは、本件ショックは、母体内に羊水成分が流入して発生した全身性のアナフィラキシーショックであり、本件手術の時点でAを救命することは不可能であったと主張し、結果回避可能性がなかったとしていることから、本判決では、まずAの死因について検討している。
本件手術開始から終了までに確認されただけでもAには3438㎖の出血があったことや、死亡後、Aの臓器に顕著な貧血が認められていたことなど諸事情を考慮し、本件ショックは出血性ショックであった可能性が高いと認定した。
一方、Aに羊水塞栓症が発生した可能性はあるものの、本件ショックがアナフィラキシーショックであり、全身性の血管攣縮によるものであることを示す症状が乏しく、直ちにこれを認めることはできないとした。
その上で、本件では、Aは、常位胎盤早期剝離によって、最終的に産科DICを発症し、そのことを主たる原因として死亡したと認められるものの、本件ショックについては、出血性ショックによる可能性が高いといえ、羊水塞栓症が発症し、それが重篤なDICの原因となったことも否定できないが、Aに羊水塞栓症による救命困難なアナフィラキシーショックが生じたことについては、認めることはできないと認定した。

2 過失について

①常位胎盤早期剝離発症時における産科DIC防止について

常位胎盤早期剝離の中でも胎児死亡例は極めて産科DICを伴いやすく、産科DICは重篤化すると非可逆性になり生命が危険となることから産科DICスコアを用いた状態の把握を行い、産科DICを認める場合には可及的速やかにDIC治療をすべきことは、臨床医学の実践における医療水準となっていたと認定し、Y 医師らは産科DICスコアのカウントを全く行わず、産科DICの確定診断に向けた血液検査なども実施しなかったものであって、産科DIC防止に関する注意義務違反が認められると認定した。

②産科DIS及びショックに対する治療に関する過失の有無について

本件手術以前に公表された一般的な医学文献において、産科出血及び産科ショックの症候として、一般に血液消失量の肉眼的評価は過少になるのでショックインデックスによる評価が推奨されていることから、産科出血ガイドラインは公表されていなかったとしても、本件の経緯をみると、遅くとも、手術前からショックインデックスによる評価を行って、本件ショックが発生した時点では速やかに輸血を実施すべきであったのに、Yらはそれをしなかったのであり、出血量チェック及び輸血に関する過失及びショックに対する治療に関する過失が認められるとした。

3 過失とAの死亡との間の相当因果関係の有無

①救命可能性

Aは常位胎盤早期剝離を契機とする産科DICが主たる原因となって死亡したものと認めるのが相当であるところ、常位胎盤早期剝離発症時における産科DIC防止に関する過失、ショックに対する治療に関する過失、出血量チェック及び輸血に関する過失がなかったならば、Aは適時に輸血などの抗ショック治療受け、産科DIC対策が行われて救命できたものと認められるとし、Yらの過失とAの死亡結果との間には因果関係があると認定した。

②羊水塞栓症の相当因果関係への影響について

羊水塞栓症については、Aに羊水塞栓症が発症した可能性はあるものの、急激に心肺虚脱をもたらす臨床症状を示すものではなく、DIC先行型羊水塞栓症であって、全身性のアナフィラキシーショックを伴うものでもなかったと考えられるところであり、適切な産科DIC対策が行われた場合には、その予後が悪いとはいえず、適切な治療が行われた場合に救命できなかったとは認めることができないものといわざるを得ないと認定し、Aに羊水塞栓症が発症していた可能性があることは相当因果関係の有無に影響しないとした。

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判例に学ぶ

 本件では、その当時の医療水準に照らしてYらに過失があるのかが問題になりました。また過失と死亡の相当因果関係を考える前提として、Aの死因について、経過を詳細に検討した上で認定し、因果関係につき判断しています。
 医療水準については、手術当時の一般的産科医にとって、常位胎盤早期剝離発症時には産科DICスコアを用い、可及的速やかにDIC治療を始めることは臨床医学の実践における医療水準となっていたとしています。

 また、輸血に関しては、産科出血ガイドラインには当時は公表されていなかったとしても、当時公表されていた一般的な医学文献で推奨されていたショックインデックスによる評価を行い、輸血を実施すべきであったのにしていなかったとしています。 
 このように、その時点の医療水準は、ガイドラインのみではなく、一般的な医師の共通認識となっているかや、一般的に公表されている医学文献ではどのようになっているかも判断要素とされます。

 また、Yらから羊水塞栓症に関連して救命可能性がなかったという主張がされていますが、本件では発症した可能性があるのはどのようなタイプの羊水塞栓症かを認定し、救命可能性についてもそれに応じた検討がされています。
本件では、Yらは、羊水塞栓症の救命事例は、そのほとんどがICUによる集学的管理・治療が行われたものであって、ICUのないY病院において救命することは不可能とも主張していましたが、DIC先行型羊水塞栓症の救命事例のほとんどがICUによる集学的管理・治療が行われたものであることを裏付ける証拠はないとされ、Yらの主張は採用することができないと認定されました。