Vol.193 救急搬送後の帰宅指示について

―CT検査を行うべきであったか、経過観察を行うべきであったか―

東京高裁平成30年3月28日判決(平成29年(ネ)3235号)
協力/「医療問題弁護団」 松田 ひとみ弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

深夜救急搬送後、小児科医の診察を受け、指示により帰宅したところ、翌日、脳ヘルニアにより死亡した患者(当時13歳)の母が、頭蓋内圧亢進症を疑って必要な検査を行うべきであった、または帰宅指示をせずに病院内で経過観察を行うべきであったにもかかわらず、これを怠った注意義務違反があると主張した事案です。

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判決

1 第一審(原告敗訴)

(1)診療経過

(ア)患者は、平成21年6月、嘔吐・頭痛によりA医院にて片頭痛と診断され、同年9月21日夜、頭痛を訴えるとともに嘔吐し、B病院に救急搬送されたが、点滴と血液検査を受けて帰宅した。

(イ)患者は、同年10月3日深夜、複数回嘔吐し下痢をしたため、祖父らが119番通報をした。被告小児科医は、嘔吐、下痢とくれば次は腹痛かと思われるのに、なぜ頭痛なのかと違和感を感じており、外傷性クモ膜下出血をある程度除外するために項部硬直およびケルニッヒ徴候をみたが異常はなく、ウイルス性の急性胃腸炎であると判断し、吐き気止めの坐薬を入れて整腸剤を処方することにした。
坐薬の挿肛を受けた後、嘔吐したため、被告小児科医は血液検査をし点滴をして経過をみることとした。
被告小児科医は、血液検査上に異常所見のないことを確認し、点滴が終わり、嘔吐等の症状がないことを看護師から聞いたため、患者の帰宅を許可した。
患者は「頭が痛い」と言いながらベッドから自力で下り立ったが、歩き始めても足元がふらつく様子であった。
看護師は、前日、患者の通う中学校で文化祭が行われたと聞いたため、眠気によるものと考え、他の看護師と共に、患者の両脇から腕を組むようにして歩いた。
患者が被告病院の玄関付近まで来たところで「吐きっぽい」と述べたため、看護師はガーグルベース等を取りに行って戻って来たところ、患者は玄関に置かれていた四輪電動車椅子の座席に座りハンドルを支えにしてうつ伏せになっており、その足元には嘔吐の跡があった。患者は上記座席に座ったまま動かず、祖父らおよび看護師によって自家用車の中に運び入れられた。

(ウ)午前5時ごろ、自宅に到着したが、患者は起こそうとしても反応がなく、祖父らは患者の体を持ち上げて自宅に連れて行くことができなかったため、毛布と枕を自家用車に持って行き、患者の体を毛布で温めた上で自宅に戻り、何度か様子を見に行った。
午前10時半ごろ様子を見に行ったところ、息をしていなかったため、再び救急搬送されたが、死亡が確認された。

(2)裁判所の判断

頭蓋内圧亢進の際の嘔吐は、他の消化器疾患の症状なく、悪心を伴わず噴出するものであり、本件搬送前および本件搬送開始直後の意識レベルは、GCS、JCSのいずれも最も意識障害の程度の低い数値を示しており、頭蓋内圧亢進を疑わせる症状のあったことを認めるに足りる証拠は存在しない。
被告小児科医の診察時には頭痛は消失しており、患者の嘔吐は嘔気下痢を伴うものであり、頭蓋内圧亢進の際の典型的な嘔吐とは異なるものであった。
さらに、他院にて片頭痛だろうと言われた旨を祖母から聞いていることに照らすと、被告小児科医がウイルス性の急性胃腸炎であり、その頭痛症状は一過性の片頭痛によるものと判断したことが医学的に不相当なものであったとはいえず、被告小児科医が頭蓋内圧亢進を疑いCT検査を行うべきであったとは認められない。


2 控訴審(控訴人(第一審原告)勝訴)

(1)前提事実

(ア)本件搬送時、被控訴人病院は町立病院で、救急総合診療科および小児科のほか、内科、外科、整形外科、形成外科、産婦人科、泌尿器科、脳神経外科等を有する総合病院であった。
また、広域圏の小児救急医療体制における二次救急病院として、平日夜間週1回、休日月2回の割合で、急性疾患の子どもに対する時間外診療に当たっていた。
被控訴人病院における平成21年10月3日から翌4日朝までの宿直体制は、医師が3名、看護師が2名であった。
また、当日は、広域圏の小児救急医療体制における二次救急病院としての当番日に当たっていた。

(イ)死亡後に全身CTが実施された結果、左側脳室内に直径9cm程度の内部に出血を伴う嚢胞を認め、嚢胞による脳幹圧迫の所見も認められた。そして、直接の死因は脳ヘルニアであると診断された。
また、司法解剖の結果によると、左大脳半球側頭葉に6cm大の嚢胞が占拠しており、嚢胞の内部に2cm大の褐色調の腫瘍性病変が確認され、右大脳半球が腫瘍を伴う巨大な嚢胞によって極めて高度に圧排されており、直接の死因は脳腫瘍とされた。

(2)裁判所の判断

(ア)医学的知見によると、頭蓋内圧亢進症状は、自覚的には頭痛、嘔吐、視力障害の3主徴があり、他覚的には意識障害などがある。そして、頭蓋内圧亢進症においては、嘔吐が終わると頭痛は一時的に寛解し、また食べられるという特徴を有する。
患者について頭痛と嘔吐の症状があったが、嘔吐が終わると頭痛が寛解したとすれば、頭蓋内圧亢進を疑うべきであったということができ、頭蓋内圧亢進の疑いを排除したことには合理的理由が存在したとは認められない。
そうすると、被控訴人小児科医には、本件搬送時、頭蓋内圧亢進を疑ってCT検査等を実施すべき義務があった。また、患者の症状を考慮すると、本件帰宅指示について、点滴終了後、自ら観察するか、医療補助者である看護師らに観察をさせて、異常があった場合には直ちに医師に報告するように指示するかの措置をとる義務があった。
そして患者は、点滴終了後、程なくして再び嘔吐し、かつ、自力では歩行することもできなくなった。眠くなったとしても、自動車に乗るための動作を全くしないという状態を現認した看護師において、被控訴人小児科医らに報告して、対応について指示を受けるべき義務があったというべきである。
そして、そのような報告がされていれば、意識障害の発症を疑い、本件退院指示を撤回した上、頭蓋内圧亢進を疑ってCT検査等を実施すべき義務があったというべきである。

(イ)本件搬送時には、頭蓋内には相当程度に進行し、肥大化した嚢胞が存在していたこと、被控訴人病院としては、小児科救急医療の受入れ先として、深夜に救急搬送された患者に対して、取り急ぎ救急医療を施したものであること、その他本件に顕れた事情を総合考慮すると、公平の見地から5割の素因減額を行うのが相当である。

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裁判例に学ぶ

本件の特徴は、(1)過失についての判断が第一審と控訴審とで分かれたこと、(2)控訴審が素因減額を行ったことです。
医療機関側からすると、(1)について、控訴審が小児救急医療体制にまで言及しているにもかかわらず、二次救急の小児科医に対し、頭蓋内圧亢進を疑いCT検査等を実施すべきと認定したのは厳しすぎるとの意見が予想されます。
他方、患者側からすると、(1)について、被控訴人病院内で歩行できなくなっていたことなどを看護師が現認している以上、少なくとも経過観察義務があると考えます。
また、(2)について、素因減額は、過失相殺の規定の類推適用であり、疾患そのものではなく、深夜の小児救急医療がその理由として挙げられることは納得できないと思われます。