1 本件は、確立した標準的治療法のない非回転性めまいに対する治療法の当否およびその際の患者に対する説明が問題となったものです(他の争点は割愛)。
「試行的医療」とは、確立した医療水準にない医療行為で、データ収集等の実験的側面を併有するものとされます(治験や臨床研究も概念的にはこれに含まれるでしょう)。
試行的医療は、従来治療困難とされてきた方に治療の途を開く可能性はもとより、医療の発展に資するというメリットがある半面、効果や安全性が未確立であって、副作用等の有害情報も少ないとのデメリットもあることから、標準的治療とは異なる特性があります。
試行的医療の問題は、試行的医療を実施したことが問題となるものと、試行的医療が実施されなかったことが問題となるものとがあり、本件は、前者です(不実施義務違反型)。
2 試行的医療の実施の許容性については、当該医療の目的、医学的根拠の有無、医療水準適合性、当該患者への適応性、必要性、旧来の治療法の有無(それとの比較対照)、副作用防止のための方策や継続・取りやめの判断時期、危険性とその対処方法、等を考慮すべきとの考え方があります。
本件でも、判決は、臨床研究として一定の効果や実績があったこと、副作用の危険性等について証拠(知見)から具体的に検討した上、合理性のあったものであるとしています。
3 次に、試行的医療の実施自体が許されるとしても、試行医療の前記特性からすると、医師が何をどこまで説明するかについても、標準的治療法の場合と比べて、厳格な検討が必要と思われます。
大阪地裁平成20年2月13日判決(判タ1270号344頁・本誌2016年1月号掲載)も、試行的医療であるためこの点を厳格に検討していると思われます。
何を説明すべきかについては一概にいえませんが、一般的には、試行的治療の目的、必要性・合理性、相当性等が説明事項検討の切り口となるとされます。
本判決は、試行的医療の場合には説明義務も高度なものになると解した上、「患者が当該治療を受けるか否かを選択するに当たって重要な事項」を説明すべきとして、X研究の内容、同研究と今回治療の異同、危険性等を説明すべきとしています。
したがって、リスクだけでなく、当該試行的医療が試行的医療であることおよびその内容(段階)、自分が受ける治療との関係性等の、試行的医療であることを踏まえて患者が同治療を受けるかどうか選択できるような事項は説明するのが望ましいといえそうです。
本判決は地裁判決ですが、日々、新しい医療に向き合われる方に、これに取り組む際の留意点について示唆を与える判決と思われ、ご紹介する次第です。