Vol.199 脳性麻痺の因果関係の判断

―分娩中の低酸素が脳性麻痺を生じさせたかについてACOGの基準に依拠して判断した事例―

平成30年3月27日 京都地裁25(ワ)3618号・判例時報2388号
協力「医療問題弁護団」村手 亜未子弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事案の概要

本件は、出生した児に生じた脳性麻痺が医師の診療行為上の過失に基づくとして損害賠償請求がなされた事案である。

本件事案は以下のとおりである。

妊婦検診における異常は認められないまま、平成23年4月19日(40週3日)午前4時ごろ破水したことにより、母親は同日6時50分ごろ、被告病院に赴いた。医師は、6時55分、母体に分娩監視装置を装着したが、7時35分には外した。医師は、8時30分子宮口の3cm開大を確認し、無痛分娩の方法によるため、8時45分、0.5%の濃度のブピバカインを20ミリリットル投与し、8時53分から9時15分にかけて、輸液30ミリリットル/時間の割合でオキシトシンを投与した。同日9時ごろ、吸引分娩、クリステレル圧出法を4回行わせたが出産に至らず、9時15分ごろ帝王切開を決定し、10時9分帝王切開を開始し、10時13分児の娩出に至った。帝王切開前の9時50分ごろの児の胎児心拍数は91~95/分であった。

児は、娩出時、自発呼吸をしており、気管内吸引、刺激を与えると第一啼泣を行った。10時14分の児のアプガースコアは9点、10時18分では10点と判断した。

同時28分ごろ、児に酸素3リットル/分を投与のうえ、10時50分ごろ、保育器に収容された。このとき経皮的動脈血酸素飽和度は91~92%であったが、10時55分、酸素飽和度が低下したことから、さらに酸素が投与された。児の呼吸数が同日午後0時20分ごろから増えてきたため、同日午後2時ごろ、転送先病院へ転送した。

転送先病院における診断は新生児一過性多呼吸であり、午後2時~4時の間に行われた児の血液検査におけるpHの値は7.280、CPKの値は2079IU/リットルであった。

4月27日、頭部MRIにて、脳室周囲白質軟化症(PVL)の所見が認められた。5月16日、PVLがさらに進行している状況が認められ、5月23日、低酸素性脳症および脳性麻痺を原因とした体幹機能障害、両上肢両下肢機能障害と診断された。

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判決内容

1 患者側は、オキシトシン、ブピバカインの投与や分娩監視装置の装着などについて診療行為上の過失があった旨を主張し、病院側はこれらの過失を争い、また、脳性麻痺との因果関係も認められない旨を主張した。

2 裁判所は、病院側の過失について、次のとおり認めた。

(1)オキシトシンの投与に関し、裁判所は、精密持続点滴装置を用いて6~12ミリリットル/時間の割合で投与を開始し、30分以上の時間をおいて同量ずつ増量すべき注意義務があるとし、本件は合理的理由なく過量に投与したとして、注意義務違反があったものと認めた。

(2)ブピバカインの投与に関し、裁判所は、麻酔部位、年齢および全身状態等を考慮のうえできるだけ薄い濃度のものを用い、できるだけ必要最小量にとどめる注意義務があることを認め、ただし、濃度および投与量の判断について医学的合理的裁量が尊重されるとした。本件では医師が最も濃度の濃い0.5%のブピバカインを使用したことについて合理的な主張を行わなかったことなどを理由として、注意義務違反があったと認めた。

(3)吸引分娩、クリステレル圧出法に関し、裁判所は児頭が嵌入していなければこれらを行ってはならない注意義務があるとしたうえで、被告病院の診療録に児頭が嵌入したことを確認した旨の記載が見当たらないこと等から、注意義務違反があったと認めた。

(4)分娩監視装置の装着義務について、オキシトシン、ブピバカイン使用中であること、無痛分娩であることを総合すると、ブピバカインを投与して以降帝王切開を決定するまでの間について分娩監視装置を装着すべき注意義務があり、注意義務違反があったと認めた。

