CRPSは、①関節拘縮、②骨の萎縮、③皮膚の変化(皮膚温の変化、皮膚の萎縮)という慢性期の主要な3つの症状が障害のない側と比較して明らかに認められる場合には、後遺障害(本件では等級5級6号を認定)として罹患しているとされます。
本件のように、穿刺行為により患者に神経損傷の障害を与えた点に病院等の責任があるかが争われた裁判例は相当数あります。
責任を否定した裁判例には、そもそも後遺障害として罹患しているとまではいえないとするものや(東京地裁平成20年5月9日判決)、注射により損傷された神経が発症の原因となった神経であるとは認められないとして過失自体を否定したもの(岡山地裁平成23年6月14日判決)があります。
責任を肯定した裁判例には、採血による正中神経の損傷を認め、病院に責任を認めたものがあります(高松高裁平成15年3月14日判決)。
裁判例の傾向をみると、概ね次の点が重要な考慮要素とされているといえます。
① 穿刺行為直後から患者が痛みや痺れ等の異常を訴えているか。
② 穿刺行為の態様はどのようなものか。
③ 穿刺行為からいかなる神経の損傷が生じたのか。
④ 神経損傷特有の症状が発現しているか。
⑤ 患者の訴えに関する医師の診断が上記①から④と整合するか。
裁判例の結論別にみますと、正中神経損傷であれば穿刺を必要以上に深く行ったとして過失が認定され、正中神経損傷でなければ当該神経の走行は予測困難として過失が否定される傾向にあります。
しかしながら、本件は、橈骨神経浅枝の損傷であるにもかかわらず、穿刺行為の過失を肯定した点が特徴的です。
したがって、正中神経損傷がないからといって裁判の結果が読めるわけではないということを意味します。
穿刺行為は、体表の観察から神経の走行状況が把握できない中で行われるため、医療機関が法的リスクを回避するためには、より一層慎重な対応が求められます。
医療機関においては、穿刺行為に際して、常に患者の痛みの有無を確認し、痛みの訴えや違和感が生じたら直ちに針を抜く(少なくとも、穿刺を進めない)といった対応が必要です。
また、医師及び看護師に対し、継続的に穿刺の手技のスキルを確認するような研修等を実施することもトラブルの予防のために有用だと考えます。