(1)本判決の意義
本判決は、終末期患者の延命措置に関する方針決定の在り方という、医療訴訟の中でも比較的珍しい論点に関する判断を示している。
終末期における治療の開始・不開始及び中止等の医療の在り方の問題は、従来から医療現場で重要な課題となっていたことは周知のとおりであるが、本判決は、厚生労働省が平成19年5月に策定した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」
に沿って検討しており、今後の同種事案に対する医師及び医療従事者の対応において参考になる。
(2)患者家族が経鼻経管栄養の注入速度を速めた点について
患者家族が経鼻経管栄養の注入速度を速めた行為については違法性を認定しながらも、病院側には違法性を認めなかった理由は、「Y2が病院の医療機器を医師等に無断で操作する恐れがあるとうかがわせるような客観的事情」が認められなかったからであるといえるため、担当医師らにおいて、患者家族が医療機器を医師等に無断で操作する恐れ
があるとうかがわせるような客観的事情があった場合には、当該患者家族に対して、当該行為を防止する措置が必要になると思われる。
(3)患者家族による延命措置の拒否について
患者家族が延命措置を拒否したことの違法性に関しては、延命措置を拒否したこと自体が直ちに違法であると認めることはできないものの、患者家族のうち医師等からキーパーソンとして対応されている者が、延命措置に関して患者本人や他の家族が自らと異なる意見を持っていることを知りながら、医師等に対してその内容をあえて告げなかった場合には、患者本人や他の家族の人格権を侵害するものとして違法と認める余地があるとした。
他方で、病院の責任に関しては、医師は、終末期医療の方針決定において、患者の意思が確認できる場合には患者の意思決定を基本とし、患者の意思が確認できない場合には、医師が患者の家族の全員に対して個別に連絡を取ることが困難な場合もあることなどを理由に、家族の中のキーパーソンを通じて患者家族の意見を集約するという方法が不合理であるとはいえないと判断されている。
そのため、現場の医師らにおいて、キーパーソン以外の家族がキーパーソンと異なる意見を有していることを認識している場合には、当該家族から個別に意見を聴くなどして、患者家族との間で十分な話し合いを経た上で、患者にとって最善の治療方針を決定すべきであることを今一度心に留めておく必要がある。