争点は主に以下の4つとされた。【1】11月13日午後8時の時点(CT画像の読影に要する時間を1時間とみて、それが経過した時点)で脳梗塞発症を診断できたか、【2】同時点で脳梗塞発症を鑑別する検査を行う義務があったか、【3】後遺症を回避または軽減できた相当程度の可能性があるか、【4】適切な医療を受ける期待権が侵害されたといえるかである。
1 診断義務(【1】)について
(1)患者Xは、11月13日午後の臨床症状には脳梗塞の徴候があり、かつ本件CT画像にはアーリーCTサインがあるため脳梗塞発症と診断すべきと主張した。これに対して、Y病院は、Xの症状はてんかん症状や右鎖骨術後の症状と矛盾せず、かつ、明らかなアーリーCTサインとはいえないと争った。
(2)判決は、Xの症状は、「てんかん発作と考えても矛盾しないと同時に、新たな脳梗塞の症状と考えても矛盾しないもの」で確定診断はできなかったとし、かつ、アーリーCTサインの読影が容易とまではいえず、脳梗塞発症を診断できなくても医療水準にもとると評価できないとした。
2 検査義務(【2】)について
(1)患者Xは、A医師はXの脳梗塞発症を疑いMRI、造影CT等の検査を行う義務があったと主張したが、Y病院はこれを争った。
(2)判決は、11月13日午後8時の症状は新たな脳梗塞発症と見ても矛盾せず、アーリーCTサインを疑う余地があるにもかかわらず、A医師が経過観察とした点を捉え、脳梗塞は早期に発見し治療を開始することで予後の改善可能性が高まる疾患であり、「早期に脳梗塞か否かを鑑別するための対応をする必要があった」と判断した。
そして、MRIの拡散強調画像または造影CTが鑑別検査として有効で、いずれも実施可能だったのだから、それら検査を行えば脳梗塞発症の診断ができたとし、検査義務違反を認めた。
なお、翌14日午前にもXの意識障害は継続し、てんかんとは別の病態を疑えたため、遅くとも14日午前の時点で検査義務があったともした。
3 後遺症を回避または軽減できた相当程度の可能性(【3】)について
(1)患者Xは、後遺症を回避または軽減できた相当程度の可能性があると主張した。これに対して、Y病院は、本件CT画像でアーリーCTサインがある場合の予後は不良であること、アスピリン等が投与されていたこと、11月16日にオザグレナトリウムの投与を開始したが転院後に中止されてしまったことから、相当可能性はないと争った。
(2)判決は、想定される治療法と回復可能性を順次詳細に検討した上、遅くとも11月14日の午前中までに検査義務を履行していれば脳梗塞の確定診断が可能となり、時間的にみて、「アルガトロバン、エダラボンおよびそれらの併用による投与ができたといえるところ、その場合にはオザグレナトリウムの単独投与と比較して」「予後が改善された可能性があった」とした。また、転院後にオザグレナトリウム投与が中止された点につき、患者親族の不信感が増幅するに至った経緯を挙げ、「Y病院の対応に一定の問題があったことにも起因している」とした。
さらに、後遺症はオザグレナトリウムの投与すら不十分であったために生じたとして、適切な投薬治療がされていれば後遺症を軽減できた相当程度の可能性があったと認定した。
4 期待権侵害(【4】)について
(1)「患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が患者に対して、適切な医療行為を受ける期待権の侵害を理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものである」とされる(最高裁平成23年2月25日判決)。
(2)本件では、検査義務違反につきXの症状がてんかん発作の再発とも理解し得たこと、アーリーCTサイン読影は容易とはいえないことなどから、著しく不適切な医療行為とまでは評価できないとし、期待権侵害を否定した。
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