Vol.188 退院の際の説明義務違反

―激しい息切れを起こして入院した患者が、退院後DICを発症、死亡した事例―

大阪地裁平成27年5月11日 判例時報2304号 62頁/大阪高裁平成27年11月11日 判例時報2304号54頁
協力/「医療問題弁護団」 村手 亜未子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 亡A(当時52歳男性)は、平成20年9月18日夕方ごろ、激しい息切れとひどい下痢の症状を訴え、 被告Y病院の夜間外来を受診した。
後に主治医となる医師Bが、聴診して胸部腹部X線検査を行ったものの異常は認められなかったが、検査のため2週間の入院となった。
胃、十二指腸検査、頭部CT検査の結果いずれにも異常はなかったが、血液検査の結果は、白血球数16,100/μl、血小板数258,000/μl、CRP3・1、酸素飽和度85%であり、体内で何らかの炎症が起きていることが確認された。
一方、便が漏れ出したまま寝かされていたのを亡Aの妻Xが気付き、同月20日、 Yの院長であるCに対し、適切な看護が行われていないと苦情を申し立てた。
C院長は、不満があるなら退院するよう述べ、退院できるか尋ねたXに対し、血液検査で炎症反応が認められたものの他の検査では異常は見つかっていないこと、カルテ等の精神不安との記載を取り上げて、精神的な原因によるものなので退院して差し支えないと述べた。
この際、C院長は、Xに対し、主治医Bが重大な疾患を疑っていることやさらに複数の検査の実施を予定していることを説明しなかった。
また他の病院の受診も勧めなかった。
亡Aは同日Y病院を退院し自宅で療養していたが、同月22日、亡AはY病院に通院して検査を継続することとなり、同月25日にY病院の注腸造影検査を予約した。
同月25日、亡Aは、Y病院を訪れたが、脱水状態と全身状態の悪化を理由に造影検査は中止され、血液検査、尿検査、胸部X線の検査等を受け、亡Aは帰宅した。
血液検査の結果は白血球数16,900/μl、血小板数92,000/μlであった。
同月26日、主治医Bは、血液検査の結果と亡Aの全身状態から DIC(播種性血管内凝固症候群)を発症していると診断し、亡Aは直ちに再入院した。
同月27日には感染性心内膜炎の確定診断を受け、同月29日D病院に転院したが、10月15日に多臓器不全で死亡した。
なお、亡Aには、著しく進行した歯槽膿漏があった。
Xら遺族はY病院に対し、損害賠償として金1500万円を請求した。

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主な争点と判決

1.主な争点
①退院時の説明義務違反
②再通院から感染性心内膜炎の確定診断を受けるまでに血液凝固検査、心エコー検査を行わなかったことについて義務違反
③過失と死亡との間の因果関係

2.判決
Y病院はXらに対し、合計330万円の支払え(Xら一部勝訴)。

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争点に関する判断

1.退院時説明義務

医師ないし医療法人は、患者との間で診療契約を締結した以上、当該患者に対する診療行為を終了させるにあたっては、当該患者の有する病態の現状や治癒に至っていない場合の将来的な治療の必要性及び治癒の可能性等について患者あるいはその家族がすでに十分に理解しているとか、それらに関する説明を患者が明確に拒否したとか、患者にそのような説明をしないことについて法令上の根拠その他正当な理由があるなどの特段の事情のない限り、当該患者に対しては、それまでの診療経過をもとに上記説明をする(高次医療機関等に対する転送時には必要な情報提供としての申し送りをする)義務がある、と判示した。

2.再入院後の診療義務違反

9月25日に血液凝固検査を行わなかった点については血液凝固検査の早期実施が時間的に不可能であり、全身状態の悪化と脱水状態という外形的事情だけでは、過失を認めることはできないとした。
また、9月26日に心エコー検査を実施しなかった点については、 DICの基礎疾患が感染性心内膜炎等の感染症に限られるものではないこと、亡Aに心疾患の既往歴もなく感染性心内膜炎の特徴となる所見もなかったこと、主治医Bが消化器外科の専門医であったことなどを理由に、心エコーの不実施は医療水準に反しないとした。

3.因果関係

退院時の説明義務を尽くし抗凝固療法を数日早く実施していたとしても、血小板数の減少や抗凝固療法、抗生剤の投与の不奏功の結果を見れば亡Aが発症したDICの増悪傾向が非常に強いものであったと認められ、説明義務違反と死亡の結果との間に相当因果関係を否定した。
なお、因果関係に関しては原告らが提出した医師の意見書には早期に感染性心内膜炎を診断していれば救命率60~80%と記載されていたが、同意見が手術を前提にしたものであり、本件は手術適応になかったことから上記判断となった。

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判例に学ぶ

本件では、病院の行った診療行為について病院に責任はないとしたが、退院時の説明義務違反があるとして、病院側の責任を一部認めた事案である。
医師に説明義務があることについては今日異論がないところであるが、その内容は事案によって個別に異なり、一義的ではない。
本件では、退院時のやりとりを詳細に事実認定し、原則として病態の現状、将来的な治療の必要性、治癒の可能性等について十分な説明が必要であるとし、ただし①患者が病気についてすでに十分な知識を得ているケース、②患者が説明を受けることを明確に拒否したケース、③説明を行わないことに法令上の根拠その他正当の理由があるケースは除かれると述べた。ここでいう説明を行わないことに法令上の根拠があるケース(③)とは、法律により医師に強制治療の権限が与えられているケース等を指す。

訴訟では、医療機関、患者、疾病、診療科目、実施しようとする医療行為、医療の段階など個別具体的な事情が主張され、それらを考慮した上で個別具体的な説明義務の内容が定められる。

本件についていえば、
・本件被告病院は、内科、消化器外科等を診療科目とする総合病院
・患者は52歳男性で接骨院経営者
・高血圧と糖尿病の治療のため近隣の診療所に定期的に通院していた
・心疾患の既往歴はない
・2週間の入院予定であって、検査途中の段階であったこと

などが総合的に考慮されて上記の説明義務の内容が定められたと考えられる。
また、本件では、患者家族と病院が、患者への対応を巡ってトラブルになっており、主治医の検査計画、見立てについて、主治医との連携がどの程度取られていたのか明らかでない。
本件患者家族は、精神疾患によるかのような説明に納得しなかったものの、院長の発言内容や態度から病院に対する不信感を強めて退院をした。
病院が患者家族への対応に苦慮することも少なくないと思われるが、患者のためにも、病状や今後の検査予定など診療計画とその履行の状況については十分に説明を尽くしておくべきである。