Vol.194 医療機関側の過失が認められた場合に問題となる死傷との因果関係等の検討

―骨髄移植手術を受けた患者が脳梗塞を発症して死亡した場合に、医療機関側の過失は認めたが因果関係は否定された裁判例―

大阪高裁 平成29年2月9日判決・判例時報2379号(平成30年10月21日)
協力「医療問題弁護団」佐藤 光子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

Pは、多発性骨髄腫の診断を受け、Yの開設するY病院で最新検査を受けた。その後、平成14年3月18日、骨髄移植のため、Y病院に入院した。

Pは、骨髄移植の準備のため、平成14年4月3日、拒絶反応等の抑性を目的として、プログラフの点滴投与を受け始めた。Pは、平成14年4月4日、骨髄の移植を受け、5月7日にキメリズム検査(ドナー由来の細胞とレシピエント由来の細胞の割合を調べる遺伝子検査)が実施されて、完全キメラの状態(95%以上がドナー由来の状態)であることが確認され、骨髄の移植片の生着が認められた。

Pは、平成14年4月8日以降、プログラフの点滴投与が続けられたが、5月10日の点滴更新時に残っていたはずの量がなく、プログラフが予定より多い投与がなされた可能性があるため、点滴が中止された。

Pに対して、平成14年5月10日に頭部単純CT検査、5月13日に頭部MRI検査、5月14日に頭部MRI(血管造影)検査を実施したところ、脳梗塞が認められた。

Pは、平成15年3月14日からVAD療法(大量化学療法)を受けたが、頭痛、眼振等の症状が出現しており、その症状が改善せず、Pはくも膜下出血等を発症して死亡した。

Pの遺族であるXらは、Pは免疫抑制剤であるプログラフを過剰投与されたため、その副作用により脳梗塞を発症して死亡したとしてY病院の医師の過失を主張し、Yに債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償請求をした。

原審である和歌山地方裁判所判決(平成28年3月29日)はY病院の医師の過失を否定し、Xらの請求を棄却したため、Xらが控訴したのが本件である。

Xらは、控訴審では、(1)Y病院の看護師の過失(2)Y病院自身の過失を追加で主張し、さらに(3)Pは適切な治療を受けることについての期待権を侵害されたとの主張を追加した。

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判決

1 過失について

原審では、Y病院の医師の過失については否定されたが、控訴審では新たに看護師の過失につき検討された。判決では、看護師は適宜、点滴状況を観察し、その異常があった時には、すぐに医師に報告し、指示を受けるべきであるにもかかわらずその義務を怠り、本件投与における異常事態を見過ごし、医師に適切な指示を受けることなく過剰投与を発生させたとして、看護師の過失を認めた。


2 相当因果関係

過剰投与の結果、Pが脳梗塞を発症し、その結果、脳梗塞の発生防止目的で免疫抑制剤が変更されたことによる薬剤の相互作用や、抗ウィルス剤の投与により、いったん生着していたドナーの細胞が拒絶されて二次性生着不全を起こし、脳梗塞のために再度の骨髄移植その他の適切な治療を受けることができなくなった結果、多発性骨髄腫を再発し、全心不全、全介助の状態に陥り、死亡するに至ったから、本件過剰投与とPの死亡との間には相当因果関係があるとのXらの主張について検討された。

判決では、過剰投与による脳梗塞の発症の可能性は否定できないものの、プログラフの量は、副作用としての脳梗塞を発症するだけの条件として十分であったとまでは認めることができないし、プログラフの投与が原因とされる脳梗塞の発症例が多いということはできないこと、プログラフが投与されていない期間においてもPが脳梗塞を発症していることなどから、過剰投与と脳梗塞発症との間の因果関係を否定し、死亡の結果との相当因果関係は否定された。


3 生存及び重大な後遺症も残らなかった相当程度の可能性について

判決では、次に、過剰投与とPの死の結果に相当因果関係が認められなかったとしても、適切な医療が行われていれば、Pがその死亡した時点においてなお生存した相当程度の可能性があるかが検討された。

過剰投与後、Pには脳梗塞の症状が発現し、その後、症状が改善したにもかかわらず、平成15年になってから再び脳梗塞を発症し、全身状態も悪化したため、医師は骨髄の再移植等の積極的加療を断念し、その後、Pは改善を見ることなく多発性骨髄腫の症状が悪化し死亡した。そのため、判決は、本件投与がなくても平成15年に発症した脳梗塞や全身状態の悪化を回避したり、多発性骨髄腫の症状が悪化し死亡の結果を回避できる相当程度の可能性があったとはいえないと認定、Pが死亡した時点でなおPが生存していた相当程度の可能性は否定し、重大な後遺症も残らなかった相当程度の可能性も認めることはできないとして否定した。


4 適切な医療を受けることについての期待権侵害

次に、Pがその死亡時点で生存し重大な後遺症も残らなかった相当程度の可能性は認められないとしても、本件におけるY病院の医療行為は著しく不適切であり、Pの適切な医療を受けることについての期待権を侵害しているというXらの主張につき検討された。

判決では、Y病院では、Pに対するプログラフの投与に際し、看護師が医師の指示を受けながら点滴状態を確認しており、変化のある時は医師から適切な指示がされており、過剰投与も長時間かつ多量ともいえず、過剰投与の発生について過失が認められるものの、Y病院の医療行為が著しく不適切であったということはできないとPへの期待権侵害は否定された。

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裁判例に学ぶ

本件は、原審では医師の過失が否定され、病院側の過失は否定されたものの、控訴審では看護師の過失が認定され、病院側の過失自体は認定されました。しかし、医療機関の責任を問うには、過失にあたる診療行為と患者の死傷との因果関係の存在が認められなければなりません。訴訟上の因果関係の立証については相当因果関係が必要で、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性が証明されなければならず、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とします。

本件では、問題となっているプログラフの過剰投与が脳梗塞を引き起こすことなど一連の流れの相当因果関係が否定され、過失行為と死の結果の因果関係は認められないとされました。

ただ、死の結果との相当因果関係が認められない場合、一切責任を問われなくなるわけではないことに注意が必要です。適切な医療が行われていれば、患者がその死亡した時点においてなお生存した相当程度の可能性がある場合は、医療機関は患者がその可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うことになります(最高裁平成15年11月11日第三小法廷判決)。生命を維持することは人にとって最も基本的な権利であって、その可能性は法によって保護されるべき法益と考えられているからです。そのため、相当因果関係のような高度な蓋然性がなくても、生存の相当程度の可能性があれば、医療機関が責任を負うことを最高裁は認めています。本件では、この相当程度の可能性も検討されましたが否定されています。

しかし、このような可能性が否定された場合でも、医療機関はさらに患者の適切な医療を受ける期待権の侵害が問われる可能性があります。患者がひどい医療行為を受けたなどがあれば医療機関は、患者の適切な医療を受けることについての期待権の侵害を追及され、責任が問われる可能性がありますので注意が必要です。