Vol.197 前医と後医の情報共有の必要性

―前医の肝多発腫瘍切除術後に生じた横隔膜ヘルニアおよび絞扼性イレウスについて、後医が鑑別診断をすべきとされた事例―

札幌高判 平成30年7月20日判決
協力「医療問題弁護団」 青野 博晃 弁護士(桜橘法律事務所)

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

1 患者は、大腸がんおよび転移性肝腫瘍について、本件訴訟の被告であるY病院から紹介を受けたW病院において、平成24年6月25日にS状結腸がんの切除および左肝部分切除術を、同年12月3日には、開腹および開胸を伴う拡大右肝切除術S4(肝左葉内側区)部分切除術、肝門リンパ節郭清術を受けました。
12月20日、患者はW病院を退院しましたが、自宅までの帰路において創部痛を訴えてY病院を受診し、12月26日にもY病院を受診して胸腹部X線検査および血液検査などを受けました。その後12月28日午前4時ごろ、強度の創部痛を生じたためにY病院に搬送され、入院しました。

2 入院後の30日未明ごろより患者は強い創部痛を訴えるなどし、午前中および午後にそれぞれ1度ずつ、短時間の意識消失に至りました。
その後、午後7時30分に再び意識を消失して心肺停止となり、午後10時5分に死亡が確認されました。病理解剖の結果、患者には横隔膜の欠損(横隔膜ヘルニア)と、欠損部分からの空腸・腸間膜の右胸腔内への脱出・嵌頓による壊死(絞扼性イレウス)が認められました。

3 患者の遺族は、絞扼性イレウスを診断して救命のための措置をすべき義務があったのにこれを怠ったとして、Y病院を被告として提訴しました。

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判決

判決は以下のように判断してY病院の責任を認め、遺族に対する損害賠償の支払いを命じました。

1 争点:横隔膜ヘルニア・絞扼性イレウスの発生時期について

患者は、12月30日午前0時50分に創部の痛みを訴えてナースコールをし、さらに午前2時5分にも訴えがあったためにモルヒネ塩酸塩が投与され、その後ハロペリドールも投与されました。その後も午前3時ごろまでには強い創部痛や心窩部痛の訴え、鼓腸、嘔吐が認められるなど、モルヒネ塩酸塩などの投与によっても症状が改善しておらず、午前10時37分の血液検査では白血球とCRPの大幅な上昇などが認められました。
判決は、これらの身体所見と血液検査所見、医師の意見書などに基づき、遅くとも同日午前3時ごろには、患者の横隔膜ヘルニア・絞扼性イレウスが完成していたものと認定しました。

2 争点:検査義務違反の時点

患者は、午前10時25分にはトイレでズボンを下げている途中に意識消失と30秒ほどの呼吸停止となり、当直医の診察を受けた後、前述のとおり午前10時37分に血液検査がなされました。また、午後3時25分にも再度、意識消失があり、血圧の低下と頻脈も生じていました。
判決は、上記の複数回の意識消失や血圧低下、頻脈は絞扼性イレウスにおいて生じる身体所見であるショック状態であること、白血球とCRPの大幅上昇という血液検査所見はイレウス一般における炎症所見とみられること、前記1の断続的な軽減しない痛みなども併せて、午後3時25分ごろの時点では絞扼性イレウスを疑われるだけの十分な所見が得られていたものと認定しました。
そして、これらの所見に基づけば、絞扼性イレウスを含むイレウス一般を疑い、鑑別診断のためのCT検査等を実施すべきであったとして、Y病院の過失を認定しました。

3 争点:因果関係について

判決は、絞扼性イレウスの鑑別診断には、身体所見、血液検査のほか、腹部単純X線検査およびCT検査が有用であるとの医学的知見に基づき、Y病院はCT検査等の実施によって患者の絞扼性イレウスの確定診断が可能であったとしました。そして、その場合には、患者に対する緊急開腹手術が実施されることが十分に期待できると認定し、これによって患者を救命できた可能性が高いものとして、過失と患者の死亡との因果関係を認めました。

