Vol.195 夜間外来のいわゆるウオークイン患者に対する医療水準

―夜間外来のいわゆるウオークイン患者に対して、再度の心電図検査をすべき注意義務を怠った過失が認められた事例―

札幌高判 平成30年4月26日判決・平成29年(ネ)第246号 LLI/DB 判例秘書登載
協力「医療問題弁護団」伊藤 祐介弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

1 患者が平成20年9月8日朝、前日朝からの胸やけや痛みを訴え、某消化器科病院を外来受診し、「逆流性食道炎」との診断を受けて、いったん帰宅しました。この時、患者の心電図検査が行われましたが、特段の異常所見は見られませんでした。

2 同日夜、患者は再び痛みを訴えて同病院を自ら訪れた後に入院しました。入院直後の問診では、朝の心電図検査の結果を根拠として、担当医は虚血性心疾患の可能性がないと考え、痛みの原因を、逆流性食道炎かその他のものと判断しました。

3 入院後、担当医は痛み軽減のため、ボルタレンを投与したことから、いったん患者の痛みは落ち着いたものの、再度患者が心窩部痛増強を訴えたことから、さらにブスコパン1アンプルを筋肉注射しました。それでも患者の痛みは治まらず、心拍数200台、心室頻拍(VT)波形が記録された後、両手指のしびれや冷感を訴え意識消失し、致死性心室性不整脈(心室細動)により死亡しました。

4 患者の遺族は、【1】9月7日朝からの患者の激しい胸痛は不安定狭心症の症状であったとして、【2】9月8日夜の時点での心電図検査義務違反による【3】死亡慰謝料等約5000万円の損害を請求しました。

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判決

【1】について

まず、不安定狭心症は、臨床上、一般的に(1)安静時もしくは軽労作にて誘発され、通常20分以上続く発作、(2)重症かつ典型的な1ヶ月以内に新規発症した狭心症、(3)症状が増悪パターン(狭心症発作がより重症、より持続時間が長く、より高頻度になる)を示す狭心症のいずれかの特徴を有することを認定しました。その上で、(1)については、9月7日朝から激しい痛みがあったこと、翌8日朝の病院外来受診後は、症状が落ち着いたとして、犬の散歩に出かけたり、夕食をとるなどしたが、就寝後、胸の痛みを訴えたことなどから、安静時もしくは軽労作時にも発作が誘発され、同発作は一時的に治まることがあったとして、これを認定しました。(2)については、9月7日以前に本件の胸痛と同様な胸痛が発生したことを認める証拠はないことから、これを認定しました。(3)については、患者は病院を外来受診し、いったん帰宅したのに、午後9時ごろになって胸の痛みを訴えて入院に至ったこと、入院時には、時折上腹部をさすりながら「いたたた……」と述べており、問診の結果、「pain++」(中程度の痛みあり)と判断されていることから、これを認定しました。これらのことから、本件の胸痛は不安定狭心症によるものであって、患者は9月7日朝に不安定狭心症を発症したとして、患者側の主張を認めました。

【2】について

患者に逆流性食道炎(グレードA)の存在が認められたものの、本件の胸痛は「逆流性食道炎の非定型症状とは考え難い」と認定しました。

そのうえで、9月8日夜に問診を行なった医師に対して、不安定狭心症を含む急性冠症候群が疑われた場合、1回の心電図検査で判断するのではなく、時間をおいて繰り返し記録することおよび比較することが重要であり、このことが消化器内科医を含めた内科医の一般的な常識であることを前提に「急性冠症候群の発症を疑って、心電図検査を実施すべき注意義務があった」にもかかわらず、「これを怠った過失」があることを認定しました。

【3】について

患者の逸失利益1150万6647円、死亡慰謝料2400万円、葬儀費用150万円、弁護士費用360万円の計4060万6647円の損害を認定しました。

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裁判例に学ぶ

本件は、医療機関に、患者の急性冠症候群を疑い心電図検査を実施する義務を怠った過失があるとして、患者側の請求を認めた事例です。

もっとも、今回ご紹介した裁判例は「札幌高等裁判所」のものであって、いわゆる第二審のものです(第二審で判決は確定)。実は、今回の事例は、第一審と第二審で正反対の結論となっているのです。

第一審の札幌地方裁判所では、まず、患者の不安定狭心症の発症時期について、「9月7日以降不安定狭心症の状態にあったとする原告の主張を、直ちに否定することもできないが」、患者が「冠攣縮性狭心症であったとする被告の主張についても」「絶対に否定することもできず」、患者の「痛みの性質や原因については、いずれとも決し難い」と認定しました。つまりは、第二審と異なり、第一審では9月7日朝に患者が不安定狭心症を発症したことが、判決の前提とされていません。

また、患者側から提出されていた証拠である「急性冠症候群の診療に関するガイドライン」について、「不安定狭心症は1回の心電図検査では判明しないことがあるから、2回目、3回目の心電図検査を行うべきであるとの記載もあるが、これは循環器の専門施設が虚血性心疾患の疑いを持って診察する場合である」として、「消化器を専門とする病院の外来診療において、胸の痛みを訴える患者に対し、複数回の心電図検査が義務的になるとは解されない」と認定しています。そのうえで、患者側からの請求を棄却しています。

この二つの判決の齟齬は、どのように理解すればよいのでしょうか。一般的に、「医師の注意義務の基準となるべきものは、診療当時の臨床医学の実践における医療水準である」(最判昭和57・3・30判時1039号66頁)と考えられています。そのうえで、「医療水準」を判断するにあたっては、「知見が当該医療と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、右知見は医療機関にとっての医療水準である」(最判平成7・6・9判時1537号3頁)とされています。つまり、医療水準とは、「あるべき医療」を想定して判断されるものです。

また、「医療水準」とは異なる、「医療慣行」という言葉があります。これは、臨床医療の現場において平均的医師によって広く慣行としてなされているものを指します。ここで注意すべきことは、上記の考え方を踏まえると、現場の医療慣行に従って医療行為を行なっている場合でも、医療水準を満たしていないと判断されてしまう場合があることです。

本件の裁判例のお話に戻りますが、二つの判決では、どちらも「医療水準」という言葉は明示されていません。しかし、裁判所の思考として、明示はしていなくとも、「医療水準」の判断はされていると考えられます。

本件の患者の入院時の状況については、患者は「救急病院への搬送ではなく、消化器を専門とする被告病院への入院を希望し、電話で対応した医師に対しても、強い痛みではなく、不安を訴えたために、被告側では、緊急性のある入院ではなく検査入院的なものとして対応」した上で、患者は「救急車を利用せず自家用車で来院し、付添人と共にではあるが、独歩で入院したこと」等が認定されています。本件は、夜間ウオークイン患者の重症例であったといえますが、この患者が、仮に救急搬送されていたとしたら、違う結果となっていた可能性はあるでしょう。

本件の第二審判決は、夜間外来のいわゆるウオークイン患者に対する「あるべき医療」を確認したものといえます。