Vol.187 医薬品の副作用等の安全性に関する説明義務

―医薬分業下における薬剤師の服薬指導義務と医師の説明義務―

秋田地裁平成30年2月16日判決(平成28年(ワ)128号)
協力/「医療問題弁護団」 加藤 貴子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

 X1は、平成25年12月24日、A病院(被告病院)で、B医師(呼吸器内科)の診察を受け、同月26日に肺非結核性抗酸菌症と診断された。
B医師は、抗結核薬等複数の医薬品を処方した(抗結核薬のうちエブトール250㎎錠[以下「EB錠」という]が今回問題となった医薬品である)。
X1は、処方されたEB錠を服用していたが、平成26年2月下旬頃パソコン画面の下側が乱反射しているように光って見え、同月28日頃には、左眼にもやがかかったように見えなくなったため、同年3月1日にEB錠の服用を中止した。
同日、C眼科を受診したところ、D医師は、エタンブトールによる中毒性(薬剤性)視神経症の可能性が考えられるとして、大学病院を紹介した。X1は、同年4月11日から大学病院への通院を始めたが、平成27年1月30日、両眼失明の診断を受けた。
そこで、X1およびX2(X1の配偶者)が、B医師には①EB錠処方の際に視力検査をすべき注意義務違反および説明義務違反、②投与後に視力検査等を定期的に行うべき注意義務違反、③EB錠の投薬を中止すべき注意義務違反があったとして、損害賠償請求をしたという事案である。

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判決

1 争点 ①――EB錠を処方する際の検査、説明義務違反

(1)検査義務違反について

 EB錠の添付文書には、「視力障害があらわれることがあるので、視力検査等を十分に行い、投与すること」、「(略)本剤の投与開始前に、あらかじめ少なくとも視力検査及び外眼検査を実施すること」と記載されている。
しかし、①「原告X1に『原則禁忌』とされる視神経炎が生じていたこと」はうかがわれないこと、②処方後に兆候等を早期発見することが重要であるとする知見が多いこと、③被告病院において、EB錠による視神経障害を疑わせる所見が認められた例は1%未満であり、症状出現後であっても、投与中止によって速やかに改善していたことから、検査をしなかったことについて特段の合理的理由があるとして、注意義務違反を認めなかった。

(2)説明義務違反について

 EB錠の添付文書には、「患者に対し、〈1〉本剤の投与により、ときに視力障害があらわれること、〈2〉この視力障害は、早期に発見し、投与を中止すれば可逆的であること、(略)〈4〉視力の異常に気づいたときは、直ちに主治医に申し出ることを十分に徹底すべきである旨が記載されている。」「EB錠は(略)副作用として視力障害をもたらすおそれがあり、一定割合でそれが生じることは避けられないのであるから、発生した視力障害が重篤にならないよう、眼の異常の早期発見と速やかな医師への相談が重要となる。」「したがって、B医師は(略)視力障害への注意喚起を促すべく、少なくとも、EB錠を服用した場合には副作用として視力障害をもたらすおそれがあるから、視力の異常があればすぐに医師に連絡するように説明、指導すべき義務があったというべきである。」として、説明義務違反を認定した。

2 争点 ②――EB錠投与後に視力検査  等を定期的に行うべき注意義務

 EB錠の添付文書には、「本剤は視力障害を来すことがあるので、投与中は常に患者の観察、服薬指導を十分に行い、視力障害の兆候がみられたときは直ちに投与中止などの措置が必要である」、「「投与中は定期的に眼の検査を行い、異常が認められた場合には投与を中止し、精密な検査を行うこと」と記載されている。」。
問診の際、B医師は、目に関する聴取および各種検査等を行わなかったが、検査の頻度や内容については医師の一定の裁量を認め、B医師の「方針が著しく相当性を欠くものであったとまでは認められない。」と判断した。

3 争点 ③――EB錠の投薬を中止すべき注意義務違反

 EB錠の添付文書には、副作用の項目に、「(略)四肢のしびれ感」と「(略)発疹(略)」が挙げられており、両者とも、「発現した場合には投与を中止すること。」と記載されていた(前者については、継続投与の場合は慎重投与の記載あり)。
しかし、原告X1が訴えた「左肩、脇部分のしびれ」、神経性の痛み、しびれの増長などは、前記の「四肢のしびれ感」には合致せず、発疹についても、発疹は他の医薬品の副作用としても認められるものであることから、「同日の時点において、EB錠の投与を中止すべき義務があったとまでは認められない。」とされた。

4 結論

 B医師の説明義務違反は認められたが、説明等義務違反と原告X1の失明との間の因果関係は否定された。
もっとも、原告X1には「B医師から適切な説明指導を受けるべき利益があり、」「この説明等は、視力障害という人が生活していく上で重大な支障を及ぼしかねない副作用に係るものであることに」照らし慰謝料150万円が認められた。

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判例に学ぶ

1 添付文書と過失の推定

医師の注意義務の基準となるべきものは、一般的には診療当時の「いわゆる臨床医学の実践における医療水準」であるが、添付文書との関係においては、「医師が医薬品を使用するに当たって同文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される(最高裁平成4年(オ)第251号同8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁参照)。」とされている。

2 医師の医薬品の副作用についての説明義務

本判決では、添付文書の記載に照らして、B医師が注意事項に従ったか、あるいは従わなかったことに合理性があるかを検討した上で、投与前の説明義務違反のみを認定した。
被告は、説明義務に対する反論の一つとして、処方箋に基づいて調剤を行う薬剤師により副作用等の説明がなされると信頼することは相当であるとして、医師がEB錠による視力障害について説明する必要はないという主張をした。
本判決では、「医薬分業」は、「医師と薬剤師が診断、治療と調剤、服薬指導という専門分野に分かれ、それぞれの分野で薬剤治療に必要な指導を患者に行うことにより、医療の質の向上を図るもの」とし、平成25年に薬剤師に服薬指導義務が課されたものの、医師は患者に対し治療上薬剤を調剤して投与する必要があると認めた場合に処方せんを交付し(医師法22条)、薬剤師は、医師の処方せんに基づいて調剤し、そのなかに疑わしい点があるときは、当該医師に確認しなければ調剤してはならないこと(薬剤師法23条、24条)に照らすと、医師は医薬品の副作用を考慮すべきであり、医薬分業や服薬指導義務を踏まえても説明義務が免除・免責されることはないとして被告の主張を退けた。

3 本判決の意義

本判決が示すとおり、医薬分業が「医療の質の向上」のためのシステムであるならば、医薬品の安全な使用を実現するためには、医師と薬剤師が互いに一線を画すのではなく、互いの専門性を信頼しつつ、二重にチェックするということに重点が置かれなくてはならない。
なお、薬剤師法改正前の札幌地判平成19年11月21日(判タ1274号214頁)でも「薬剤の副作用についての説明は、基本的には薬剤を処方する医師が自ら患者に対して行うべき」とされた。
本判決は、医薬分業が進み、薬剤師に服薬指導義務が課せられた後においても医師は医薬品の副作用に関する説明義務を負うということを明らかにしたところに意義があると思われる。