Vol.185 説明内容の記録化の留意点

―未破裂脳動脈瘤治療の説明義務違反が問われた事例を参考に―

東京地裁平成25年3月21日(ウエスト・ロー)
協力「/ 医療問題弁護団」 松田 耕平弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 2008(平成20)年1月下旬、患者(当時84歳7ヶ月・女性)は、近医で偶然に発見された未破裂脳動脈瘤の精密検査のために被告病院(大学病院)を受診した。
被告病院は脳血管造影検査等を行った上で手術が必要だと判断、同年2月7日、本件患者の右内頸動脈の無症候性未破裂動脈瘤に対し、予防的に開頭クリッピング手術(以下「本件手術」という)を実施した。
しかし、手術では動脈瘤をクリッピングできなかっただけでなく、右大脳半球の広範な脳梗塞と後遺症としての意識障害・嚥下障害を生じ、約半年後の同年7月下旬、意識障害を原因とする誤嚥性肺炎により死亡した。
 患者の遺族は、被告病院には、手術適応がないのに適応があると判断した過失(適応違反)、手術を実施するために必要な説明義務を怠った過失(説明義務違反)があるとして、損害賠償を求める裁判を提訴した。

説明義務に関する争点

 本稿では説明義務違反について採り上げる。
 患者側は、「十中八九大丈夫」など、一般的な患者が抱える以上のリスクはなく比較的安全な手術であり具体的な危険性に関する説明はなかったと主張。
これに対し病院側は、本件患者には一般患者よりも相当高いリスクがあることを詳細に説明し、「十中八九」という言葉もリスクが「10%かそれ以上」とかなり高いという趣旨で用いたと反論した。
 なお、本件の特徴として、被告病院が主張するようなリスクが高いことの説明を行ったところ、患者はそれを理解し、それでも手術を希望したいという経緯の詳細を、主治医が手術の直後(合併症発症後)にカルテに記載しており、この記載の信用性も争点となっている。

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判決

 判決は、次の理由から説明義務違反を認定し、220万円の損害賠償義務を認めた(適応違反は否定)。

リスク説明の有無

 承諾書裏面には、定型文字で本件手術の合併症が多数列記されており、また、「100%安全な手術」という部分に囲みが付けられ、「生命に関わることもあり」という部分に下線が引かれていることに照らせば、本件手術の合併症、死亡の危険性についても、明示的に説明した形跡がうかがわれる。
 しかし、術後にカルテ記載された術前説明の経緯は、本件手術が不成功となった後、教授が主治医に指示し、記載させたものであることは争いがないのであり、そうすると、その客観性が高いものと認めることはできないし、なにより本件承諾書の医師記入欄に、「出血、梗塞による脳損傷、左マヒ、感染症など」といった合併症を羅列した記載しかなく、危険性の程度については何ら触れられていないことに照らせば、10%かそれ以上の危険性があることを説明したとの被告の主張を軽信することはできない。
 主治医は、患者の家族が本件手術に対し強い希望を持っており、早期の手術を希望していたため、むしろ冷静になってもらう方向での説明が必要であると感じていたというのであるから、術前説明においても、その点が十分に意識されるべきものであり、口頭で本件手術の危険性を具体的に説明したのであれば、その旨、記録が残されるのが合理的であるところ、そうした記録がない以上は、被告の主張するような説明がされたと認めることはできない。
手術のリスクについての説明内容

 高齢であるため手術の危険が高まる旨の一般的な説明がされていたとしても、当該患者において、手術の危険性が全体として、どの程度高まり得るのかについて、数値を示すなどの方法により具体的に説明されなければ、患者において、その危険性が、手術の必要性、有効性との比較において、見合ったものであるのか否かを判断することができず、本件手術の危険性の高さを認識するために、十分な情報が提供されたということはできない。
 「十中八九可能」という表現は、手術に全く危険がないとの意味ではないものの、説明を受ける患者側からすれば、通常、手術が安全であるとの意味に受け取るのであって、しかも、合併症の危険に関する発言でもないことからすれば、このような説明を、手術に10%か20%程度の危険があるとの意味に解することはできない。

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判例に学ぶ

説明内容を記録化する上での留意点

 裁判所は、仮に、被告病院の主張するように、危険性を正確に伝えたのであれば、そのことをうかがわせる記載が、承諾書やカルテにあってしかるべきであるが、承諾書にはそのような記載がないことから、被告が主張するような10~20%という高い危険性の説明はなかったと認定した。
一方、カルテには被告の主張に沿う記載はあったものの、合併症が発生した後に記載されたものであることを理由に信用性を否定した。
 患者や手術が抱えるリスクは事案に応じてさまざまであるが、特に一般的なレベルを超えて重大なリスクが予想される場合や特別な施術を行う場合などは、それらについて分かりやすく具体的に説明した上で、定型の説明・承諾書にサインをもらうだけではなく、特記事項として説明内容の詳細と患者の受け止めなどを記載しておくことが、紛争の予防という観点からは望ましいといえる。
また、カルテや承諾書への説明内容・経過の記載は、術後ではなく、説明後速やかに行うことが求められる。

リスク説明に当たっての留意点

 合併症や危険性等のリスク説明は、承諾書等に列記されている一般的な事項にとどまらず、個々の患者が抱える事情に応じた具体的な説明が求められる。
また、リスクの発生確率等が学会や施設などによってある程度統計的に報告・把握されている場合は、その数値を示すなどの説明も必要となることがある。
 なお、「十中八九可能」という言葉は、一般的には安全性を肯定する意味で使われるものであり、患者もそのように受け止めるのが通常である。
病院側が主張するように、危険性が10 20%程度と相当高いことを伝えるために用いたのであれば、用い方として不適切と判断されてもやむを得ないと思われる(リスクについて「飛行機事故並みの確率である」との説明が問題となった裁判例として東京地裁平成4年8月31日)。

インフォームド・コンセントの記録化の意義

 患者が自身の病気とこれに対する治療方法と内容を把握し、どのような治療方法を選択するかを決断する上で、インフォームド・コンセント(説明と合意)は重要である(医師と患者による情報と決断の共有)。
 そして説明時の詳細を記録しておくことは、医師と患者がどのような情報を共有し、どのような理由から当該診療行為を選択(決断)するに至ったのかを把握可能とし、医療事故の発生予防や、万一事故が発生した場合の原因究明と再発防止策の策定に当たっても有用と言われている。
 群馬大学医学部附属病院は、腹腔鏡手術等による一連の医療事故の患者遺族会の要望を受けて、再発防止策の一つとして、本年1月より、一部の診療科においてではあるが、インフォームド・コンセントの模様をICレコーダーで録音することを試験的に導入した。こうした試みも参考にしつつ、他の医療機関でも記録化のためのさまざまな取り組みが進むことが期待される。