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裁判例に学ぶ

1 本件の原審であった札幌地裁は、大要、

【1】患者に生じた横隔膜ヘルニアは前医の術後合併症の可能性が高いこと
【2】絞扼性イレウスの発生時期は特定できないこと
【3】本件は横隔膜ヘルニア門に脱出を生じた特異な病態であり一般的鑑別所見が得られにくく、また合併症としても希であるから予見し得ないことなどを根拠として、Y病院の過失を否定していました。

これに対し、控訴審である札幌高裁は、先に述べたY病院の責任を認めており、原審の判断が覆っている事案です。

2 まず、控訴審は、前記【1】の合併症であるかどうかを含めた横隔膜ヘルニアの発生機序については、原審とは異なって発生機序は特定困難であると認定していますが、原審の判断を変更した理由は判決文で明確にされていません。
原審の証人尋問では、W病院の執刀医自身が横隔膜ヘルニアが手術に起因することを認めており、横隔膜の切開を伴う手術であったことを考慮すると、合併症として認めた原審には一定の合理性もあるように思います。一方で、医学文献等では術後合併症としての横隔膜ヘルニアは希な例に位置付けられていることもあって、医学的な評価は分かれるところではないかと思います。
ただし、控訴審は、横隔膜ヘルニアの医学的機序は訴訟の帰趨との関係で必ずしも立証が必要ではなく、後述のとおり特定しなくともY病院の責任を認めることが可能であるため、踏み込んだ判断をしなかったのではないかとも考えられます(そのような意味では、前医であるW病院による手術の合併症であるかどうかは不明なままといえます)。

3 次に控訴審は、前記【2】の絞扼性イレウスの発生時期については、遅くとも患者が強い痛みを訴え始めた30日午前0時50分から午前3時ごろまでにイレウスを生じていたと認定しており、妥当な判断であるといえます。一方で、検査義務が具体的に生じたのは2度目の意識消失があった午後3時25分ごろであると認定していますが、この判断には、前記【3】の判断とは異なり、意識消失が複数回生じていることなどショック状態の所見があったことが大きく影響しているものと考えられます。
この点、モルヒネによっても抑制できない強い痛みや心窩部痛と鼓腸などがあることからすると、午前10時25分の最初の意識消失の時点ですら、医療機関は、典型的なイレウス所見である腹部膨満が認められなくともCT検査をすべき事案であったといえると思われます(この時点で血液検査所見も得られています)。控訴審が認定した午後3時25分ごろは2度にわたる意識消失に加えて血圧低下と頻脈等を生じており、最も確実に検査義務が認められる時点を認定しているに過ぎません。本件では少なくとも2度のCT検査を実施する機会があったにもかかわらず、これが見逃されています。

4 原審および控訴審の判決文からすると、本件では、後医であるY病院では、前医であるW病院においてどのような手術が行われたのかについて、情報共有がなされていないものと思われます。本件はそもそも、手術自体は成功していて術後管理等の依頼があったものではなく、前後医間で十分な連携や情報共有がなされていないことが推測されます。
Y病院が前医であるW病院から十分な情報の提供を受けていれば、患者に対しては胸部切開を伴う手術がなされたことを前提に対応されることになり、患者の訴えの受け止め方は当然に変わってきますし、これを受けた医師の検査指示も異なったことが予想されます。
その場合には、早期に胸部を含めたCT検査などの指示が出ることとなり、患者が絞扼イレウスに至っていることがすみやかに発見できた可能性があります。特に本件では、午後6時5分に胸部エコーを行ったところ、胸部に肺以外の臓器らしき陰影が確認されており、(死亡結果が回避できたかは置くとして)少なくともこの検査結果の評価が異なったことは明らかです。本件では、前医と後医との情報共有・連携のあり方について課題があった事案として評価できるものと思われます。