過失(注意義務違反)と因果関係と損害が認められる場合、医療過誤に基づく損害賠償請求が認容される。しかし、患者側の因果関係立証が成功しないが、請求棄却では不合理な場合があり得る。そこで、下級審判決の中には、過失と損害との因果関係を立証できないときでも、当該医療行為が著しく不適切なものである事案においては、いわゆる期待権侵害として少額の損害賠償責任を認めたものがあった。
最高裁は、死亡ないし重大な後遺症の障害の事案において「相当程度の可能性」が立証できたときは一定の賠償を認め、それが下級審にも定着した。
その後、「期待権侵害」と「相当程度の可能性」の関係について議論があったが、最高裁は、患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が、患者に対して、適切な医療行為を受ける利益を侵害したことのみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものである、と期待権侵害について限定的消極的な姿勢を示した。
本最高裁(第三小法廷)判決は、先行する第一小法廷と第二小法廷の最高裁判決を引用し、このことを確認した。
本最高裁判決は、C医師が「ICU内で、看護師と連携しつつ、自らも直接診断することにより、術後出血の兆候を含めた被上告人の経過観察を続け、その結果に応じた看護師への指示等を行った」ことを示し、「適時に頭部CT検査が実施されなかったといえるとしても、このようなC医師の医療行為が著しく不適切なものであったといえないことは明らかである」と判示した。
また、「原審が適切であるものとして認定した医療行為を受けていたならば被上告人に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性が証明されたとはいえない」と判示した。
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医師にとっては、腫瘍摘出手術後の、特に術後出血が生じやすいとされる亜全摘の状態のまま終え手術の後の頭部CT実施義務についての高裁の判断が、参考になる。
本最高裁の裁判官山崎敏充の補足意見は高裁の過失認定に疑問を呈するが、失見当識が出現し、脳室ドレーン排液が水性から淡血性となっていた場合、従命可能な状態であっても、今後類似事案で頭部CT実施義務が肯定される可能性がある。
患者側にとっては、最高裁は、第一小法廷、第二小法廷に続き、第三小法廷も、「期待権侵害」について限定的消極的な姿勢を示したことから、今後「期待権侵害」より「相当程度の可能性」を主張立証すべきと思われる。
頭部CT実施義務違反と損害との因果関係が、高度の蓋然性のみならず相当程度の可能性も認められていないが、これは、患者側の立証方法とも関係する。
山崎補足意見が「匿名意見書の証拠価値については慎重な検討を必要とすることはいうまでもないところであり、やはり鑑定を実施するなどした上で、それにより得られた中立的な立場からの専門的知見を活用して、医学的見地からも十分説得力のある根拠を付した認定判断をすべき事案であったように思われる。」と指摘するとおり、法律家にとっては匿名意見書ではなく鑑定等の立証を考えるべきであったと思われる。