Vol.196 急性腰背部痛等の患者に対する医師の鑑別診断義務

―急性腰背部痛、嘔吐、血圧低下等がある場合に、医師に、腹部動脈瘤の破裂等を疑ってCTを施行する義務があるとされた例―

広島高判 平成30年2月16日判決(確定)・ウェストロージャパン
協力「医療問題弁護団」飯渕 裕弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

1 患者A(当時69歳)は、Y病院神経科において、うつ病および脳梗塞の治療を受けていた。

2 Aは、平成23年11月7日朝、突然右腰背部痛を生じ、安静時も痛むため、Aは、妻XとともにY病院に行った。Aは、自宅で血圧を測ったところ収縮期70~80で、Y病院へのタクシー中で嘔吐した。Aは、Y病院救急部に到着したが、午前10時20分ごろ、救急部の床に座り込んだ。救急問診票に、Aは、朝の嘔吐、元々手足の痺れがあること、上記血圧を記載した。救急部では、バイタルに異常はなく、救急部医師は看護師に対し、再トリアージで問題なければ一般外来受診とするよう指示し、看護師は、Xに聴取のうえ、救急問診票に、腰痛、脳梗塞への不安等を追記し、神経内科に交付して申し送りをした。

3 Aは、午前10時54分ごろ、神経内科を受診し、その問診票に、11月7日7時から腰が痛い旨、その他脳梗塞の既往等も記載した。
Aを診察したB医師は、診察前に、神経内科問診票は見たが救急問診票は見ず、また救急部から一般外来に変更となった経緯も聞かなかった。B医師は、Aに問診し、Aは、今朝から右腰背部痛が発生したこと等を回答した。B医師は、腰痛の訴えを踏まえ、尿路系の疾患鑑別のため排尿について尋ねたものの、腰痛が外傷によるものか、安静時も痛むか、Aの気分不良の内容等は聴取しなかった。B医師は、腹部触診をしたが特に異常がなく、新しい脳梗塞もなく、腰背部痛は筋骨格系のものと判断し、経過観察を指示して、Aを帰宅させた。

4 Aは、同日午後11時過ぎごろ、嘔吐、意識レベルが低下し、同11時53分ごろには心肺停止状態となり、翌8日午前0時54分、死亡したが、直接死因は、腹部大動脈瘤破裂で、CT上、最大径は55mmであった。

このため、Aの遺族であるXらが、Y病院に対し、B医師の鑑別が不十分であったとして、損害賠償を請求した。

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判決

1 Xらの請求につき、地裁は、B医師の診察時、Aが腹部大動脈瘤破裂または切迫破裂の状態にあったとはいえないとして、全部棄却したため、これを不服としてXらが控訴したのが本判決である。本判決は、以下のとおり、B医師の過失および同過失と死亡との因果関係を認め、地裁判決を覆してY病院に賠償を命じた。

2 本判決は、まず、診察時のAの状態につき、(1)Aには、11月7日午前の時点において、最大径55mmもの大きさの腹部大動脈瘤が存在していたこと、(2)Aが11月7日朝に訴えた腰背部痛は、突然発症した急性の安静時痛であり、被控訴人病院の救急部受診が必要と感じられる程度に痛みの強いものであったこと、(3)Aは、11月7日朝の収縮期血圧が低下し、(4)若干の嘔吐をしていたこと、(5)Aの直接の死因は腹部大動脈瘤破裂(クローズド・ラプチャー)であったこと、を認定した。

そのうえで、医学的知見から、同動脈瘤は大きくて破裂しやすい状態であったこと、腰背部痛はその発症様式および性状からすると内臓に由来するものである可能性が相当高いこと、上記(3)の低血圧は出血が生じたことを原因とするものであること、上記(4)の嘔吐は腹部大動脈瘤の破裂の症例において観察されることがあること、上記(5)のとおりAの死因が腹部大動脈瘤破裂(クローズド・ラプチャー)であったことから、Aにおいて、腰背部痛を訴えた時点からY病院に到着した時点までのいずれかの時点において、腹部大動脈瘤が破裂したと考えるのが合理的とした。

