Vol.186 試行的医療ないし診断的治療における医師の注意義務

―ベンゾジアゼピン系薬物を使用した非回転性めまいへの試行的治療について、 適応は欠かないものの説明義務違反があるとされた例―

名古屋地裁平成29年3月17日判決・裁判所ウェブサイト掲載
協力/「医療問題弁護団」 飯渕 裕弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 原告(当時40代男性)は、以前から非回転性めまいを訴えて通院し、平成16年4月21日、同症状等につき、被告病院を初診した。
被告病院医師は、同年7月14日以降、ベンゾジアゼピン系薬物(以下「BZ」という)で抗てんかん薬として処方される、ランドセン(一般名クロナゼパム)を処方した。
ランドセンは、めまいの症状軽減に効果があったと思われたため増量されたが、体重減少等もあって同年8月頃から、原告は徐々にランドセン減薬を試みたものの、減量により不安感等が生じ、その後、平成18年1月から3月まで、BZの離脱症状である不安感、焦燥感等が生じた。
非回転性めまいには、本件当時、医療水準として確立した一般的治療法はなかった。
被告病院では、平成13年、慢性ふらつき・めまいの症状に関する研究(「X研究」)が行われ、抗けいれん薬がふらつき度の高いめまい感症例に対して有効である可能性が高いという結果が得られた。
研究の成果は、医師らによって各種学会や文献で発表され、脳波異常の認められるめまいの症状を有する患者に対し、抗てんかん薬を投与する治療方法は、他の複数の医師によっても実施されていたが、同研究対象症例は18件のみで、研究の有効性を証明するためのプラセボ無作為化二重盲試験は行われていなかった。

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判決

 1 裁判所は、原告主張の複数の過失のうち、BZ依存となって重篤な離脱症状を生じたのは、被告病院医師が、①BZを適応のない症例に投与しない注意義務に違反し、②BZに関する説明義務に違反した、との主張につき、①につき否定・②につき肯定した。
なお、説明義務違反がなければ原告がランドセンを服薬せず離脱症状も生じなかったとして、結果との因果関係も認めた(損害額〔認容額〕は約117万円)。

 2 すなわち、前記のX研究の概要から、「原告に対しランドセンの投与が行われた当時、X研究で得られた知見によって、抗けいれん薬の投与による慢性めまい症の治療が医療水準として確立していたとまでは認められず」、また「原告については、脳磁計検査の結果、脳異常が認められなかったのであるから、原告に対する投与は診断的治療として行われた」ことを前提に、「医療水準として確立していない治療法であっても、それが医学的に相応の合理性を有するのであれば、当該治療が違法であるとはいえず、また、診断的治療は、一般的に、医師の合理的な裁量において行うことが許容さ」れ、(X研究の効果につき)「臨床上、原告への投与以外にも、デパケンR以外の抗てんかん薬(カルバマゼピン、クロナゼパム)が使用されて効果が認められていた例があ」り、副作用についても「比較的離脱症状が出にくいとされていること、離脱症状は急激な減薬又は中断によって生じるもの」 であることから、「診断的治療として投与したことも含めて、G医師が原告に対しランドセンを投与したことは、医師の合理的な裁量で行うことが許容されるもの」であった。

 3 他方、前記②説明義務については、「医師が患者に対して行うべき説明の程度は実施される医療行為の内容との関係でみるべきであり、一般に、医療水準として確立していない治療法を行う場合や診断的治療を行う場合には、患者が当該治療を受けるかどうかについての選択の幅は大きいと考えられるから、医学水準として確立した治療法を行う場合と比較して、提供されるべき情報も十分なものでなければならず、その意味において医師には高度の説明義務が課せられていると解するのが相当であ」り、「原告に対するランドセンの処方は、医学的に相応の合理性がある治療法であったといい得るが、X研究自体が、医療水準として確立した治療法であったというわけではなく、ランドセンを用いて行われた研究でもない上、G医師の証言によれば、原告に対する投与を行うまでにランドセンを投与して有効性を認めた症例があったとはいえ、その件数は10件程度にとどまり、脳波検査上は異常が認められない症例においては、診断的治療として行う面もあったものである。
これらの事情は、患者が当該治療を受けるか否かを選択するに当たって重要な事項であるといえる」として、①医療水準として確立したものではないことも含めたX研究の概要、②X研究とランドセン投与との関係、③ランドセンがX研究において使用されたのとは異なる治療薬であること、④原告には脳波異常が認められていないことから診断的治療として投与するものであること、⑤ランドセンの副作用として、長期服用によって依存(臨床容量依存)を形成し、急激な減薬・中断を行った場合に離脱症状が生ずる可能性があること、について説明する義務があるが、これを説明してないとして、説明義務違反を認めた。

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判例に学ぶ

1 本件は、確立した標準的治療法のない非回転性めまいに対する治療法の当否およびその際の患者に対する説明が問題となったものです(他の争点は割愛)。
「試行的医療」とは、確立した医療水準にない医療行為で、データ収集等の実験的側面を併有するものとされます(治験や臨床研究も概念的にはこれに含まれるでしょう)。

試行的医療は、従来治療困難とされてきた方に治療の途を開く可能性はもとより、医療の発展に資するというメリットがある半面、効果や安全性が未確立であって、副作用等の有害情報も少ないとのデメリットもあることから、標準的治療とは異なる特性があります。
試行的医療の問題は、試行的医療を実施したことが問題となるものと、試行的医療が実施されなかったことが問題となるものとがあり、本件は、前者です(不実施義務違反型)。

2 試行的医療の実施の許容性については、当該医療の目的、医学的根拠の有無、医療水準適合性、当該患者への適応性、必要性、旧来の治療法の有無(それとの比較対照)、副作用防止のための方策や継続・取りやめの判断時期、危険性とその対処方法、等を考慮すべきとの考え方があります。
 本件でも、判決は、臨床研究として一定の効果や実績があったこと、副作用の危険性等について証拠(知見)から具体的に検討した上、合理性のあったものであるとしています。

3 次に、試行的医療の実施自体が許されるとしても、試行医療の前記特性からすると、医師が何をどこまで説明するかについても、標準的治療法の場合と比べて、厳格な検討が必要と思われます。
大阪地裁平成20年2月13日判決(判タ1270号344頁・本誌2016年1月号掲載)も、試行的医療であるためこの点を厳格に検討していると思われます。
 何を説明すべきかについては一概にいえませんが、一般的には、試行的治療の目的、必要性・合理性、相当性等が説明事項検討の切り口となるとされます。
本判決は、試行的医療の場合には説明義務も高度なものになると解した上、「患者が当該治療を受けるか否かを選択するに当たって重要な事項」を説明すべきとして、X研究の内容、同研究と今回治療の異同、危険性等を説明すべきとしています。
したがって、リスクだけでなく、当該試行的医療が試行的医療であることおよびその内容(段階)、自分が受ける治療との関係性等の、試行的医療であることを踏まえて患者が同治療を受けるかどうか選択できるような事項は説明するのが望ましいといえそうです。
 本判決は地裁判決ですが、日々、新しい医療に向き合われる方に、これに取り組む際の留意点について示唆を与える判決と思われ、ご紹介する次第です。