Vol.192 内視鏡的逆行性胆道膵管造影検査と経過観察

―内視鏡的逆行性胆道膵管造影検査により患者が急性膵炎を発症して死亡した事案―

長崎地裁佐世保支部平成18年2月20日判決(判タ1243号235頁)
協力/「医療問題弁護団」 白鳥 秀明弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

胆管異常の治療のため入院し、内視鏡的逆行性胆道膵管造影検査(以下「ERCP」という)を受けた患者が、検査後に急性膵炎を発症し、検査から4日後に重症急性膵炎を原因とする多臓器不全により死亡した。
患者の遺族は、検査を実施した病院を運営する法人(以下「本件医療機関」という)に対して、(1)患者にERCPの適応がないにもかかわらずこれを実施した適応違反、(2)ERCPに関する説明義務違反、(3)ERCP実施上の4つのミス、(4)ERCP実施後の経過観察義務違反などを理由として、患者の死亡につき本件医療機関に対して、慰謝料などの合計4200万円の損害の賠償を求めて提訴した。

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判決

裁判所は、(1)~(3)については、本件患者には、ERCPの適応があり、その実施に際しての患者への説明も不足はなく、ERCP実施上の手技などにも問題はなかったとして、いずれについても、医療機関側に過失や義務違反を認めなかった。しかし、(4)については、以下の通り判断し医療機関側の責任を認め、患者の死亡につき損害の賠償を命じた。

1 前提となる医学的知見
(本稿の読者に合わせ、判決文より簡潔な記載としている)

裁判所が認定した医学的知見は、以下の通りである。
ERCPに伴う急性膵炎発症の危険因子は、膵管への頻回な誤挿管と造影、検査終了後の摂食状況にある。
ERCP後膵炎は、初期治療が重要であり、診断でき次第速やかに治療を開始すべきである。処置の遅れは重症化を招く。
診断要素は、腹痛や継続的な血中膵臓酵素の上昇である。特に検査当日は、経時的に血清アミラーゼのチェックと自覚症状および他覚的所見の経過観察が必要となる。
治療は、絶飲食、補液、鎮痛などの保存療法が主となる。特に、無症候でも術後3時間は絶飲食、その後も、腹痛などが出現した場合には、経口摂取禁止が原則となる。
膵酵素阻害剤は、膵炎早期に投与されるほど、効果が期待できる。発症当日は、当初の12時間でフサンであれば10~60mg程度を補液と共に投与し、かつ半減期の関係から、24時間から48時間程度の持続点滴による投与が望ましい。(本件医療機関は膵酵素阻害剤の早期投与の効果について争ったが、)一般に推奨されている早期投与かつ持続投与の方法によった場合、重症膵炎に対して、死亡率の低減に寄与することは、明らかである。
ERCP後膵炎に対して、ソセゴンの単独投与はオッディ括約筋を収縮させるため、忌避すべきである。使用する場合にも、抗アセチルコリン剤を併用すべきである。

2 本件患者の経過と本件医療機関の対応

次に、裁判所は本件患者の経過とこれに対する医療機関について以下のような事実を認定した。
患者は、総胆管が拡張しておらず、挿管までに時間を要し3回の誤挿管と造影、多量の造影剤注入があった。
担当医師は術後1時間のみ絶飲食を指示し、その後は摂食制限を行わなかった。
患者は、検査後継続して腹痛を訴えていた。担当医師は、検査翌日の午前2時35分には多量の鎮痛剤投与を実施しており、同4時30分には黄色物の多量嘔吐があったが、血液検査が実施されたのは、同7時ごろであった。担当医は、この時点で絶食の指示を出したものの、絶飲は指示しなかった。
検査結果は、午前8時45分に判明し、患者の血清アミラーゼ値は、5002IU/Lとパニック値であったが、担当医師は、検査翌日の午前11時30分ごろに、フサン40mg/日の投与を指示したのみであった。
また、担当医師は、検査翌日に、ソセゴン1/2アンプルを3回にわたって患者に単独投与した。

3 結論

患者には、急性膵炎を発症しやすい種種の条件が備わっていたことを前提に、担当医師は、その発症を予測して、重症化を防止するために細心の注意を払うべき義務があったと認めた。
担当医師は、術後1時間の絶飲食を指示しただけで、その後の飲食を禁止せず、血液検査を怠り、患者の腹痛の訴えを軽視し、また必要量のフサンを投与せず、忌避すべきソセゴンを複数回投与した点について、注意義務違反の過失が認められ、これを患者の死亡との間に因果関係も認められるとして、本件医療機関に4120万円の支払いを命じた。

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裁判例に学ぶ

本件は、直接的な処置というよりも、検査実施後の経過観察を含む事後対応について、裁判所が、本件医療機関の責任を認めて、本件医療機関に対して請求額4200万円のうちほぼ満額認容の4120万円の支払いを命じた事案である。
いわゆる医療過誤訴訟の中では、直接的な医療行為そのものではなく事後対応について過失を認め、かつ損害をほぼ満額認容したという意味で、比較的数の少ない事案だと思われる。
本件と類似するERCP後の膵炎を扱った裁判例(大阪地裁平成12年9月28日判決)においても、同様に満額認容に近い1億3892万円余りの損害賠償請求が認められている。
いずれの事案も、ERCP検査を実施した医療機関としては、その治療水準にも問題はあったが、裁判所の認容の理由について検討してみたい。

一般に、作為によって生じた結果に対する責任と、不作為によって生じた結果に対する責任を、別の枠組みで判断されるべきものとされている。

ある者がある行為を行った場合、その行為によって生じた結果に対して、責任を取らなければならないことは当然であるから、責任を認める条件は緩やかに考えられる(作為:誤投薬や手技ミスなどが典型である)。

これに対して、ある者が本来すべき行為をしなかったことにより生じた結果について、その者が責任を取らなければならないかは、すべきことの内容や、すべきといえるかどうかなど、検討すべき事項が多く、また因果関係も実際には生じていない仮定的な検討を要することとなり、結果として、一般に、責任は認められにくい傾向にある(不作為:疾患の見落としや治療の遅延などが典型である)。

本件は一見すると、検査後に本来必要な検査や治療を怠ったという不作為の事案であるようにも思える。
しかし、ERCP検査については、検査自体に一定の侵襲があり、かつ施行後には合併症の危険があることからすれば、ERCP検査自体を作為として考えることはもちろん、その後に生じている状況についても、検査という作為の結果、生じているものと考えることが妥当となる。
ERCP後膵炎がERCP検査という医療機関側の作為によって引き起こされたものなのであるならば、その患者に対応する医師には、単なる初診患者に対する診察場面(における膵炎の見落としや治療の遅延という不作為)に比べて、より高度の注意義務が認められることとなる。

本件について、裁判所は、ERCP検査自体を、作為として捉えて、その結果に対して責任を認めたものと考えれば、より整合的に本件を理解できる。