3 また、診察時のB医師の過失につき、Aの腰背部痛が急性の安静時痛であり、その程度としてもY病院の救急部受診の必要を感じる程度に痛みの強いものであったこと、血圧低下および嘔吐の症状が随伴しており、B医師は、Aの腰背部痛につき、整形外科由来の疾患ではなく内臓由来の疾患であるとの疑いをもつことが可能であり、CTを実施することにより腹部大動脈瘤の破裂の診断をすることができた、とした。

そして、腰痛の診断として、緊急性の高い疾患、内臓由来の疾患を除外診断により優先的に鑑別すべきであるとされ、腹部大動脈瘤の破裂または切迫破裂は、その中でも緊急性のかなり高い疾患の一例に挙げられているという医学的知見から、B医師は、本件診察において、腰痛を来す疾患として、緊急性の高い疾患と筋骨格系に由来する疾患とを鑑別するにつき、その発症様式、性状、程度および随伴症状を問診し、急性の安静時痛があるとの症状および血圧低下等の随伴症状を聴取したうえで、緊急性の高い腹部大動脈瘤の破裂または切迫破裂を疑い、CTを実施すべき義務があった、とした。

そして、B医師が、Aが訴えていた腰背部痛の性状につき安静時痛であるか否かについては聴取しておらず、発症様式についても特に掘り下げての聴取、検討をせず、気分不良の具体的内容についての聴取も行っていないことから、鑑別診断の対象とすべき必要性の高い腹部大動脈瘤の破裂または切迫破裂の可能性を想定した具体的な検討がされていなかったとして、B医師が上記義務に違反した、とした。

4 本判決は、上記過失とAの死亡との因果関係について、(1)Aは午前11時ごろから本件診察を受けていたが、そのころにはすでに腹部大動脈瘤破裂が生じていたが、(2)破裂様式がクローズド・ラプチャーであり、バイタルサインは正常であったこと、(3)自宅に戻ったAに再び出血が生じたのは午後11時以降であったこと、(4)Y病院は、救命救急センターを設置し、第3次救急病院としての役割を担い、腹部大動脈瘤破裂について腹部ステントグラフト内挿術を積極的に導入するなど診療体制を整えていることから、診察時に腹部大動脈瘤の破裂との診断がされていたら、緊急に手術を実施することにより、救命することができた蓋然性が高い、として、因果関係も肯定した。

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裁判例に学ぶ

1 本件は、急性腰背部痛を訴える患者につき、鑑別診断が問題となった事例です。

2 腰痛は、緊急度が高い疾患や内臓由来の疾患を鑑別することが大切と言われており、腰痛以外の一般論としても、ある症状の訴えに対し、緊急重大な疾患を鑑別することが重要であることは異論がないものと思います。

本件では、腰痛の訴えから、腹部大動脈瘤の可能性も念頭に置いたうえ、B医師が、問診において痛みの性状等をさらに聴取できていれば救命できた高度の蓋然性があったとの判断となりました。このように、それ自体は非特異的な主訴であっても、重大疾患を念頭におき、問診によって、ある重大疾患のキーワードを医師が聴取して認識できていれば、その可能性を具体的に想起して、必要な検査・治療ができたのではないか、という相談や紛争は、一定数見受けられます。また、本件では、Aらは脳梗塞の再発を懸念しており、B医師もややそれに影響されたようであったものの(このために慰謝料は若干減額されています)、判決は、患者の主訴にとらわれずに症状に即して問診すべきとしています。その意味で、本件は、問診(表)の重要性やあり方について重要な示唆を与えるケースと考えられます。

また、本件では、Aは、当初、救急を受診します。そこでも腰痛を訴えていたうえ、座り込むほどの状態でしたが、バイタルサインに異常がなかったこと等から、一般外来に「回る」こととなり、腹部動脈瘤が専門外のB医師の診察を受けることとなります。それゆえ、鑑別・問診の前提として、専門内外問わず、ある非特異的症状から、致命的な疾患をいかに想起できるかが重要といえるとともに、法的責任論を離れて、救急外来の対応や引継ぎの在り方についても、示唆を与えるケースと思われ、ご紹介する次第です。