本件は、事案や判決がやや古いものですが、それほど多くはない口腔外科関連とりわけ審美的な顎関連手術案件で在り、特に説明義務と患者の自己決定権のあり方について参考となるため紹介します。
説明義務の前に、患者の手技ミス主張について簡単に述べますと、判決では、顔面神経、オトガイ神経、橈骨神経について、いずれも手術や点滴針による直接損傷を認めませんでした。
患者の痛みの主訴が発現した時期や、おそらくは損傷過程の具体的主張ができなかったことが理由と思われます。
一般に、手術手技等の作為型ミスの裁判で、患者側が、あるべき手技と当該手術におけるその不具合、損傷までの具体的過程を立証することは極めてハードルが高く、また痛みの発現という個人差があり得るとも考えられる症状が認定の帰趨を左右しがちであるため、この判決からもあらためて、手術手技に対する責任の認められにくさを感じました。
インプラント事案を除けば口腔外科関連の訴訟は多くないものの、筆者の経験上、損害を金銭評価した場合に低額になりがちであるゆえに、患者の受けた被害が埋もれやすく回復されにくく、泣き寝入りするケースが多いのではないかという印象を持っています。
しかしながら、審美的口腔外科案件では、とりわけ医療行為の当初予定した「結果」への期待感が大きいこと、前記のような手技ミスが立証しにくいという患者側にすればハードルが高いこと、そして「インフォームド・コンセント」(以下「IC」といいます)すなわち説明による情報共有と患者の自己決定がとりわけ重要であること、などの特徴があります。
この裁判例紹介コーナーも長年にわたり、お読みいただいている医療者の方がたは、もはやICが「説明と同意」にとどまる、とお考えの方はあまりおられないと思います。
今日、ICは「患者の自己決定権の保障」、つまり患者が医師から得た情報・治療法の選択肢を自ら選ぶという意味です。裁判では、ICが適切になされていたのかは、医師に説明義務違反があったかどうかという形で問われます。
裁判で一般的に求められる説明義務の一般的要件についても、このコーナーで繰り返しご紹介していますが、本件はじめ口腔外科、形成外科、矯正歯科や美容外科のような審美的・整容目的での手術において、裁判例では「より詳しい説明」と「患者の熟慮機会の十分な提供」を求められます。
つまり、通常の手術の場合以上に、手術の審美・整容の結果、手術による傷痕の有無、合併症の具体的内容はもちろん予想される状況など、患者がその手術を応諾するか否かの判断材料と、判断するに十分な熟慮期間を患者に提供することが必要なのです。
本件では、手術をした大学病院は、術前矯正医で説明されていることも情報提供であると弁明したり、手術の結果生じる合併症についても具体的で詳しい説明をしていないこと(詳しい説明をしたとする主張は判決では疑いを持たれています)がうかがい知れ、患者に対して十分な詳しい判断材料の提供をしておらず、患者の自己決定権を侵害した旨判決で認定されています。
あらためて、審美的口腔外科における説明義務と患者の自己決定の重要性をお伝えするとともに、日々のICにおいて医師・医療機関に求められることとして、「その患者」に必要な情報の提供、「患者の目線」に立つ情報(患者が知りたいこと、不安なこと)の提供が求められることも、併せて強調したいと思います。