(5)25分以内の帝王切開の開始義務に関して、裁判所は、本件が超緊急帝王切開を要する症例ではない等の理由から注意義務違反を否定した。

(6)説明義務に関して、裁判所は、ブピバカイン、吸引分娩の実施にあたり胎児仮死の可能性を説明する義務はないが、オキシトシンの投与に際しては、胎児仮死発生の可能性を説明する義務があるとし、説明義務違反があったと認めた。

3 しかし、因果関係について裁判所は次のとおり判断し、結論として賠償義務を否定した。

脳性麻痺の発症原因として分娩時の低酸素症や新生児仮死が原因であるものは約10%であるとのデータもあるとして、因果関係の認定判断のためには、ACOG(米国産科婦人科学会)の基準が重要な考慮要素になるとし、ACOGの基準では、[1]分娩中の胎児血、臍帯動脈血もしくは新生児期のごく早い時点に採取された血液で、代謝性アシドーシスが証明されること(pH<7.00かつ、BD≦ 12ミリモルパー・リットル)、[2]34週以降の児で、分娩後早期より、中等度以上の脳神経症状を認めること、[3]脳性麻痺のタイプが痙性四肢麻痺あるいはジスキネジアであること、[4]外傷、凝固異常、感染、または遺伝子異常などの原因となる疾患が明らかでないことの4つの項目を全て満たした場合に低酸素と脳性麻痺の因果関係を肯定する。本件では、[2]ないし[4]は満たすが、[1]は証拠上も転送先病院での血液検査からも不明であるとしてACOG基準を満たさないとした。

本件では、ACOG基準を満たさないとしてもさらに過失との因果関係が認められないかを検討したが、虚血状態にさらされた後2週間程度での画像確認が通常であるPVLが日齢8日で出現していること、アプガースコアは悪くはないこと、転送先病院での血中pHが重篤なものではなかったこと、分娩中に児が脳性麻痺を招来するほどの低酸素状態にあったと認められる証拠がないこと等を総合して、因果関係を否定し、損害賠償請求を棄却した。

4 もっとも、本判決後、控訴審係属中に、病院側が7400万円を支払う形で和解が成立した。

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裁判例に学ぶ

胎児出生の際の低酸素状態が脳性麻痺の原因であるとして損害賠償請求訴訟が提起された場合、病院側は因果関係を争い、因果関係否定の根拠として、ACOG(米国産科婦人科学会)の基準を満たさないとの主張がされることが多い。

しかし、ACOGの基準のうち、胎児血、臍帯静脈血のデータ(上記[1]の要件)が存在しないケースも多く、必ずしも基準として有用とは限らない。本件でも臍帯動脈血pHは不明であるし、転院先での採血データから遡って臍帯動脈血pHの要件を満たす可能性を検討しているが、要件を満たす可能性が高いとは判断できない、とした。

本判決のほかにも因果関係が争われた事案(肯定例[1]広島地裁福山支部平成28年8月3日、[2]金沢地裁平成23年5月31日、[3]東京地裁平成18年3月15日、[4]東京高裁平成13年5月30日、否定例[1]松江地裁平成22年3月1日など)のうち複数の事案でACOGの基準が主張されているが、臍帯血pHが不明でもその他の要因から因果関係が認められている事案もある一方で、臍帯動脈血pHも含めて(当時の)ACOG基準内であることを認定しつつ、風疹の感染可能性を否定できないとして、因果関係を認めなかった事案もある。

すなわち、裁判においては、分娩時の低酸素と脳性麻痺の因果関係は、ACOG基準から直ちに因果関係が帰結されるのではなく、事実関係を総合的に検討し低酸素以外に因果関係があるのかどうかが総合的に判断されているといえる。

本件控訴審でも7,400万円の和解が成立して成立していることからすると、ACOGの基準を満たさなくとも、控訴審においては因果関係を認める方向であったことがうかがわれる。