1 本件の原審であった札幌地裁は、大要、
【1】患者に生じた横隔膜ヘルニアは前医の術後合併症の可能性が高いこと
【2】絞扼性イレウスの発生時期は特定できないこと
【3】本件は横隔膜ヘルニア門に脱出を生じた特異な病態であり一般的鑑別所見が得られにくく、また合併症としても希であるから予見し得ないことなどを根拠として、Y病院の過失を否定していました。
これに対し、控訴審である札幌高裁は、先に述べたY病院の責任を認めており、原審の判断が覆っている事案です。
2 まず、控訴審は、前記【1】の合併症であるかどうかを含めた横隔膜ヘルニアの発生機序については、原審とは異なって発生機序は特定困難であると認定していますが、原審の判断を変更した理由は判決文で明確にされていません。
原審の証人尋問では、W病院の執刀医自身が横隔膜ヘルニアが手術に起因することを認めており、横隔膜の切開を伴う手術であったことを考慮すると、合併症として認めた原審には一定の合理性もあるように思います。一方で、医学文献等では術後合併症としての横隔膜ヘルニアは希な例に位置付けられていることもあって、医学的な評価は分かれるところではないかと思います。
ただし、控訴審は、横隔膜ヘルニアの医学的機序は訴訟の帰趨との関係で必ずしも立証が必要ではなく、後述のとおり特定しなくともY病院の責任を認めることが可能であるため、踏み込んだ判断をしなかったのではないかとも考えられます(そのような意味では、前医であるW病院による手術の合併症であるかどうかは不明なままといえます)。
3 次に控訴審は、前記【2】の絞扼性イレウスの発生時期については、遅くとも患者が強い痛みを訴え始めた30日午前0時50分から午前3時ごろまでにイレウスを生じていたと認定しており、妥当な判断であるといえます。一方で、検査義務が具体的に生じたのは2度目の意識消失があった午後3時25分ごろであると認定していますが、この判断には、前記【3】の判断とは異なり、意識消失が複数回生じていることなどショック状態の所見があったことが大きく影響しているものと考えられます。
この点、モルヒネによっても抑制できない強い痛みや心窩部痛と鼓腸などがあることからすると、午前10時25分の最初の意識消失の時点ですら、医療機関は、典型的なイレウス所見である腹部膨満が認められなくともCT検査をすべき事案であったといえると思われます(この時点で血液検査所見も得られています)。控訴審が認定した午後3時25分ごろは2度にわたる意識消失に加えて血圧低下と頻脈等を生じており、最も確実に検査義務が認められる時点を認定しているに過ぎません。本件では少なくとも2度のCT検査を実施する機会があったにもかかわらず、これが見逃されています。
4 原審および控訴審の判決文からすると、本件では、後医であるY病院では、前医であるW病院においてどのような手術が行われたのかについて、情報共有がなされていないものと思われます。本件はそもそも、手術自体は成功していて術後管理等の依頼があったものではなく、前後医間で十分な連携や情報共有がなされていないことが推測されます。
Y病院が前医であるW病院から十分な情報の提供を受けていれば、患者に対しては胸部切開を伴う手術がなされたことを前提に対応されることになり、患者の訴えの受け止め方は当然に変わってきますし、これを受けた医師の検査指示も異なったことが予想されます。
その場合には、早期に胸部を含めたCT検査などの指示が出ることとなり、患者が絞扼イレウスに至っていることがすみやかに発見できた可能性があります。特に本件では、午後6時5分に胸部エコーを行ったところ、胸部に肺以外の臓器らしき陰影が確認されており、(死亡結果が回避できたかは置くとして)少なくともこの検査結果の評価が異なったことは明らかです。本件では、前医と後医との情報共有・連携のあり方について課題があった事案として評価できるものと思われます。