Vol.184 終末期患者の延命措置に関する方針決定の在り方について

―終末期患者について延命措置を実施しなかった病院の損害賠償責任が否定された事例―

東京地方裁判所平成28年11月17日判決・延命措置不実施 平成26年(ワ)第25447号
協力/「医療問題弁護団」 山本 悠一弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 亡Aは、Y2及びY3と同居していたが、平成19年(以下同様)6月18日、脳梗塞による意識障害の発作を起こし、Y法人が開設する病院(以下「Y病院」という)に緊急入院した。
亡Aは、6月22日から8月15日までの間及び同月21日から同月22日までの間、経鼻経管栄養の注入を受けていたところ、亡Aを看護していたY2は、8月15日、経鼻経管栄養の注入速度を速めた。
亡Aは、前記注入速度を速めた後の同日午後5時ころ、経管栄養剤様のものを嘔吐した。
亡Aの治療に当たっていたD医師は、9月7日、Y2との間で、亡Aにつき自然に経過を見る方針を確認したが、Y2がY3(Y2の妻)と共に延命措置を拒否したため、亡A本人及び亡Aの長女Xの意思確認をせずに、延命措置を取らないこととした。
そうして亡Aは、9月8日、敗血症及び急性腎不全により死亡した。

 Xは、Y2が経鼻経管栄養の注入速度を速めたことにより亡Aは誤嚥性肺炎を発症し、Y2がY3と共に延命措置を拒否し、Y病院が亡A及びXの意思確認をせずに延命措置を実施しなかったため、続発した敗血症及び急性腎不全により死亡したと主張して、Y病院らに対し損害賠償を求めた。

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判決

1 経管栄養の注入速度の変更について

経管栄養は医療行為であり、嘔気等の各種副作用や誤嚥性肺炎の危険もあるため、医師の指示に基づいて行う必要があり、これを患者の家族が行うのは自宅での例外的場合に限られているのであるから、患者の家族であっても、医師の指示に基づかずに患者の経鼻経管栄養の注入速度を変更することは違法であるとして、Y2が医師の許可なく注入速度を速めたことは違法であるとした。
 他方で、Y病院については、患者の家族であっても、特段の必要性や緊急性もないのに病院の医療機器を医師等に無断で操作してはならないことは常識的なことであり、本件において、D医師がY2から医療機器の操作について質問されたり、Y2が医療機器を操作しているところを現認したり、Y2が医療機器を操作した痕跡を発見したりしたなど、Y2が病院の医療機器を医師等に無断で操作する恐れがあるとうかがわせるような客観的事情があったとも認められないから、Y病院にとって、Y2が前記注入速度を速めることを予見することは不可能であったとして、Y病院に注意義務違反はないとした。

2 延命措置の拒否及び不実施について

延命措置を含む終末期医療の在り方については、家族の中でもさまざまな意見があり得るところであり、延命措置についていかなる意見を述べるかは個人の自由であるため、Y2が亡Aの延命措置を拒否したことをもって、それ自体が直ちに違法とは認められない。 もっとも、患者家族のうち医師等からキーパーソンとして対応されている者が、延命措置に関して患者本人や他の家族が自らと異なる意見を持っていることを知りながら、医師等に対してその内容をあえて告げなかったりした場合には、患者本人や他の家族の人格権を侵害するものとして違法と認める余地があり得るが、本件においてはそのような事実がないため、Y2が延命措置を拒否したことが違法であると認めることはできないとした。
また、D医師が延命措置を実施しなかったことについて、亡Aの意思を確認できない状態であったため、延命措置について亡Aに説明しなかったことをもって注意義務違反があるとは言えないとし、また、D医師がY2をキーパーソンであると認識し、Y2の意見を参考にして延命措置を取らなかったことが不合理であるとは認められず、そのような方法を取ることも医師の裁量の範囲内であるとした。

3 因果関係

経鼻経管栄養の注入速度を変更しても最終的に注入される栄養剤の分量は変わらないため、注入速度の変更が原因となって嘔吐する場合には、経鼻経管栄養の最中またはその直後に嘔吐するのが自然であるといえるところ、8月15日の経鼻経管栄養は遅くとも午後3時過ぎには終了したと認められ、亡Aが嘔吐したのは午後5時以降であったのだから、注入速度の変更が嘔吐の原因であると直ちに認めることができないことなどを理由に、因果関係の存在を否定した。

4 相当程度の可能性及び期待権侵害について

Y2は、医師でなくその他の医療従事者でもないため、相当程度の可能性及び期待権侵害の法理のいずれも適用する前提を欠くとした。

5 結論

以上から、Xの請求は理由がないから棄却された。

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判例に学ぶ

(1)本判決の意義
本判決は、終末期患者の延命措置に関する方針決定の在り方という、医療訴訟の中でも比較的珍しい論点に関する判断を示している。
終末期における治療の開始・不開始及び中止等の医療の在り方の問題は、従来から医療現場で重要な課題となっていたことは周知のとおりであるが、本判決は、厚生労働省が平成19年5月に策定した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」 に沿って検討しており、今後の同種事案に対する医師及び医療従事者の対応において参考になる。

(2)患者家族が経鼻経管栄養の注入速度を速めた点について
患者家族が経鼻経管栄養の注入速度を速めた行為については違法性を認定しながらも、病院側には違法性を認めなかった理由は、「Y2が病院の医療機器を医師等に無断で操作する恐れがあるとうかがわせるような客観的事情」が認められなかったからであるといえるため、担当医師らにおいて、患者家族が医療機器を医師等に無断で操作する恐れ があるとうかがわせるような客観的事情があった場合には、当該患者家族に対して、当該行為を防止する措置が必要になると思われる。

(3)患者家族による延命措置の拒否について
患者家族が延命措置を拒否したことの違法性に関しては、延命措置を拒否したこと自体が直ちに違法であると認めることはできないものの、患者家族のうち医師等からキーパーソンとして対応されている者が、延命措置に関して患者本人や他の家族が自らと異なる意見を持っていることを知りながら、医師等に対してその内容をあえて告げなかった場合には、患者本人や他の家族の人格権を侵害するものとして違法と認める余地があるとした。
他方で、病院の責任に関しては、医師は、終末期医療の方針決定において、患者の意思が確認できる場合には患者の意思決定を基本とし、患者の意思が確認できない場合には、医師が患者の家族の全員に対して個別に連絡を取ることが困難な場合もあることなどを理由に、家族の中のキーパーソンを通じて患者家族の意見を集約するという方法が不合理であるとはいえないと判断されている。
そのため、現場の医師らにおいて、キーパーソン以外の家族がキーパーソンと異なる意見を有していることを認識している場合には、当該家族から個別に意見を聴くなどして、患者家族との間で十分な話し合いを経た上で、患者にとって最善の治療方針を決定すべきであることを今一度心に留めておく必要がある。